57話 滝の雨
夜通しの警戒を行う。
最終チェックを五度、六度と繰り返しても落ち着かない若衆たち。
倉庫群を吹き抜ける海風が金属の梁を軋ませる音を聞きながら、散々見慣れたテントの窓からの風景を見下ろす。
宗我部の若衆十名と坂本は、空中の隠れ家で交代しながら眠りについたが、興奮状態のせいで半数ほどが熟睡できなかった。
目を閉じても、何か確認漏れがあるのではないかと、自分の愛機を点検するために飛び起きたからだ。
ここでも坂本を守る様に取り囲むフォーメーションで床に就いていたが、何度も若衆たちは飛び起きる。
鷲崎たちベテラン三名と坂本を除く若衆たち七名は、その一晩中、短い眠りから何度も目を覚ました。
――そして翌日。
あらかじめ持ち込んでおいた食料を各自のタイミングで摂りながら夕方に差し掛かった頃、遠方から重低音が響き始めた。
黒塗りのワゴン、トラック、外車。数十台規模の車列が倉庫群に雪崩れ込む。
滝山会の兵隊と中国マフィアがぞろぞろと降り立ち、互いに声を交わしながら配置につく。
「……すげぇ数や……」
「五十……いや百は超えちゅうかもしれん」
「大層な武器なこった。戦争でも始めるっちゅうがかえ」
「これもある意味、戦争じゃろうねや」
窓から外を見た若衆が次々と呟き、喉を鳴らす。
拳銃どころかライフルを肩に掛ける滝山会の連中までもが散見される。
若衆たちの冷や汗が背中を伝う音まで聞こえそうだった。
だが、坂本だけは動じない。
仁王立ちで腕を組み、窓からじっと群衆を観察している。
その姿に、若衆たちは逆に息を詰める。
――この人は、恐怖を感じないのか。
これだけの武器と人数を相手にして。
鷲崎がそっと坂本に問う。
「坂本殿……合図は、いつに?」
低く冷たい声が返る。
「まだです。取引が始まる前に動けば、全員散り散りに逃げてしまうでしょう。……奴らが荷を開き、交渉を始めるその瞬間――全員を閉じ込めます」
「閉じ込める?この倉庫に?」
鷲崎の疑問に鉄砲玉も乗っかる。
「あの人数、こん中には入り切らないんじゃないすか…?」
そんな問いを投げかける鉄砲玉に流し目を送った坂本は、口角をわずかに上げる。
「この倉庫じゃない。誰一人ここからは出られない牢獄を作ると言っているんです。私の魔法で」
若衆たちは無言で頷いた。
倉庫の外からは今もなお続々と滝山会・中国マフィアの連中が集結して来ている。
既に周辺は警戒網が完成しており、倉庫の持ち主や工場の人間ですら近づくことが出来ない。
不法占拠ともいえるこの状況、警察は動かない。
警察が黙ったまま滝山会とマフィアの占拠を止めない理由…。それはつまり、そう言う事なのだろう。
十一月の空は早く暮れ始め、次第に倉庫とヘッドライトの明かりに頼る光景に変わって行く。
目の前に広がるのは倉庫の中だけで百人規模の武装集団。外には無数の車両と構成員が残っており、まともにやり合えば命は幾つあっても足りない。
それでも彼らの瞳は使命に燃えていた。
楯となり、共に戦う以上、逃げるという選択肢は存在しない。
坂本はアイテムボックスに手を差し入れる。
それと同時にテントの中の空気が揺らぎ、若衆たちが瞬きする間に坂本の宗我部組スーツ姿は、濃紺のマントに包まれた。
黒革のブーツ。
黒革のグローブ。
海を閉じ込めたかのような蒼き光を放つ、蒼環晶のペンダント。
中世西洋の貴族がごとく豪華に装う、星鎧の礼装。
そしてありとあらゆる悪事を白日の下に晒し、心中奥深くまでを鏡映しとする、銀の仮面。
若衆は再び姿を現した本領に鳥肌を立てて、心を奪われた。
銀の仮面は悠然と立つ。
その左手が俄かに光り始め、その指先を呆気に取られたままの若衆たちの胸元目掛けて振った。
すると、若衆たちの首には小さなペンダントが下げられた。
エメラルドのような緑色のネックレスは小粒ながらもキラリと光る。
全員がそのネックレスへ目線を落とすと、銀の仮面は仮面の奥で呟いた。
「あなた方は"借りている"。ここから先、私の楯となって死ぬことは許さない」
その言葉は低く、しかし鋭く若衆たちの胸を貫く。彼らはネックレスに指先を触れ、頷いた。
恐怖と同時に、不思議な昂揚がテントに満ち満ちていくのが分かった。
自分たちは今、ターニングポイントに立ち会おうとしている。
組…、いや、日本国存亡の時に。
彼らは肩からスリングベルトで提げられたライフルと内ポケットの拳銃の感触を再度肌で確かめながら、その時を待った。
二〇二五年十一月二十二日、十八時頃。
名古屋港・倉庫群には突然の豪雨が降り始めていた。
大粒の雨がアスファルトを叩く。バケツを引っくり返したかのような猛烈な雨に、白い飛沫が舞い上がる。
視界は悪く、音は掻き消され、港湾地帯はまるで濃霧の中に沈んだようだった。
外で待機していた男たちは手近な倉庫に分散して逃げるように雨宿りに走る。びしょ濡れで避難した連中たちは、腕や肩の雨粒を払いながら、すぐには止まなさそうな雨をうんざりとした顔で見上げた。
銀の仮面と宗我部組若衆十名は、空中テントの中から真下に停まるワゴンと、その周囲に詰める大勢の滝山会と中国マフィア・広州赤竜會の連中を見下ろしていた。
雨の影響で倉庫内の人数が増え、大勢のごろつきでひしめく。
やがて、雨をかき分けるように、黒塗りの車列がゆっくりと入ってきた。
ナンバー隠しのワゴンやトラック、ざっと二十台。
滝山会と中国マフィア合同の本隊が、倉庫内にずらりと進入して来たのだ。
整然と降車し列を為した数十名が、各々の組のリーダーを出迎える。
金髪に染め上げ、金のネックレスとサングラス姿が目を引く中国マフィア・広州赤竜會のリーダーはおよそ五十代、葉巻を吸いながらのっしのっしと太った体躯を揺らして進み出でる。
滝山会のリーダーはおよそ三十代後半、短く刈り上げた黒髪にサングラス。金糸のストライプが織り込まれた青の高級スーツで、ピカピカに磨き上げられた革靴を鳴らして登場。
それぞれのリーダー同士が相見え、倉庫内の空気は最高潮に張り詰める。
この取引が成立すれば、数百億円にも及ぶ金と薬物が動く。
ここに運ばれてきた手付けとなる契約金が車の窓から覗く。その額はそれでも一般庶民が一生かかっても見ることのできない大金だ。
それぞれの兵隊は、宮殿の門衛のような直立態勢で居並んだ。
宗我部組若衆と銀の仮面合わせて十一名は、テントから機を待つ。
倉庫内にはおよそ二百名程の悪党。
正面衝突すれば数に押し切られ、瞬殺されるだろう。
だが――それでもやらねばならない時がある。
奇襲こそが劣勢を覆す唯一の手段と信じて。
鷲崎がテントの入り口のファスナーをゆっくりと開きながら、短く息を吐く。
宗我部組はこの後、あるタイミングで全員テントを出、銀の仮面の合図で攻撃を仕掛ける手筈。鷲崎は振り返り、銀の仮面をゴーグル越しに見つめた。
「頼みます。仮面殿」
「――分かりました」
「……全員、待機。手筈通り移動の後、合図で開始だ」
返答は一斉の沈黙。
やがて、取引が始まる。
中国マフィア幹部がトラックの扉を開け、茶色の木箱をいくつも並べる。
それに応じて、滝山会もワゴンを開け、黒色の箱をいくつも並べる。
中から取り出されたのは、大量の札束が満載されたアタッシェケース。大量の薬品アンプル。白い粉末の詰まったパック。
これがフェンタニル――、致死量わずか二ミリグラムの劇毒にして、人間を廃人に変えてしまう悪魔の薬。
滝山会の幹部たちと共に中国マフィアの幹部たちが笑みを浮かべ、互いのケースを交換するべく手を伸ばしたその瞬間――。
「――禍封障結、無界静殻!!」
ボワン、と耳の奥が鳴るような衝撃と共に、倉庫群を丸ごと包み込む巨大な障壁が形成される。
透明にして半球状のその結界は、倉庫群の外と中とを明確に分かち、滝山会・中国マフィアを示す無数の赤い光点は、全てが結界の範囲内に収められた。
突然上がった声と衝撃波の起点の方へ悪党たちが一斉に振り返ると、マントをはためかせながら天井から降って来る謎の人物。
ワゴンの上にドシンと着地すると、轟音と共にワゴンが圧し潰され、コンクリートの地面には蜘蛛の巣のような亀裂がビシリと円形に走った。
隕石が降って来たかのような衝撃と揺れに悪党たちは後退りながら言葉を失う。土埃が舞い上がり、凍てつく静寂の中、仮面を光らせながら男は低く語る。
「――これ以上は見過ごせない。お前たちの野望は、ここで終わりだ」
その声は、倉庫内の空気を一瞬で凍らせた。
滝山会のリーダーが一歩前に出る。
黒髪を刈り上げた男は、サングラス越しに銀の仮面を睨みつける。
「……誰だ、てめぇは。どこから湧いて出た」
「私は正義の代行者。これ以上、この日本を好き放題荒らさせる訳にはいかない」
中国マフィアのリーダーが葉巻を咥えたまま、鼻で笑う。
「一人でワタシたち相手にスルか?この人数を前にして。バカねアナタ?」
銀の仮面は一歩、前へ。
その足音が、倉庫内の緊張をさらに高める。
「お前たちなど、私一人で充分だ」
その言葉に反応するようにバサリとマントが広がる。
倉庫内の悪党たちが一斉に銃を構える。
拳銃、ライフル、サブマシンガン――百名以上の悪党が、銀の仮面に向けて銃口を揃えた。
そして――。
銃声が倉庫内に轟いた。
無数の銃弾が火を噴きながら銀の仮面に向かって殺到する。
だが、次の瞬間、銀の仮面の周囲で見えない層に阻まれるように、全ての弾丸が空中で停止した。
やがて勢いを失った銃弾は、地面に降り注ぐ。
数百発の銃弾が、銀の仮面の足元にコロンコロンと力なく転がった。
銀の仮面は、全くの無傷。
倉庫内は静寂に包まれる。
誰もが、目の前の現象に言葉を失っていた。
銀の仮面は、ゆっくりと右手を掲げる。
その指先が、足元に無数に転がる弾丸に向けて軽く振られる。
次の瞬間――。
地面に散らばっていた銃弾が、ふわりと宙に浮かび上がり、銀の仮面の周囲を旋回する。
そして、まるで機関銃のような速度で、悪党たちに向けて撃ち返された。
「ギャアアア!!!」
「ぐあああ!!」
「うわああああ!!」
弾幕の嵐が倉庫内を駆け抜ける。
悲鳴と怒号が交錯し、自分たちが撃った銃弾によって悪党たちは次々と倒れていく。
「……っっっ!!??」
目の前で撃たれた前列の男たちが壁となったせいで助かった後列の連中は、今何が起こったのかさえ理解出来ない。
わずか十秒足らずで、倉庫内の悪党たちの半数が地に伏した。
ようやく煙と土埃が晴れた今、銀の仮面にはかすり傷一つついていないことが誰の目にも等しく映った。
悪夢を見ているかのようなその姿と対照的に、たった一瞬でこの倉庫中にひしめいていた悪党たちは蜂の巣になり、停められていた車両は穴だらけとなっている。
車の陰に居たおかげで助かった男たちは、安堵半分恐怖半分の様子で、銀の仮面を片目で覗き込む。
その瞬間、二階キャットウォークから車の陰に向けて赤い光が走る。
赤い光の主は、宗我部組の若衆十名。
ライフルのレーザーポインターは、車の陰で命拾いしていた悪党たちに向けられており。
「――――てェェェェェ!!!」
銀の仮面の攻撃に続くように鷲崎の合図、キャットウォークから一斉射撃が始まる。
「グハッ―――!!」
「うぐっ!」
「ゴふっ……!」
上部からの高さを活かした狙撃に、第一波の逆襲を生き残ったはずの悪党たちは次々に倒れる。咄嗟に拳銃を抜いて反撃するも、宗我部組の若衆たちは物陰に身を隠し、誰一人として傷を負わない。
肩から腰へ斜め掛けに渡したスリングベルトにより、ライフルは手を離しても落ちない。
無論落とすわけもないが、愛機を胸に抱くかのような態勢で隠れた宗我部組若衆は、反撃が止むと見るや、すぐさま手当たり次第に撃ち下ろし続けた。
銀の仮面は若衆たちと滝山会の激しい銃撃戦の中、流れ弾すら我関さずと言った余裕の立ち姿で君臨する。
死屍累々の倉庫の中、全く表情の見えない銀の仮面。その声は、まるで笑っていた。
「――これでもう終わりか?」
上から撃ち掛けられる宗我部組の攻撃から逃げながら、謎の男の脅威にも気を配らなければならない。
悪党たちの命が秒読みと共に奪われる展開に皆が逃げ惑い、碌な反撃も出来ぬまま殺されていく。
積み上げられた箱の陰で頭を抱えていた悪党のうちの一人が、はっとした様子で呟いた。
「あいつ…銀の仮面だ…!」
その言葉を聞き取った悪党たちの顔は、みるみる青褪めていった。
「銀の、仮面」
「嘘、だろ……」
「そんな事があってたまるか――!!」
銀の仮面の存在と恐ろしさは滝山会も知っている。
その圧倒的な強さは海を越え、中国マフィアも把握していた。
こんな所にくるはずがないと思っていた彼らの予想は外れた。
それだけでなく、彼らは明らかに銀の仮面を殺そうと銃を向けてしまった。
――銃では奴を殺せない。
――そして、奴は一瞬で俺たちを殺す。
それを見せつけられた彼らは、目線と顔色の一切見えない銀の仮面がこちらを見て立っていることが恐ろしくてたまらない。
上からレーザーポインターの光がチラつく恐怖も相まって、悪党たちは目に見えて全身を震わせながら恐れ戦いた。
「だ…駄目だ」
「銀の仮面が来たんじゃ俺たちは……」
手下たちはあっという間に戦意を喪失。
銀の仮面がたった一度、銃弾を食い止めて撃ち返しただけで、圧倒的な力を思い知らされた悪党たちは逃げ出し始めた。
その背にも、レーザーポインターがチラついて数秒。例外なく骸となる。
ワゴンも、トラックも、金も、原料も、薬物も。
倉庫一階に置かれた物全てが蜂の巣となり、銀の仮面の間合いに飛び込んでそれらを回収することは、もはや完全に不可能となった。
滝山会と中国マフィアのリーダーたちは、状況の異常さに気づき、倉庫の外へと逃げようとする。
その背を守るように、ゴリゴリと人数を減らし続ける手下たちが決死の覚悟で殿として立ちはだかる。
だが――。
銀の仮面が再び手を振り上げると、先に倒された悪党たちが持っていた銃が浮かび上がり、逃げる連中の背に銃口が向けられる。
宗我部組の若衆たちのレーザーポインターも滝山会と中国マフィアたちの方に集中し、一斉射撃が始まった。
「ギャアアア!!!」
「ゴハァァっっっ!!」
「ウグぉぉッッ!!」
反撃する間もなく、手下たちは次々に撃ち取られていく。
倉庫内にいた滝山会と中国マフィアからなる二百余名の悪党は、ものの二分で壊滅。
両組のリーダーは辛くも倉庫を脱出したが、倉庫内はあまりにもむごい光景が広がっていた。
もはや戦場ではなく、一方的な処刑。
気紛れな神による、逃げ場のない裁きの場へ変貌していた。
火薬と血の匂いの漂う空気の中、豪雨の外に飛び出して必死に逃げる二人のリーダーの背に告げるかのように、銀の仮面は言う。
「さあ。次のお仲間の所へ、連れて行ってもらおうか」
開けっ放しとなっている倉庫の扉の方へ、銀の仮面がゆったりとした足取りで向かう。
宗我部組の若衆たち十名も、その後へ続いた。
双方はバシャバシャと水溜まりを蹴散らしながら、豪雨に煙る倉庫群を駆け抜けていた。
雨粒は容赦なく逃げ惑う悪党の全身に叩きつけ、視界はぼやけ、足元は滑る。
銀の仮面と宗我部組の若衆たちは、迷いなくその背を追って次の標的へと向かう。
先ほどの倉庫内で二百余名を制圧したが、敵勢力はそれで終わりではなかった。外の道路には数十台の車両が並び、その中には滝山会と中国マフィアの構成員が多数潜伏していた。車内から様子を窺っていた者たちは、異常事態に気づき、慌ててドアを開けて飛び出す。
「だ、誰だお前は――!」
叫び声が雨音に混じって響く。
「――重圧呪縛」
銀の仮面は、手あたり次第に目に入った連中の車を潰していく。
真上から途轍もない重力を加えられた車は、まるで天から巨大な手に押し潰されたかのように、メキメキと音を立てて崩壊していく。屋根はへこみ、窓ガラスは粉々に砕け、車体はプレス機にかけられたかのように潰れていった。
「ひ、ひぃぃ……!」
「化け物――!」
一切の躊躇いもなく中の人間ごと潰した銀の仮面の魔法の恐ろしさに、悪党たちは腰を抜かし、尻餅をついて後退る。
だが、その眉間には既に赤いレーザーポイントが走っていた。
次の瞬間、宗我部組若衆による狙撃が正確に悪党の脳天を捉え、サイレンサーで消音された銃声が響く。標的の身体は水溜まりに沈み、血が雨に流されていく。
豪雨の水音がすべてを薄めるように思えるが、滝山会と中国マフィアの連中から上がる悲鳴、銃声、怒号は倉庫群に絶え間なく鳴り響いていた。
必死に走って逃げ続ける両リーダーとは対照的に、銀の仮面は落ち着いた足取りでその背を追う。
死神が血の雨を降らせながら歩いているかのような静かな迫力に、若衆たちでさえも震えた。
十人の若衆のうち六人は別動隊として二方向へ離脱し、逃走経路を封じる。銀の仮面の側には鷲崎・若衆一人・運転手・鉄砲玉の四人が脇を固め、雨の中を進む。
何とかしてリーダーたちを外へ逃がそうと立ちはだかる悪党たちも、銀の仮面と若衆の連携の前にはあっけなく崩れ去る。銃撃、魔法、統率――その全てが、圧倒的な力で敵を打ち砕いていく。
「……お、お前には関係ねえだろ!何でこんな所に居やがるんだ、畜生!」
途中、出くわした悪党が叫ぶ。だが、銀の仮面は一切動じない。
「この日本の地で悪辣を働こうとした時点で、私は当事者だ。思う所があるなら、あの世で閻魔に垂れて来い」
「――――う゛ッ」
銀の仮面の周囲に浮かぶ銃弾が唸りを上げ、悪党の胸を貫いた。身体が跳ね、地面に崩れ落ちる。雨がその骸を静かに洗い流していく。
豪雨の中、滝山会と中国マフィアのリーダー二名は、濡れ鼠のような姿で僅かな手下と共に倉庫群を這いずり回っていた。
革靴は水を吸い、スーツは泥にまみれ、葉巻の香りもとうに消え失せている。だが、彼らの目にはまだ逃走の光が宿っていた。背後で仲間が倒れていく音を聞きながら、彼らは次の倉庫へと走る。
「こっちだ!あそこの倉庫に逃げ込め!」
滝山会のリーダーが叫び、数名の手下がその声に従って走る。倉庫のシャッターを無理やりこじ開け、中国マフィアのリーダーと一緒に中へと雪崩れ込む。
中にはすでに数十名の構成員が待機していた。武器を構えたが、リーダーの到着に安堵の表情を浮かべて銃を下ろす。
「奴らはすぐ来る…ここで迎え撃つぞ――!」
慌てふためく連中。
銀の仮面はその様子を遠くから眺めていた。路上に捨てられた車やコンテナの影に身を潜め、雨に紛れながら鷲崎たちと共に動きを観察する。
「……どうしますか?」
鷲崎が囁く。
銀の仮面は静かに頷いた。
「まだまだ周囲に気配が多く残っている。炙り出させるため、リーダー以外は徹底的に行きましょう」
「――はっ」
坂本の姿の時と比べて、口調と声色が重々しくなった銀の仮面の言葉に四人は神妙に頷き、銃口を下げた。
第八倉庫では、リーダーたちが焦燥の中で指示を飛ばしていた。
滝山会のリーダーが叫び、構成員たちは慌てて銃を構える。ライフル、拳銃、サブマシンガン――ありったけの武器が銀の仮面を迎え撃つために、少しだけ開いたままの入口に向けて構えられた。
そして、次の瞬間。
倉庫の入口に、静かに現れた。
そこには、"一切濡れていない"マントを優雅に揺らす銀の仮面の姿。そしてその背後には、鷲崎を筆頭とする宗我部組の若衆四名が、ゴーグル姿で無言で並び立っていた。
「来たぞ!撃てぇぇぇッ!!」
構成員たちが一斉に引き金を引く。
銃声が倉庫内に轟き、火花が飛び散る。弾丸の嵐が銀の仮面と若衆四人を飲み込む――はずだった。
だが。
銀の仮面の前方に、陽炎のように揺らめく透明な魔力層が展開されていた。
全ての銃弾は、銀の仮面の手前で寸分違わず停止し、空中で震えた後、地面にカラカラと転がり落ちた。
ありったけの弾を撃ち込んでも当たらない様に目を見開き、連中は言葉を失う。
「な、なんで……!?」
「当たってるはずだろ……!」
「どうなってやがんだ…!!」
銀の仮面は、ただ静かに一歩前へ。
その足音が、倉庫内の空気を支配する。
「――終わりだ」
銀の仮面が指を鳴らすと、足元に転がっていた数百発の銃弾がふわりと宙に浮かび上がる。
それらは機関銃のような速度で悪党たちに向けてそのまま撃ち返された。
悲鳴、絶叫、断末魔。
血飛沫がそこら中で吹きあがり、構成員たちは次々と倒れ、床に崩れ落ちていく。
咄嗟に扉の外側に隠れていた若衆たちは冷静に動き、援護射撃を加え、逃げようとする者を確実に仕留めていく。
わずか数分で、倉庫内は地獄と化した。
そして、煙と血の中に、二人だけが立っていた。
滝山会と中国マフィアのリーダー格。
滝山会のリーダーは顔面蒼白、呼吸は荒く、足元は震えている。
「ば、化け物だ……!人間じゃねえ……!」
中国マフィアのリーダーは呻き、窓へと駆け寄る。
《あんな鬼子が居るなんて聞いてねえぞ、クソ!》
窓ガラスを肘で叩き割り、雨の中へと飛び出す。滝山会のリーダーも続き、泥水を蹴って走り去る。
銀の仮面は、その場で彼らの背を見送る。
鷲崎が一歩前に出る。
「追いますか?」
銀の仮面は、仮面の奥で微かに笑った。
「はい、ここまでで奴らも大分減ってきたようですね。泳がせるのは、恐らく次が最後です」
そして、宗我部組の若衆たちは再び倉庫を出て、第十三倉庫へと向かっていった。
雨は止む気配を見せず、夜の港は、静かに決着の時を待っていた。
毎週月曜・水曜・金曜20時投稿予定です(祝日は15時投稿予定)。
この話が面白いと思った方は★★★★★を押していただけると幸いです。
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