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精霊がいる国の話

傲慢の魔物

作者: 夏目羊

 最後の授業の日だった。「今までとてもお世話になったので、先生の好きなものを沢山用意したんです」という甘言に乗せられて何の警戒心もなくホイホイとついて行ったのが悪かった。用意された美味しそうな甘味を前に違和感を覚えていると、おもむろに近付いてきた殿下から衝撃的な一言をいただいた。


「午後の授業には参加しません」


 私の生徒は一人しかおらず、その生徒が授業に参加しないと言う。一体どういうことか。品行方正を絵に描いたような私の教え子はふざけた様子もなく宣言した。

 それはまさしく青天の霹靂であり完全なる暴挙であった。綿密に、そして気付かれることなく準備していたらしい魔術陣は瞬く間に私を無力にし、王子殿下の私室は蟻の子一匹通さない要塞と化した。

 王子殿下は、言われたことを淡々と、あるいは粛々とこなし文句一つ言わない。その上なんでも出来てしまう。まさしく優等生という言葉がよく似合う性格の持ち主だ。私は彼のことを信頼していたし、彼だって己の私室に招き入れるくらいには私を信頼しているのだと思っていた。しかしその認識も改めなければならないかもしれない。いくら数年来の交流があり一側面を知っているからといって、その人の全てを知ったような気でいたのは傲慢と言えるだろう。


 何故私は今現在見えない魔力の糸で後ろ手に縛られているのだろうか。私の傲慢さが招いた結果なのだろうか。一体私の何が王子殿下の不興を招いたのか。実は今まで言えなかったけど、もっと真面目に魔術を教えて欲しかったとか? なら言葉で示して欲しかった。こんなことなら敵の制圧の仕方を念入りに教えるんじゃなかった。教えるにしても私がぎりぎり勝てるような教え方をするべきだった。教え子にしてやられるなんて何たる不覚。

 魔術の天才と名高い私の更にその上を行く誉れ高き王子殿下は、微笑を湛えながら口を開いた。


「これから先生のことを監禁します」

 だから私が一体何をしたっていうんだ。


 魔術塔最年少の天才魔術師とは私のことである。五歳のころに才能を見出された私はその十年後、つまり十五の頃に十三歳になる王子殿下と出会いを果たした。

 向かうところ敵なしで馬鹿高い自尊心を持ち、神よりも傲慢な態度でいた当時の私に、ある日断れない依頼が舞い込んで来た。

 塔に所属する魔術師は生まれに関係なく魔術師という身分を与えられ、精霊の使いとして国のため民のため働くことになっている。塔所属の魔術師というものは高給取りかつ栄誉な職に就いている者であり、国に必要不可欠な職でもあるためそんじょそこらの貴族なんかよりも地位が高いが、流石に王には逆らえない。

 緊急事態、王子殿下をお助けしろ、これは王命である。その三点を繰り返し言い渡され、急ぎ連れられた先はこの国に一人しかいない王子殿下の私室の前だった。

 一個小隊の騎士達と、王宮魔術師、王子の世話をしているであろう使用人が部屋の外側、廊下で密集していた。顔を真っ青にしている者、啜り泣く者、怒鳴りながら指示を出す者。場は混沌としていた。

 使用人はともかく、王子殿下の部屋の前で待機するには騎士の数が尋常でないほどいたし、閉じられた部屋の中からはドカドカバキバキ音がしていたため、なんとなく状況について察しがついた。

 王子殿下が生まれつき魔力量が多く、体調を崩しがちであるという事実はほとんどの魔術師の知るところであった。それに加えて魔術制御の専門家たる私が呼ばれたということは、詰まるところそういった案件でどうしても手に負えないことがあり私にお鉢が回ってきたのだろう。

 王子殿下との接点は、その時点で皆無だった。唯一無理やり繋がりがあると言えそうな出来事といえば王子殿下の魔力が彼の私室で暴走しないよう部屋全体に抗魔処理を施したのが私であるという……そういった薄っすい繋がりしか持っていなかった。抗魔処理は月に一度のペースでしなければならず、私室へは何度か足を踏み入れていた。踏み入れてはいたが王子様のスケジュール管理はしっかりなされていたため、私が作業をしている間、彼と出くわすことは一度たりとも無かったのである。

 まさかこんな対面の仕方になるとは。報酬が弾むであろうことは明白だった。その場でとりあえず着ているものが一番上等そうな人間を捕まえて、一帯から皆を避難させるよう伝えた。小娘ではあるけども上級魔術師徽章を持つ私がその場では一番偉かったので事はスムーズに運んだ。権力さまさまだ。

 あらかた人がはけたことを確認した後、開かずの扉を開ければ予想以上の光景が広がっていた。刺客の侵入を防ぐため一番丁寧に処理を施した窓は割れていないがカーテンはずたずたに引き裂かれ、一級品の家具はめちゃめちゃ、抗魔処理なんて意味あったか? と疑わざるを得ないような状況だった。

 天才魔術師といえど身元がはっきりしない、かつキャリアを積んでいない一小娘の私が王族に謁見することなどほとんど出来ない。この国の王族を見たのは塔の魔術師に拝命された際にただ一度だけ、この国の王から魔術師徽章をいただいたその時だけだ。王子殿下について噂で伝え聞いてはいたものの、目にするのは初めてだった。

 台風の目は部屋の中心にあった。

 風で巻き上げられた髪は暗い色味、顔は伏せられていてよく見えない。小柄な体は未完成で、しかし内に秘めたる力はいっそ暴力的なくらいに強大で私の目は釘付けになった。


 それまでの私は他人に嫉妬したことがなかった。私より優れた魔術師が存在していなかったからだ。期待の新人も、老成した偉大な塔の主人も恐るるに足らず。

「おまえの挫折はおまえの心を粉々に砕くよ」

 なんて上司の言葉を私は鼻で笑っていた。そんなことあるものか、と。私は天才なのだから挫折なんてするわけがない。

 けれど初めて王子殿下を一目見たときに本能で分かってしまった。


 私はあれに勝てない!


 嫉妬、落胆、憤怒、屈辱の気持ちがまるで嵐のように胸の中を駆け巡った。指す前から勝負の終わっている盤上遊戯の盤面をまざまざと見せつけられているかのようだった。

 魔術師をはじめとする魔術を扱う者たちは基本的に精霊に『お願い』をする形で力を発揮する。けれどまれにそういった過程を経ずに力を発揮出来る者がいる。お願いをせず己の力だけで不思議の力を発揮できるのは精霊の特権であった。

 王族は古くは精霊を祖先に持つと言われている。精霊に『お願い』をしなければ魔術を扱えない私と、そうでない王子殿下。まさに格が違ったのだ。

「誰も見抜けなかったんだ」

 これほどの力を持っていたなら然るべき教育が必要だ。抗魔の装身具を身につけていないところを見るに、力が完全に発現しておらず今まで見落とされていたのか。見抜いていたならこんなことになっていないだろうな。王宮魔術師の目は節穴に違いない。


 一歩踏み出すごとにバチバチと静電気と呼ぶには凶暴な痺れが行手を阻む。魔力の流れがめちゃくちゃで室内の大気が不安定になっていた。

「王子殿下!」

 小さな肩が大きく跳ね上がった。泣き腫らしたような瞳と視線が交わって少したじろいでしまう。美しい金色の瞳。より一層室内の嵐が激しくなる。

「助けにまいりました!」

 魔力濃度がどんどん濃くなっていくのに比例してあちこちに小規模な雷が落ちていく。当たったら多分痛いだろうなと考えながら雷避けの魔術を自身に施した。魔力暴走した者は野生動物のようなものだから、ゆっくりと、相手の心を乱さないように慎重に近寄らなければならない。しかしそんな私の努力も虚しく、私の近くに大きな雷が落ちた。痛いじゃ済まなそうな威力に、流石に少し肝が冷えた。王子殿下に近寄っていくほど雷の落ちる頻度が増している。

「来るな。怪我をする」

 子供は怯えたような表情でこちらを見ている。そして先程まで廊下に集っていた人々を思い返す。怪我を負った者もいたようだった。

「でも王子殿下をお助けするよう依頼を受けましたので。信用にかかわることですし、依頼は完遂しなければ」

 睨みつけるような瞳が、呆けたようにまん丸になる。何を馬鹿なことを、と思っていそうな目だった。

「っ、近寄るな!」

 とかなんとか言われても、近付かなければ助けられない。返事をする余裕は無く、私は一歩一歩足を前に進めながら魔術の解析を行った。流石に、いくら天才の私でも実際の魔術を見ずに解析を行うことは出来ない。じっと目で見て観察して、複雑な計算式を一つ一つ丁寧な手順で解体し、馴染みある形へと変換する。あとはそれらの式を無効化出来る式を新たに組み立てて、それで終わりだ。ぱちんと指を鳴らして、抗魔の陣を展開する。美しくない魔術の流れを堰き止めて、私はしゃがみ込む子供の前に立った。

 いつか私を追い越す子供は、ぽかんと私を見上げている。それがなんだか面白くて笑ってしまう。

 負の感情渦巻く嵐を越え、中心へと向かえばそこは存外穏やかな場所だった。

 大きな宝石の、原石のような子どもだ。大きさがあるからどんな形にも加工できる。磨けば磨くほど輝きを放つだろう。けれど質の悪い職人の手にわたってしまえば輝きは失われてしまうかもしれないし、削りすぎて凡庸でつまらない形のものに成り果てるかもしれない。それは駄目だ。

「王子様、あなたはあなたの力の使い方を学ぶべきだ」

 私はきっと彼の一番の理解者になれるだろう。尊大で傲慢な十五の頃の私はそう思ったのだ。そういった経緯で私たちは出会ったのだった。


 そして五年共に過ごした結果が両手首&両足拘束監禁コースで先生は本当に悲しい。ふかふかで毛足の長い絨毯の上を芋虫のように転がっている私は頭を持ち上げて元凶である王子を見上げた。ここ数年でぐんと背が伸びた彼は「失礼します」と呟いて軽々と私を持ち上げる。最大の失礼である拘束は解かれる気配が無い。魔術の腕のみならず、騎士にも手解きを受け日々鍛錬に精を出している殿下は危なげなく人一人を抱えることができた。つい最近まで私よりうんと小さかったのに。抱っこの要領で私を抱き上げた彼は先程まで座っていた長椅子に私を座らせた。壊れ物を扱うような丁寧さだった。目の前のテーブルには私が今までに好きだと言った菓子類が所狭しとならんでいる。


「せっかく用意させたのに一口も食べないなんて。食い意地の張ってる先生らしくない」


 少し悲しそうな顔。これが百の、純粋な悲しみであれば私だって気を遣って数種つまんでいただろう。しかしそこにあるのは偽りだ。偽の悲しみだ。こいつは全然悲しんでいない。


「七十二点」

「……」

「かかっているの催眠の魔術?」


 にこりとした微笑でクッキーを一枚、私の口元に寄せた王子は「味は保証しますよ」なんて自白する。視えればなんてことは無い。クッキーにかかった催眠魔術を打ち消す式を展開しながら一口差し出されたそれを口にしてやれば店で売っているのと遜色ない味がした。


「……これ、もしかして作ったの?」

「完成品に付与すれば一目見て先生は見破ると思ったので」

「確かに。手間を惜しまなかったお陰で一目じゃ分からなかった。菓子職人にでもなるつもり?」

「なるとすれば先生専門のですね」

「恐れ多いなぁ。もしかしてこのテーブルの全部そう?」

「はい」

「呆れるくらい本当に何でも出来るね。私はてっきり、盛大にお別れパーティーをしてくれるのかと思ってたのに」

「パーティーらしく、先生の好きなものを用意しましたけど」

「そこに催眠魔術仕込むなよ……」

「先生に教わったことを実践して、点数を付けていただきたくて」

「うん、だから七十二点」

「……あとで減点の理由を教えてください」

「教えるよ。採点後の復習は大切だもの。でもまぁそれより今はこっちが事情を聞く方でしょ。どうしてこんなことを?」


 両手が自由に動けば腕を組んで遺憾の意を示しているところだ。私は縛られたまま同じ長椅子の隣へ座る王子殿下を睨め付けた。そこまで小さな椅子ではないけど、身体ごと寄られているせいか長椅子の上は酷く窮屈に感じられた。


「わかってるくせに」

 拗ねたような響きの言葉が耳朶に触れる。

「ここから出ていかないで、ルーチェ」


 大きな力を持つ者は得てして孤独になりやすい。

 私は、親を知らない孤児だ。森の中で捨てられていた私は王子殿下と同じく、持つ魔力の大きさから周りへと被害をもたらすような、そんな子供だった。娘を持て余した両親は、学の無い平民だったのだろう。ろくに社会ルールを知らなかった彼らは義務を怠った。魔術適性のある子供を産み、手に負えない場合は子を魔術塔へと送り届けること。実の両親のことではあるが、そんな簡単な約束事も守れないような人達のことであまり思い悩んだことはない。何せ物心がつく前に捨てられて情もなにも無かったから。すぐに親代わりである現在の上司に拾われたから。

 孤児の私が私を証明するためには、魔術しかない。あらゆる種類の魔術に打ち込んだが、特に力を入れたのは抗魔の術だ。強すぎる力を制御するための力は自分のために編んだものだったが、王子殿下の苦しみを減らすのにそれは役立った。かわいそうだと思ったのだ。愛されているこの子供が周りの人間を傷つけて傷ついているのが。


「かわいそうな子供のお世話はおしまいです、殿下」


 かわいそうな子供は強くなり、周りを傷つけることは無くなった。渇いた砂が水を吸うように、彼は知識と技術を得ていった。私の十年分の知識が五年ほどで吸収されてしまった。誇らしい反面、とても憎らしかった。

 術を展開して拘束をほどく。右手を伸ばして、少しかがみ気味になっている額にさらりと触れる。拗ねたような彼はされるがままでいた。よく手入れされた髪は艶やかだ。解こうと思えば解ける拘束は以前私が教えたものとは違って対象者を絶対に傷つけないように書き換えられていた。


「あなたに置いていかれる僕はかわいそうだよ」


 そんなことはない。口を開こうとすれば抱き込まれてしまい、何も言えなくなる。


「大問題な距離感ですよ、これは」

「問題になんかさせないよ。ルーチェは国王の覚えめでたい優秀な魔術師で僕の恩人なんだから。姉様からも頑張ってと言われてる」

「次期女王陛下からの期待も背負ってるんですか?」

「どうしても出て行きたいのなら僕を倒して行くといい」


 無力化の方法なんていくらでもある。相手だって馬鹿ではないのだから抵抗はされるとは思うけど、そこは経験の差でどうにかできるだろう。そう、手段を問わない無力化ならいくらでも出来るのに。


「お優しい先生のルーチェは僕に攻撃はできないでしょう」


 わかっているからこそのゼロ距離なのだ。こうも密着されていたら集中できないし、攻撃なんてもってのほかだ。ため息を吐く。


「出て行くなという要求は呑めません。今日が最後の授業だし、あなたに教えることももうないんですから。留まる理由がないのです」

「だから君は、僕の婚約者として」

「待った待った待った! とんでもないこと言おうとしてます?! ただでさえこの部屋も未だ密室で外聞が悪すぎるのに! あとに引けませんよ!?」


 慌てて両手で口を塞げば「むぐぐ」と非難がましい目で見られる。


「そもそもあなた、私のことをそういう感じで好いていたんですか?」


 恐る恐る手を離すと「出会った時から好きだった」目元を赤らめてそんなことを言うものだからびっくりしてしまう。そりゃあ私はデキる魔術師だし、何度か殿下の危機も救ったし、好かれない方がおかしいくらいだけど。思い浮かぶのは編んだ魔術を見てきらきら輝く笑顔を見せてくれていた小さな彼だ。


「……私が鈍感でしたか?」

「いや。周りの大人から言い含められていた。立場というものがあるのだから諦めなさいと。だから隠していた」

「今になってどうして打ち明けたのですか……?」

「前回の授業でいきなり次回が最後の授業だと言うし、授業が終わればもう来ないと言われるし……今生の別れのように言うものだから」

「だからといってこんな強硬な手段はどうかと思いますけど。そもそも国王陛下と王妃様がお許しにならないのでは?」

「ああ。それは大丈夫」


 にこり。なんてお上品な笑みなんだろう。一体全体何をしたのかを問うても詳しくは教えてくれなかった。王宮魔術師団長も交えた公式な謁見の場で何かがあったらしい。


「丁寧な説得をして、求婚の許可を得たんだ」

「実力行使ではなく?」

「そうとも言うかも?」

「かわいい子のふりはやめてください」

「実際可愛く思っているだろう?」

「……」


 今年十八になる殿下のご尊顔は麗しく、私よりも小さかった背はぐんと伸びた。鍛えてもいるらしいのでそれなりの体格であるし、まぁ一般的に見れば可愛くはない。可愛くないはずなのだ。

 魔術なんて無粋な方法を使わず、やわらかに拘束される。王子殿下は私の手を取っている。


「どうか好きだと伝える許可を」


 ⭐︎


「王子様、あなたはあなたの力の使い方を学ぶべきだ」


 尊大な態度を隠そうともせず、めちゃくちゃになった家具の残骸を踏みつけながら、その人はこの上なく楽しそうに笑っていた。


 抗魔の術を部屋全体に施しているのがそう年の変わらない子供であることは聞いていた。けれどあの日まではその魔術師が男なのか女なのかも知らなかったし、興味も全く無かった。

 王子という立場は、基本的には多くの人に傅かれる立場だ。僕自身は大したことのない人間なのに、王子というだけで傅かれる。だからその人だって本当は僕の前では傅くのが正しいはずなのに、胸を張って「私が先生になってあげます」と言うものだから不敬なんじゃないかという感情がよりも先に驚きと興味の感情が沸いた。

 父の治世は安定していて、母はそんな父を支えている。姉は父の治世を見て学び、弟の自分はそんな姉の助けが出来るように、あるいは、姉に何かがあったときに姉の代わりが出来るように、そんなふうに育てられていた。けれど自分は昔から魔力過多で度々体調を悪くすることがあり、周りからは姉の代わりとしては不適格だと言われていた。口さがない人たちの言葉に姉は怒ってくれたが、実際に不適格であることに変わりはなく。その時の魔術師団長にも「治しようのない、病気のようなものなので」と匙を投げられていたのだ。それなのに。


「申請通りの抗魔付与をしているのにそれが効かないってことは王子殿下の魔力量が抗魔で許容できる範囲内の魔力量を超えているということです。ざっと見直しましたけど申請された通りの仕事を私はきちんとやっているので王子殿下の魔力量を見誤ったせいで今回はこのようなことが起きたのでしょう。あなたが抗魔の装身具を身につけていらっしゃらないのは何故です?」

「装身具……?」

「……うーん」


 話しているうちにどやどやと部屋の中に騎士や魔術師たちが入ってくる。王宮魔術師とは違う形のローブを羽織った長身の男が「ルーチェ!」と目の前の彼女に駆け寄ってきた。

 ルーチェという名前なんだ。

 ルーチェは自身の指につけていた透明な石を嵌め込んだ指輪を僕に預けて「これを持っていれば体調は多少マシになるはずです。でも、自身で自分の身を守れるように本格的に抗魔の魔術を学んだ方がよろしいです」と真剣な顔をして言った。指輪は今まで彼女がつけていたものだから、ほんのりと熱を持っていた。

 遅れて僕に駆け寄ってきた王宮魔術師団長にルーチェは不躾な視線を寄越す。視線に気付いた団長は「不敬だろう」と彼女を飛び越え彼女の保護者であろう男に抗議した。僕達のやりとりを見守っていた彼女の保護者は、まるで今気づきましたと言わんばかりに団長へと視線を向けた。にこりと笑ってはいるが「素直な子ですみません」と笑顔の割に言葉は刺々しかった。

 王宮の魔術師と塔の魔術師は基本的に相容れないものなのだと教わったことがある。王宮魔術師は貴族の出の者が多く外敵から王族や城自体を守護するのが使命であるのに対して、塔の魔術師は貴族も稀にいるがその大半が平民であり研究を生業とするため国を守る誉れと現場を知らない魔術師だの魔術の真髄を探究せぬ魔術師もどきだのと罵り合っているらしい。

 彼女と揃いの意匠のローブを纏った長身の男が僕に対して頭を下げた。


「王子殿下。このまま私達は陛下にこの件に関して報告をしに行きます。多くの魔力を使用なされたので、しばらくは安静にしていた方がよろしいでしょう。……ルーチェ」


 声をかけられた恭しく彼女は頭を下げる。国王にも認められていることを示す上級魔術師徽章が彼女の胸元で明かりを反射して輝いた。


「また会いましょう、王子殿下」


 顔を上げた彼女は早い再会を確信しているようだった。彼女はその意志の強そうな瞳を楽しそうに細めて、迷いなく部屋から去っていった。もらった指輪を握った手のひらがとても熱く感じられて、この時からずっとルーチェは私の中で特別な人だった。


 それから五年。

 誘拐未遂や暗殺未遂といった事件が起こったけど、力の使い方をルーチェから師事してもらってからは自分の魔力の扱い方が分かるようになり、体調を崩すこともなくなったし自分の身を守ることが出来るようになった。

 そろそろ認めてもらえるだろうか。僕が世界で一番に尊敬している魔術師は間違いなくルーチェだ。そんな彼女に認めてもらいたい。そんな下心もあって沢山のことを真面目に、一生懸命に学んできた。


「もうほとんど教えることはありませんね。今の殿下はひとかどの魔術師ですよ」

 認めてもらえた。嬉しい言葉のはずだった。

「次回あたりで最後の授業にしましょうか。そろそろ私も塔に戻らないと」

 先生と生徒という関係は変わることがない。変わることはないけれど、それは強固に互いを縛るような関係でもない。いきなりのことで上手く思考がまとまらなかった。


「塔に戻っても、城には来るだろう?」

「いいえ。殿下の体調もこの数年でとても良くなりましたし、調子をみるのも私じゃなくても大丈夫なので。登城は稀になりそうです」


 ルーチェは結婚に興味がなさそうで、だからもっと時間があるかと思っていた。魔術師として認められてから、あとからじっくり自分を見てもらえばいいと思っていた。


「殿下も、ようやっと婚約者の発表をなさると聞きました」


 実はやきもきしていたんです。私の授業が殿下の自由な時間を奪っていたんじゃないかって。だから婚約者も決められずにいたんじゃないかって。


 周りの大人から言い含められていた。立場というものがあるのだから諦めなさい、と。結局諦められなかった。だから先に根回しをして、とやかく言う者たちを黙らせて、ルーチェから魔術師として認めてもらって、並び立てるようになってから。何の憂いも無くなってから堂々と思いを告げるつもりで少し前から動いていたのに。


「式には呼んでください。天才魔術師の私が参加すれば箔がつくこと間違いなしですから」


 ……目の前のこの人を、どうしてやろうか。

 口をどうにか笑みの形に整えながら、頭の中ではそんなことを考えていた。


 そして作戦決行日。今まで優等生としてやってきていたせいかルーチェはなんの疑いもなく自室に招かれてくれた。罪悪感が無いわけではなかったけど、この日ばかりは自分の感情を優先させてしまった。

 拘束の魔術は誘拐犯から身を守るために教わったものだ。もともと敵を捕縛するための式でそのまま使えば相手を傷付けかねない術だったから式には少しだけ手を加えた。

 外側から部屋に人が入ってこられないようにする魔術も身を守るためのものだ。こっちは暗殺未遂の事件が起こったときに教えてもらった。これを応用してドアの内と外とで正反対の効果を与える魔術式を考えるのにも苦労した。内側からは人が出て行かないように、外側からは人が入ってこられないようにするためには二つの式の間に緩衝材となるような式を入れ込まなければならなくて、その式を編むのにかなりの時間を要した。理論上は可能でも、実際行えるかどうかはやってみなければ未知数なのだ。最近はもうずっとこの式の検証を繰り返していて寝不足だった。

 手足の拘束が突破されることは織り込み済みだ。重要なのは部屋にかかった魔術を内と外から突破されるまでの時間を稼ぐこと。


 賭けには勝てた、と思う。愛を伝える許可を乞えば彼女は困ったように僕を見た。


「許可なんていらないでしょう。私よりもあなたの方がうんと身分が上なんですから」

「けど僕はルーチェの許可が欲しいし、僕の我儘をあなたの心で認めて欲しいんだ」


 ルーチェは、魔術に関して言えば一流で、だから傲慢なところがある。彼女の傲慢さも僕は好いていたが、その傲慢さは不安定であることの裏返しのように思えて怖かった。はっきりと言葉にはしないが、彼女は自分には魔術しかないと思っている。言葉の端々に滲んでいるし、ずっと見ていたから伝わってしまう。魔術しかないと思っているから、魔術の知識を、技術を次々得ていく僕に嫉妬をしている。好きな人の表情が曇って分からないやつなんていないだろう。魔術しかないなんて、そんなことはないのに。けれどこの言葉を他の誰でもない僕が伝えたとして、彼女が納得してくれるとは到底思えなかった。だから僕は魔術師として彼女を超えて、彼女が僕を好いていても嫌っていても意識せざるを得ない存在になろうと思っている。

 強くて優しくて傲慢な僕の先生。歳はあまり変わらなくて、やろうと思えばこの腕にすっぽり抱き込めてしまえる大切な人。

 僕だけを見てもらうために、僕はどんな手段だって使うつもりだ。

 強い光を宿したような瞳も、暗い目も、愛情に溢れたその視線も、全部を僕に向けてほしい。


「目を離さないでいてね、ルーチェ」

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