八時限目 では、廊下にでも立っていてください
今日も元気にとーこー
第一層に到着して待っていたのは、狭い部屋にたたずむ泥人形だった。
それは、こちらが部屋に入っても動かず、のっぺりとした顔をこちらに向けているだけで、見様によっては前衛芸術的な置物に見えなくもない。
「一応、モンスターだよ……ね?」
一応鑑定を発動。
マッドパペット
LV1
HP 13
MP 1
一応モンスターらしい。動かないのは、最初は案山子を殴るが如く練習しろ、と言った所か?
そう思って慎重に近づいて見ると、ピクリと反応したマットパペットがこちらに向かって来た!!
……ヨチヨチと。
えー、と?
短い手足を懸命に振って近づいて来る姿は、何処か愛嬌を感じさせていて、見る者によっては可愛く映るだろう。見る者によって、は。
……ぺち!
実際には目も鼻もない、のっぺりとした赤ちゃんサイズの泥人形が可愛いかどうかは賛否両論だろうが、僕にとっては問答無用で排除の対象だった。
モナフェスでかち上げてみれば、小さな泥人形は二メートルほど飛翔した後に壁にぶつかり、文字通り壁のシミへと変化した後に光の粒に変わって消える。
アイテムボックスを開くと、新しく魔粘土なるアイテムが増えていた。
「アルの言った通り……なのかな?」
アルの話では、この世界のモンスターの殆どは、迷宮の管理者によって作られた物であり、倒すと経験値と一部のドロップアイテムを残して迷宮に吸収され、新たなモンスターの材料になる……らしい。
まあ、こうしてアイテムが手に入ったし、おそらくは経験値も手に入ったのだろうから、仕組みは特に気にすることも無いだろう……と言うか弱かったな。
目の前のドアに向かう事にした。
……いやいやいやいや、早すぎだろう!?
僕は今、第三層の上がり階段に居る……つまり今日の到達目標である。
ここに来るまでにあった事と言えば、一階層でマットパペットを倒す→二階層でマットパペット二体を倒す→三階層でマットパペット四体を倒す、であった。因みに全階ワンフロア。
これはなんだろうか? こけおどしか? ここから一気に難易度が上がるのか? と言うか迷宮なのに一本道とはこれいかに?
と、思ったのも束の間。階段を上がりきり、目の前に第四層の扉が現れる。
「んー、別に弱くて文句言うって訳じゃないんだけど……もう少し手ごたえと言うかなんと言うか、ねぇ?」
何だか最近独り言が多くなってきた気がする、とか考えながら扉を開けると……
ババッ! ぱちん!
跳びかかってきた泥人形をブーツの底で迎え入れ、へばり付いたソレと七体の同類に辟易とした。
四階層の上がり階段を登りながら、少し疑問を感じた。
敵が明らかに弱すぎるのだ。
確かにチュートリアルで強すぎるのもいかがな物とは思うが、この程度と言うのは疑問が残る。
何しろあのサンタが一週間も掛かった迷宮だ。おそらく普通の人間なら、軽く十回やそこらは死ぬことを前提とした場所だと思っていたのだが……もしかしてまたあいつの物臭が発動したとか? ……有りえるな、出られる状態になってから三日くらい寝てたとか普通にやる奴だし。
そう考えると、何だか急に緊張の糸が緩んでくる気がする。いけないとは解っていても、アホ面で寝てるアイツの顔が、香住とヒヨコに汚される様を思い出すと、どうしても笑えて来てしまう。たしか、顔面に咲き誇る向日葵に本人が気付いたのは翌朝だったはずだ。
と、考えていると、いつの間にか第五層の入り口に立っていた。
今までの木製のドアでは無く、両開きの金属扉であるソレは、何処となく異様な雰囲気を放って……は特になかった。大きさもさして大きくなく、普通に学校にある防火扉位の存在感しか放っていない。
仮にも一つのダンジョンの丁度中間なのだから、ここらで軽い中ボスくらい出て来るのかもしれないとは思ったが、中からは小さい物の蠢く音しか聞こえない。
……それは、今日だけでかなり聞き慣れた物になりつつある音であり、ここまでの階層で倍々に増えて行った魔小の気配だった。
正面から跳びかかってくる二体を槍の払いで吹き飛ばし、そのまま勢いを殺さ無いように振り回す。
適当にぶん回しているように見えなくもないが、一応は先端の刃の部分で、周りの泥人形を両断する軌道で振っている。
……半分以上勘だが。
三周する頃には、十体近くは切り倒しただろうか? 新しく跳びかかってくる泥人形を蹴りで粉砕してから、振り向きざまに正面に固まっていた一団を串刺しにし、取りあえず出口までダッシュ。
五階登り階段では無く、下り階段の方にへ、だが……
「いやー、多いね」
槍に串刺しになっている泥団子三兄弟を振り落とし、光の粒になるのを見送りながら頭を掻きまわす。
第五層も、出て来たのはマッドパペットだけで、問題なく一撃で倒せる相手なのだが……問題はその量だった。
振り返ってみれば、部屋を埋め尽くす泥、どろ、ドロ……蠢く泥の塊が犇めいている。明らかに八体の倍である十六体では無い。
有体に言えば、モンスターハウスと言った所だろうか? こうしている間にも、何処からか流れ込んでいるのか一行に数が減らない。
「七十、いや百は行ったと思うんだけど……どうした物かな?」
ドロップアイテムの魔粘土もすでに八十個ほど溜まっていて、魔石(小)なんて言う物も十七個ほど出ていた。こっちは多分レアドロップなんだろう、きっと。
部屋は、拠点の訓練場より少し狭いくらいだろうか? この迷宮初の分かれ道になっていて、正面の鉄の扉と向かって右にある木のドアがあった。
良くは見えないが、鉄の扉には鍵穴の様な物があるみたいで、おそらくは右側のドアの方向にあるカギを取ってくると言う仕組みなのだろう。
つまりここは、怪我を承知で突っ切らなければならない場所であり、いくら倒しても意味が無い、と。
「でも……ねぇ?」
僕は、自分のステータス画面を開いて唸る。
鈴木 太郎
Lv3
HP 982
MP 211
身体 88(37)
気力 81(31)
生命 71(29)
精神 55(24)
魔力 37(16)
拒絶 62(27)
運 140(44)
称号 なし
クラス なし
加護 なし
スキル ・物理― 投擲(88) 足技(30) 棒術(22) 槍術(2)
・強化― 幸運(57) 血の滲む努力(槍) 戦士の勘(6)
・特殊― 覚醒(1) 鑑定(121) 努力(8)
レベルが二上がっただけでステータスが豹変した。元々成長値がかなり高かったためだが、最早HPが初期の比では無い。と言うか、チュートリアルでHPが千に迫るとか、いいのか?
まあ、呟いても仕方が無いが……それよりもこれからの方針を考えなければならない。
本当は、考えるまでもなく攻略を進めるべきなんだけど……何だかこう、苦労が実った感があって、このままここで暴れたい気もする。
しかも、今出て来た新しいスキル、戦士の勘も気になる。
鑑定で調べてみると、これは戦闘における敵の位置や次の自分の行動などが感覚で分かるようになるスキルらしい。戦闘限定の第六感の様な物だろうか?
もしそうなら、五感の及ばない事のある乱戦は格好の訓練の場では無いのだろうか?
……まあ、石打の訓練でも、半ば感覚でやっていた場面もあったのだし(もしかしたらそこの所で適正が出て来たのかもしれない)、別に戻ってからも好きなだけ出来るのだが、機械的に落ちてくる石と、一応体当たりをしてくる泥人形だったなら、どちらが修業になるのかは火を見るよりも明らかだと思う、うん。
それに、確か魔の付く名前の鉱石は後で良い投槍の材料になるって言ってたし、魔粘土と魔石(小)を集めるためと思えば、修業と合わせて一石二鳥ってやつだ。
思い立ったが吉日、早速アイテムボックスからドロップアイテムをポーチに移して(ドロップアイテムは、モンスターを倒すと直接アイテムボックスに移動する。今はまだ十×十しか入らないので、移動しとかないと床にばら撒かれてしまう)からモナフェスを構え……無いでそのまま仕舞い、鉄杭を七本取り出す。
抗して悠長に行動しているが、泥人形がこちらに向かって来る気配は無い。それどころか認知すらしていないように見える。どうやら、奴らはこの階段部屋には入ってこれない何らかの理由があるらしい。知らんけど。
取り出した内六本を狭い通路の壁に立てかけ、手に持った鉄杭を、一番マッドパペットの集まっている部分を狙って構え、投擲する。
槍投げは、まともに狙った場所に当てるのが難しく、投擲を持っていても中々成功しなかったが、今放った一撃は敵の集団に正確に命中し、哀れな泥人形の命を一気に三つほど奪ってから、床へと突き刺さる。
「へえ」
どうやら、槍術のスキルを取ったための補正が入ったようだ。でなければ、昨日の今日で (昨日は案山子相手に命中率が五割を割り込んでいた) ここまで違いが出るとも思えない。
槍の着弾点から波が引くように離れていく泥人形達……悲しいかな、濃密な密集率の中でそのような事をすれば、今度は先ほど以上の集団を生み出すとは思いもしていないのだろう。
まるで自分が死神か何かになったかのような感覚になりながら、僕は次の鉄杭を手に取り、死を待つ人形を打ち砕いた。
鉄杭の、丁度真ん中あたりをもって回す。回して回して回す。手首で、手の中で、指の間で、右手に左手に時には手を放して持ち替えながら回し続ける。
最早先端に当たる物すらない鉄の棒を、円を意識した形で回転させ、草刈り機のようにして敵を打ち砕く。
あれからどの位たったのかは分からないが、そろそろそこいらに散らばっている土塊や小石が気になってきた。アイテムボックスの整理をケチったため、溢れ出してきたのだ。
あれから、七本すべてを投げた後に八本目を取出し、そのまま部屋の中に突入した。持っている鉄杭が折れたら次の杭を手に取ると言う方法で無双して(鉄杭でも問題なく一撃で沈んだ)いる。
少なくともあと二本分の鉄杭が壊れれば、最初に投擲し分が全滅するので、一応そこまでとは決めてはいるが……正直そろそろ腕の彼方此方が千切れそうに痛い。
しかし、これだって昨日までとは格段に持久力に違いが出ているので、やはりレベルはバカには出来ない。
一律二メートルある鉄杭も、もうすぐ一メートルになろうとしている。なるべく先端で当てるようにしているが、徐々に削れて行くこれもそろそろ変えなければならないだろう。
何しろ相手が小さい物だから、これ以上短くなると戦いづらくて仕方が無いのだ。
と、思ったそばから先端十センチくらいの所からポキリと折れ、いよいよ使えなくなったコレを、回転の勢いを殺さ無いように振り抜き、一番数の多そうな方向へ投げる。低い位置から投げたそれは、回転しながら地面と水平になるように進み、進路上に居たマッドパペットを粉砕しながら壁に直撃する。
結構いい音が鳴ったが、敵に囲まれている中でそれを確認している暇もなく、僕は確認しておいた最後の鉄杭のある場所に駆け寄った。
途中で群がって来る泥人形は無視し、どうしても邪魔な奴は踏み砕いて蹴り飛ばす。何だか背筋がゾワッとするが、武器さえ取れば、後ろに迫ってくる気配にも脅威ではないとわかっているので、気にせずに駆ける。
首を傾げて、斜め後ろから飛んできた泥を躱し、ほぼ地面と水平になるように刺さっていた鉄杭を蹴り上げ、石突の方を掴みとると、そのまま体を反転させて、勢いと本能のままに振り払った。
ベシャベシャベシャベシャベシャばきん…………コロンコロン…
「…はい?」
予想どおりに大挙して迫ってきていた泥人形たちをまとめて薙ぎ払ったまでは良かった、しかしその後にアクシデント。振った感覚で曲がってるかな? と感じだ部分が弾け飛んだのだ。今手に持っているのは、約三十センチほどの鉄クズのみ……さてどうしよう、か?
焦って周りの気配(戦士の勘で感じる敵の位置)を探ってみて驚いたことがある。この部屋にある気配は、自分を除いてあと一つ……目の前でキョロキョロしている奴だけだった。
確認するや否や、頭より先に体が反応した。出来る限り最小のモーションで、あの泥人形を粉砕できる一撃を計算し、すぐさま実行したのだ。
この部屋は、約十秒おきに追加の敵湧いてくるようで、グズグズしていたらまた新しいのが何処からともなく湧いてくる。なぜかこの時、僕の勘が“それは勿体ない”と告げた気がした。
この手の直感は外れたためしが殆どない。
投げた鉄クズは真っ直ぐにマッドパペットの脳天を貫き、到達後初めてこの部屋から一切のモンスターを排除した。
「ふいー」
疲れのためかその場にへたり込んでしまったが、十秒経とうと二十秒経とうと新しいモンスターは湧かなかった。ついでにその他の現象も、だ。
珍しく外れたかなー、とか思いながら息を整え、ドロップアイテムを集め始め
…
「ぱんぱかぱーん!! 隠しクエストクリアーおめでとう!!」
物凄く微妙なタイミングで、複数の破裂音(口とラッパ半々)と紙ふぶきを引き連れたソイツはやってきた。
「まさかこんな物好きが四人も出るなんて……もしかして、何時の間にかガイアにドMブームでも到来しているのかな? ちょっと君、そこの所どうなんだい?」
第一印象、物凄く痛いイケメン
太郎君が無双してるのは、ステータス補正故です。考えてみてください、本当はステータス値が一とか二とかの時でも戦えるようになっているモンスターですから、これで負けたらさすがに主人公降板かと……
一応その他にも秘密があるとかないとか……考えて無かったりとか?
しかし、少し不味い事になって来ました。太郎君がプロットをはみ出して暴走気味です。作者としては少し熱めのお灸でも据えてやりたい所ですが……このまま泳がせてから落としても面白そうです。
さて……どうしてくれましょうか? (ニヤリ)
修正
霹靂→辟易




