二十三時限目 む、もう終了のチャイムか。今日はここまで、次回までに二時限分の予習をしておくように
「これはなぁ」
目の前には宝の山があった。
正確には宝箱(ボロくて四角い木製の箱、それぞれそんなに大きくは無いが、一つずつ大きさは違う)の山だが、普通にRPGで三十個の宝箱が置いてある部屋が有ったらそれは宝の山と言う。
場所は入界門 九階層。前の階の大迷宮ぶりが嘘のように、またしてもワンフロアの階だった。
有るのは下り階段入り口と鍵付き上り階段入り口。そして五つ六列に並んでいる宝箱だ。
ちなみにこの中の十四個が罠で十三個がアイテム入りだ。その中には、おそらくこの階の入り口の鍵が入っていて、見つけるまでは空け続けなければならないと言う仕掛けなのだろう。……普通は。
実際、僕には関係のない仕掛けだ。罠は一律して拠点に転送すると言う簡単な物でダメージは皆無だが、部屋から出たら宝箱シャッフルと言う罠も張って有るので、地味に痛い罠と言えるだろう。罠も鍵も関係ない僕にはお飾り以外の何物でもない。
見るだけで罠付きの宝箱を解体・回収して、アイテム入りの宝箱を順に開けて行く。今の僕にはあまり必要のない物だが、落ちているアイテムを無視するのは僕の矜持に反するため、すべて回収する。
「あ、鍵みっけ」
あまりコレに頼り過ぎるのもどうかと思うので、今回は普通に鍵で空けて行こうと思う。それから……
「ん~、セイヤ!」
残った宝箱の前に立って、粗末な鍵穴を狙って突きを放つ。チョイスはモナフェス。何だかんだ言って、こいつが一番使いやすい。
グエエエエエエエエッッッ!!
確かな手応えと聞くに堪えない喚き声を確かめてから、槍を捻り宝箱を持ち上げる。そのまま近くの壁に投げつけ、粗末な腐った木製の宝箱ごと中身を潰した。
一拍を置いてソレは霧散したが、一瞬だが中身のスプラッターが見えてしまう。
一言で言えばヤドカリ、二言で言えば生肉製のヤドカリ、三言で言えば腐った生肉製のヤドカリ……つまりはRPGで言う所のミミックと言う、宝箱に擬態するモンスターだ。
こいつも罠の類だから解体は出来たんだが……その場合は中身のみ残して宝箱だけ回収してしまうため、中身を直視してしまう。
……僕ダメなんだよね、スプラッター系。家の女性陣は大丈夫なんだけど……ヒヨコも含めて。
そんな事を考えていたら、残った二つの宝箱がガタガタ震えだした。どうもばれてると気付いたらしい。
もうスプラッターは御免なので、もう一本、今度は鉄杭を取り出した。まずはモナフェスを、次は鉄杭を投擲し、回収に向かう。
考えてみれば、レベルの差が明らかなのだから、先ほどの捻じると投げるの工程は必要なかったと思う。実際、モナフェスの方は当たって三秒で光の粒に変わったし。
しかし……
グホ、ぐホ!!
「あれ?」
鉄杭を刺した方は生きていた。どうも粗末とは言え、宝箱部分が装甲として働いたようだ。今は鉄杭によって地面に縫い付けられていて、一秒ごとにHPをすり減らしていく。後八秒と言った所か?
しかし……困ったなぁ
新調した黒いロングコートの下に付けた勲章を見てため息をつく。
明日への重荷 勲章
効果 全ステータスが十分の一になるが、成長値が上がる値は二倍になる
呪い 離れずの呪い(十分以上外せない、外してから十分で自動的に装備)
……どうしてこうなった?
~昨日、お茶会の場にて~
「所でサー、スズキーってその勲章外さないでボス戦やったの?」
アリアハムがいきなり質問してきた。勲章?
「ミニマム・セロの事? こいつは最後の最後で付けたんだけど?」
そう言って投げ寄越す。今は部屋着なので、勲章はアイテムボックスの中にしまってあった。
「ちがーウ、重荷の方」
ちゃんと受け取ってからそう返すアリアハム。重荷って、未来への重荷の事? ああ、そう言えば……
「いや、こいつは外し忘れてたんだよね。ここ二か月くらいずっと付けてたから、何だか体の一部みたいで……あはは」
そうだ、こいつのせいで死にかけたんだよな、多分逃げ回る時とか外してたら余裕だっただろうに。
「呆れた、ステータス十分の一で低級とは言え神様の分体倒したの? ……スズキー、あんた本当に規格外ダネ~、ハッキリ言って自分が凡人とかもう言わない方が良いヨ? 過ぎる謙遜と言うかサ、何か違わない?」
む、何を言い出すかと思えば……
「何言ってんのさ、あいつら倒すのにどれだけ苦労した事か……ミニマム・セロやマキシマム・セロを併用して、こいつも外して、泥王に有らん限りのMP突っ込んで、やっと瀕死の重傷って所だったんだよ? 多分一年分の運気全部使ったね」
できればあんなレベル差の奴らなんて二度と戦いたくない。
「フーン? まあ、それでも勝てたってのはいい加減誇っても良いと思うんだけどネ?アルも言ってたけど、装備だってそいつが用意した力なんだからネ?」
「はーい」
「ブゥー、まーた都合の悪い時だけ適当ぶるし……もういいヨ」
ため息と共に諦めてくれたようだ。悪いが、この装備を自分の力として受け入れるにはもう少し時間が……
「マスター、聞いても良いですか?」
カップを静かにソーサーに戻して、アルが覗いを立てて来る。
「ん? 如何したんだいアル?」
「では、なぜマスターはその勲章だけ外さないのですか?」
「え、」
アルの指を指した方に在るのは、最早定位置になりつつある場所に付けられた黒い勲章だ。鈍く輝くそれは、付けている部分を中心に体を重くしている感覚が在った。
「あー、別に何時も付けてるって訳じゃないよ? 寝る時とかは外してるし……?」
そこまで考えて疑問が浮かんできた。
……僕、外してはいるけど付けた事無いような?
水場で体を洗った後や、その後眠りにつくときなどは必ず外してアイテムボックスに仕舞っている勲章の類だが、考えてみればその時点でおかしい。体を洗った後は、大抵そのまま休んで就寝するのに、改めて勲章を付けるはずも付けた記憶も無かった。
そもそも、僕がここ二か月ほどの間に勲章を改めて付けたのは、最初にこの勲章を付けた時と、ニセ風神雷神戦の時の身のはずだ。
……それ以外で勲章を付けた覚えがない、それどころか疑問に思った事すら無かった。
「? マスター? お顔白いよ? 大丈夫?」
緑と紫の勲章を転がして遊んでいたシエラが顔を覗き込んできた。パッチリと大きな瞳が不安げに揺れている。
「あ、うん、大丈夫だよ? そう言えば毎日付けたって記憶があまりないな、癖って怖いね」
そう、癖だろう。歯磨きをするのに歯磨き粉の蓋を空けるのに意識しないように、日課になった勲章の脱着だって意識はしない……と思う。
「…………スズキー? ちょっとそれ貸して?」
指でクイクイと、動作付きで言うアリアハム。話しの流れからして、多分この勲章の事だ。と言うか目が笑ってない。
「えと、どうぞ?」
特に逆らう理由も無いので外して渡す。それを舐めまわすように眺めるアリアハム、何なんだ?
小首を傾げるシエラを持ち上げて膝に乗せる。頭を撫でてやれば、甘えるように体重を預けて来てくれた。
……あ~、癒される。
「……ねえ、ロリコン?」
アリアハムが何か言ったが無視だ。僕はロリコンでは無い。断じて。
「……ロリコンなタロウ君?」
「? マスター、ろりこんってなに?」
「キミの気にしなくても良い事だよ、シエラ」
あんな風に育っちゃダメだよ?
粗方の暴言を受け流して約十分後、アリアハムの手の中にあった勲章が、定位置である僕の胸へと戻ってきたのだった。
「……」
アリアハムの話では、こう言ったアイテムは勲章に限らずに呪いの品が多いらしい。有名どころのアイテムは大体三分の一の確率で付いていると言うのだからふざけてるとも思う。
しかも、勲章に付いた呪いは与えた者しか外す事が出来ないため、少なくとも次にロキと会うまでは取れないと言う事になる。
……つまりは僕の修行の成果であるステータスは、その日が来るまで封印されてしまうのだ。
「……ホントにやってられないって」
丁度光の粒に変わったミミックから鉄杭を回収してから少し休む。まだ拠点を出てから二十分ほどしか経っていないが、心労と言う意味での疲れに打ちのめされた体では、ボス戦には望めないだろう。
普通にアイテムの入っていた宝箱の蓋を閉めてからその上に座り、自分のステータスを開いてみる。
鈴木 太郎
Lv32(Max)
HP 19776
MP 1229
身体 4403(181)
気力 2825(99)
生命 3983(162)
精神 2645(99)
魔力 1198(50)
拒絶 7230(270)
運 4491(190)
称号 未来への重荷
クラス 悪徳の肯定者
加護 狡智神の加護
スキル ・物理― 投擲(212) 足技(138) 棒術(82) 槍術(21) 投槍(67)
・強化― 幸運(143) 血の滲む努力(槍) 戦士の勘(161) 下克上(221) 歩む者 (35) 虐殺者(101)
・特殊― 覚醒(187) 鑑定(311) 努力(76) 罠士(151) 盗賊(149) 隠密 (151) 鷹の目(101)
……ちなみに設定を弄ってあり、僕以外の人から見ると、
鈴木 太郎
Lv32(Max)
HP 19776
MP 1229
身体 440(18)
気力 283(10)
生命 398(16)
精神 265(10)
魔力 120(5)
拒絶 723(27)
運 449(19)
称号 未来への重荷
クラス 悪徳の肯定者
加護 狡智神の加護
スキル ・物理― 投擲(212) 足技(138) 棒術(82) 槍術(21) 投槍(67)
・強化― 幸運(143) 血の滲む努力(槍) 戦士の勘(161) 下克上(221) 歩む者 (35) 虐殺者(101)
・特殊― 覚醒(187) 鑑定(311) 努力(76) 罠士(151) 盗賊(149) 隠密 (151) 鷹の目(101)
と言うように見えているらしい。HPとMPは十分の一の対象外の様で以上に高いが、これならステータスを見せても不振に思われる事は無いだろう。
アリアハムの話では、普通はこの位が平均的な数値であり、レベルの平均よりは高いくらいの数値らしい。気休めにもならない話だが。
「……本当にやるせない」
この数か月、昼も夜も無く槍を振り回し、石ころを投げ続け……痛い思いも死ぬ思いも何度もあってやっと手に入れたステータスが泡と消えた今日この頃。皆の前では心配させないように明るくは振る舞ったが、とてもではないが耐えられるものでは無かった。
……あいつ等とどう顔合わせようか……
自分たちより何倍も遅く出てきてこの有様な僕をみて、皆どう思うだろうか? 普段なら笑い飛ばしてくれるだろうが、この状況下だ。どんな顔をされても文句は言えないだろう。
アイツらの事だからそんなことは無いだろうが……もしも、と言う事もある。嫌しかし……
思考がグルグルと空回りするのが解る。こんな事は行ってみないと分からない事も、殆どの確率で皆が気にしない事も解りきっているのに、どうしても足が動かず、頭が余計に動く。
きっと普通は、ここに放り込まれてから現実を受け止めるまでに感じる不安とか悲しみとか……多分その辺の苦悩が、今に来て湧き出してきたような黒い感情が、僕を飲み込んだ様だった。
息が、苦しかった。
「―――ほんとにクズだよな、オマエ」
不意に聞こえてきた声に前を向く。また何かしらの闖入者が僕の迷宮に入って来たのかと思った。
「だからキライなんだよ、何時までもグズグズと。吐き気がするわ」
そこには、壁から直接せり上がった宝箱の箱に、僕と同じように座った人物がいた、
「よ、オヒサ」
僕とそっくりな。
僕には、昔から特別な所なんて少なかった。
特別の塊のような幼馴染が多かったとか、ちょっと運が良かったりとか……親父に言わせれば「お前も十分特別な人間だよ」と言われる、そんな在り来たりな褒め言葉を頂く程度の人間だった。
そんな僕が、他の人と違う所。そのもっとも大きかったのが、見える所だった。
見えると言っても幽霊が見えるとか、未来が見えるとか、そんな大それた能力があった訳じゃなかった。
ただ単に、彼が見えるだけだったんだ。
「一年半ぶり……くらいだね、もう見る事もないと思ってた。これは免許取りに行くときに苦労しそうだ」
たしか、ああ言うのって≪こう言った物≫が見えると取れないって聞いたことがある。
「ヒドイな、人を幻覚とかといっしょにしやがって。そんなこと言ってっと、またヒヨコ泣かしちゃうぞ?」
「やめろヘンタイ張った圧すよ?」
「出来るもんならやってみそ?」とか言って笑うこいつは、僕の幻覚……
「本当に泣かすぞ? それこそトラウマ削りながらユックリ・ジックリ・ザックリと」
もと言い別人格……らしい。
これがただの幻覚なら無視する所なんだが……残念ながら体を動かされた経験が少なくなくある。それも事の後に誰かから教えてもらわないと気付かないと言うおまけつきで。
記憶の共有が有るらしく、考えた事はすべてあちらにも伝わる。そのくせ、あっちの考えてる事は滅多に分からないから不公平だ。
「お前が未熟者だからだよ」
「だから何処を鍛えればアンタに勝てるのさ」
「ん~、ここ……かな?」とか言いながら心臓の上を叩く相手。ニヤリ顔からして本気じゃない。
「……で、どうすればいいと思う?」
頼るのは癪だが、今は藁にも縋りたい位に人の意見が欲しかった。でも、こんな事を人に相談しようとも思えない。……こいつは昔から、そう言った時に決まって現れた。
不本意だが、非常に不本意「よし、香住も泣かそ…オウッフ!」だが、昔からこいつに相談して悪い方向に向かった事は一度も無かったのだ。久々だが相談するのも悪くは無いだろう。二人だが、三人集まれば文殊の知恵ともいうし。
「……オマエ、これは人に物を尋ねる態度じゃネェだろ?」
何故か頭の両脇に鉄杭の刺さったアイツが、こっちを引きつった顔で見ていた。アンタが悪い。
「ばーか、馬鹿バーカ、バッカチーンが」
一通り話し終わったあと、殆ど間髪入れずに罵声が飛んできた。まあ、そうですよね。
「分かってんじゃねーか。アイツ等なら全く問題ねーよ、何ですか? 惚気ですか? 兄弟自慢も体外にしとけ、ハッキリ言ってウザイ」
「ご、ゴメンナサイ」
あんまりと言えばあんまりな罵声につい謝ってしまった。ケタケタ笑ってる姿が恨めしい。
「まあ、ステータスは気にしないでちゃんと見しとけ、アイツ等は他人じゃねーし信頼も出来る。それに今までもこの数値で立ち回って来たんだし、付いて行けないって程でも無いと思うね。問題は改善方法だが……ロキに会っても解決するとは思えないな、勘だけど」
ですよね、僕もそう思う。この手の勘は外れない、しかもこいつまで同じ様に感じているなら殆ど確信しても良い。何でとかって確証はないが。
「幸い拒絶は十分の一でもそこそこの数値らしいからな、直にどうなるって程不味くもねぇ。何よりお前は後衛なんだから気にすることも無いと思うしな、何しろ前衛はあの化け物×2だぜ? 心配する事があるってならぜひ聞きたいってくらいだ」
「でも、それは三人が一緒に潜ってくれるって事前提の話だし……もし僕とは潜れn」
「それなは無い」
言い切られた、見ればまたしてもあきれ返った顔をしてる。
「この馬鹿め、あのブラコンどもがお前を仲間にしないわけが無い。あまりに離れてたからその辺忘れちまったか? この際ハッキリ言っとくが、傍から見てお前らの互いの依存度は異常だ、新婚の夫婦だってもう少し利己的な考えで生きてるってもんだ、そこんとこそろそろ認識しろ」
「砂糖が胃からせり上がって来そうだ」とか言いながら歩き出すアイツ。どこ行くんだ?
「お兄様の人生相談はここまでだ、何時までも惚気られたんじゃこっちの身が持たん。精々、あいつらと仲良くするこった」
手をひらひらさせながら下へ行く階段を下りて行くアイツ。こいつは何故か正当な方法でこちらの視界から消える。まるで幻覚と現実の切れ目を誤魔化すように。
そう思っていると、階段から何かが飛んできた。思わず受け取ってそっちを見ると、中指だけ上げられた手が視界から消える所だった。
「ほんとに……自己主張の強い幻覚だな」
壁には二本の鉄杭が刺さっていて、手の中には十階層に続く階段の間の鍵が握られていた。
不思議な事に、先ほどの悩みが嘘のように軽い気持ちで十階層に上がる事が出来た。最後に兄貴面されたのは気に食わなかった(何故かアイツは自分の事を兄だと言い張る)が、今だけはアイツに礼を言っておくことにしよう。
入ってすぐの部屋はあまり広くなく、正面には今までにないような重厚な鉄扉が佇んでいた。それ以外には中央に置いてある大き目の宝箱のみが置いてあった。
「……」
中身はちゃんとしたアイテムで、最初にアリアハムに貰った初期消費アイテムセットと同じ内容だった。量は三分の一だったが。
「ふーん、つまり手強いから準備はしてけって事か」
普通は緊張とかそんな感情が浮かんでくるのだろうが、今の僕に浮かんでいるのは確かな高揚感と期待だった。
……ここを十分…いや五分で抜けられるようなら、きっとやって行けるだろう。普通は二 三時間かかると言っていたが、適正レベル五からどれだけ上だと思ってるんだ? その程度出来なくてあいつらと一緒に行こうなどとは、思い上がりも甚だしいだろう。
入り口の前に立ってモナフェスを脇に突き立てる。ポーチから鉄杭を二本取り出し、一本をモナフェスとは逆の脇に突き立ててからもう一本を構える。
投擲魔槍に付いていた、推進強化や衝撃強化の術式を投槍スキルで組み上げて付属する技を即席で製作し、鉄杭に施していく。流石に消費する魔力が多いが、この戦いで投擲魔槍その他の戦闘系アイテムを使う気は無かった。
全てはこの勲章を手に入れる前に有った、この鉄槍とモナフェスで決めたかったのだ。
準備はできた。さて、始めようか?
持てる限りの力をもって鉄扉を蹴り開け、勢いを殺さずに一投目を投擲し、両側の槍を抜き放って駆けだす。
「ようや…ぐはぁ!?」
「まじっすか」
「ぬ…ぐう」
目の前の光景に唖然とする。
一言で言うと……血まみれのシロクマが倒れてる? 三言か。
「おのれ……まさかこの俺が、ペーペーに、二撃で鎮められるとは……」
ついでにペラペラ喋ってて、死に体だって付け加えて。
「そうじゃなくって……え~と、大丈夫ですか?」
回想すると……
扉蹴り開ける → 一投目投擲 → 走って近づく → 何か一投目で大きく吹き飛んでたんでついでに同じ要領でもう一投 → そのまま壁際までブッ飛ばしちゃったんでそこまで走り込み → あれ? なんか変だな? → 今に至る
以上、回想終了
「ぬう……どうも此度の戦士は甘すぎるきらいがあるな……止めを刺せ」
「はあ?」
いや、刺せと言われたら喜んで刺すんですけど……
「何だかすいません、口上の途中で攻撃してしまったようで……その、少々気が早ってしまって」
少し良い訳染みてしまったが、本当の事だ。と言うか戦わないで抜けられるのなら、中を徘徊するタイプのボスだと思ったんだが……出口は開いてるし、攻撃を避けながら出ろって事かな?
「……まあいい。坊主、名は?」
「太郎と言います」
色々と諦めたように小さくため息を吐いた後に問いかけられる。戦意はもう感じられなかった。
「太郎、か。太郎よ、今の一撃は良い一撃であったぞ? 付加魔法を除いてもあれだけの投擲、一体どれほど修練すれば身に付く事やら……はじめ、俺はお前に「ようやく来たな弱き者よ」と言おうとしたのだ、まずはそれを詫びよう」
そう言って頭を下げるシロクマさん。行ってもいない事に謝るとか律儀だな。
「大抵、強くなる者は最初の一月……多くとも二月で抜けてしまう物なのだ。そのため、それ以降の者たちは芽が無いと言う事としていたのだが…お前の様にひたすら技術を磨くようなものは、俺が門番を務める様になってからは初めてだ……良い物を見せてもらった」
そう言って、シロクマさんは鉄杭を返してくれた。強化魔法を使ったからか、もう耐久が十と少ししか残っていない。
「俺にとどめを刺せば、まとまった量の経験値が手に入るぞ?」
ジーっと鉄杭を見ていた僕を見ながら言うシロクマさん。どうやら迷っている様に見えたらしい。まあ、間違ってはいないんだけど……今は経験値が手に入っても溜まらないしね?
「このまま通してくれるならいいですよ、話せる人(?)を刺しても後気味悪いですし。あ、それとも倒したらアイテムとか貰えたりします?」
現金なようだが、この人……人で良いや。この人も、止め刺される事に異議は無いようだし、その方が得ならそうしよう。
「そう……だな、まあ、お前なら良いだろう」
そう言いながら、シロクマさんが何かを取り出した。どこから? とも思ったが、気にしちゃダメな気がする。
「スキルカードだ、上のスキル屋に持って行けば好きなスキルが買える。まあ、五枚じゃノーマルの中級辺りまでだがな、一枚で最初にやったスキル抽選が行えるが、あまり勧めない。自分に有った物を買う事を進めよう」
そう言って、シロクマさんは僕にカードを渡した後(最初の時にアルが門に投げ入れた物と似ている)、部屋の端によって座る。どうやらあの辺り一帯に、体を癒す魔法陣でも引かれているらしく、シロクマさんの顔色(?)が見る見るよくなっていく。
……腹に開いた穴が塞がって行くのは少し引いたが。
「それで大丈夫なんですか?」
粘土じゃあるまいし、それで治るとは思えないが。
「この体は仮初の物でな、本体は詰め所で横になっている。そのためこの体は専用の魔法を当てる事で簡単に修復できるのだ」
なるほど……確かに派手に抉れた割には出血や臓器の露出が無い。そう言っている間に傷口はほぼ完全に塞がってしまった。
「ガイだ」
出口に入る直前にそう言われる。振り返ると、シロクマさんが胸を張って言い放っていた。
「俺の名だ、お前は中々面白そうだからな、何時か本体の方で戦ってみたい。次は正々堂々と……な?」
どうやら口上を言えなかったことにかなり遺憾な様子だ。
「お手柔らかにお願いします。それではお元気で、ガイさん」
「お前もな」
シロクマに手を振られながら別れると言うのは中々に奇妙な感覚だったと言っておこう。
……長い
元々長いのは見て分かったので、数えながら上がって行ったのが悪かった。七千八百九十段辺りからは数えるのをやめたが、もうそろそろ折り返しててもシロクマガイさんの元に戻れるくらいは上がってきたと思う。
……スキルに歩む者が無かったら泣いてたぞ?
スキル歩む者は、歩くことに補正を加えるスキルで、徒歩移動の疲れを軽減させる効果を持つ。そのため余り疲れてはいないが、段数を数えると言う精神的苦痛を自ら仮せた身としては、むしろ身体的な苦痛が無い方が辛かった。
最低でも見える範囲である三百段はまだある……これ、本当に皆登って行ったんだろうか?
愚痴っても先に進めると言う訳では無いので歩き出す。
……今日だけで歩む者のスキルが大分上がりそうだ。
「……た…!!」
「?」
大分遠いが、何か音が聞こえた。響いてきた、と言う方が正しいだろうか。
「……ぁー…!」
断続的に続くそのエコーは、この音(恐らくは誰かの声)が、定期的に発せられていると思わせる。
そんな事をする物好きな人物は……
取りあず足を速める事にした。全力疾走二割減で。
「マスター!!」
最終的に全力疾走に成り代わって三十分。自分も随分と人間離れしたと思いながら走っていると、段々と明確になってきた声は、二つの候補の内の一つだと分かり、更に足の回転を早める結果となる。
さらに五分ほど走り、息が続かなくなって来た所で、彼女の姿が見えた。
小さな体を見慣れたメイド服に包む少女を傷つけないように減速し、その手前三十段ほどで歩位のスピードになった所で、彼女が降ってきた。
「ちょ、ば、シエラ!?」
ひゅるる~ポスッ
「っと、」
思った以上に少なかった衝撃と、底々あった距離を平気で飛び越えて来たシエラに驚きつつ抱えなおす。こんな所で落とそうものなら、数万段の階段を転がり落ちてしまう。この細い手足なら簡単に折れてしまうだろう。
「どうしたんだいシエラ、と言うかどうやってここに?」
安定しないので、思い切ってお姫様抱っこにした少女を見下ろしながら問う。ここで会うと言う事は、この子は上から降りて来たのだろうが?
「あ、そうでした。えーとですね……」
シエラの話では、ここから千段ほど上がった所に在る門から彼女は出て来たらしい。
何故来たのかと尋ねると、どうやらこの迷宮を出る時は、伝統的に付人が共に出るらしい。はて、僕の付人はアルだったような?
とも思ったが、どうもアルは先にやらなくてはならない事(僕の魂の圧縮をするための準備やシエラの入学の申請など)があり、この役目をシエラに任せたらしい。
……シエラが落ち着かず、手におえなかった姿が容易に想像できたが。
「と言う訳で、ここからはわたしがエスコートします!」
まあ、うん。腕の中で小さな胸を張る少女はとてもかわいかった。
そこから約三千段をシエラと共に上り、先ほどのボス部屋の扉と似た意匠の扉が見えた。
流石に血統で言っても生まれで言っても最良の環境で産まれた為か、シエラに疲れた様子は微塵もなく、まるで親しい人と公園に向かうような足取りだ。これでレベル0なのだから本当に不公平だ。
「? マスター?」
「いや、何でもない。ここかい?」
じっと顔を見ていたのを不審に思ったのか、こちらを見上げて来るシエラ。キョトンとした顔は、無理をしている様には見えなかった。
「はい! ……だと思います」
若干不安な顔をしたのは、彼女も話しか聞いて無い為だろう。
そんな彼女の頭を撫でてから扉を一押しすると、殆ど抵抗らしいものは感じずに扉は開き、何やら水面の様な壁が扉のあった場所に浮かんでいた。
恐らくアリアハムが使っていた門と同じ物なのだろう。僕の手を引くシエラに従い、僕はその壁を潜る。
さあ、ここからが本番だ!
「んの、OOOOOO野郎がぁ!! どの面下げて出てきやがったぁぁぁーーー!?」
蒼雷と暴風を纏ったモノが迫ってくる。
僕に判断できたのはそこまでだ。後はまあ、精々がシエラを安全地帯に逃すべく、軽く突き飛ばしたぐらいだが、その判断が出来た事は褒めてやろう。グッチョブだ僕。
感じたのは痛みだったが、そんなものは直に感じなくなると分かっているので無視。現状把握に努めよう。
現状、激しく錐揉みしながら飛んでいる。以上。つかえねぇ。
あ、意識が……
「……死んではいないようだな?」「タロちゃーん!!」「む、ヤるかこのチビジャリ!!」
ふ、太郎君? タダで迷宮から出られるなんて本当に信じていたのですか? 甘ちゃんですねぇ?
……この私がそんなに甘いわけないじゃないですか!!(キリッ)
とまあ、拙い文章で太郎君を地面に叩き付けて見た訳ですが……《お兄さん》を出すのが少し早かった気がしないでも無い。
でも彼はこの先も物語に係ってくる予定だから、余り遅すぎても作者の妄想を補いきれない……本当に文章ってままならない物ですね。
……毎日出すとか言っといて一日休んですみませんでした。忙しくて学校のパソコン室に侵入できなかったんです(涙)
本日もそろそろ出なくてはならないので、次回がいつ頃になるとかはその内活動報告に載せます。
マイPCはあと一週間で帰ってくる予定です(歓喜)
では、今回も駄文に付き合っていただいてありがとうございました。




