54話 春夜如夢
懐かしい香りがする。
木造の園舎と遊具の匂い。
懐かしい音がする。
ボールを蹴る音と園庭から聞こえるにぎやかな声。
俺たちはブラウン管テレビを取り囲むように戦隊ヒーローに目を輝かせていた。
『ネイチャーレンジャー参上!悪の大王・イービルサタンよ、もう逃げられないぞ!』
『コシャクな、我らデビル軍に勝てると思っているのか。この月面基地ミサイル起動装置を使えば、お前たちはひとたまりもないぞ!フハハハハ!』
『日本の平和を守るため、世界の未来を守るため、俺たちは一歩も退くわけにはいかない!これ以上何も奪わせはしないぞ、イービルサタン!』
『止められるものなら、止めてみろお!』
ミサイルの起動ボタンをめぐって大王の手下と五色のヒーローたちが火花を散らす。
「やれー!」
「いけー!」
「そこだー!」
「にがすなー!」
画面越しに低学年児童たちが声援を飛ばす中、中学年へ一歩、階段を上って間もない蓮たちは後ろから手に汗を握っていた。
シーズンも佳境に入り、敵の戦力も集中している。これまでに一時撤退させた敵の幹部たちもここで勢揃いしており、五人は苦戦を強いられる。
しかし、五人もこの十二カ月の死闘で成長している。
『ファイヤーキャノン・イクス!』
『ウォーターブレード・トリプル!』
『ジェットサイクロン・ガンマ!』
『サンダーストーム・インパクト!』
『ブロッサムカッター・オリエンタル!』
『『レインボー・ファイナルショットーー!!』』
『ギャアアアーーー!!』
赤・青・緑・黄・桃からなる五色の新技で大王の手下と幹部の攻撃を跳ね返し、いよいよ残るは悪の大王一人となった。
『く…、なかなかやるなネイチャーレンジャー。だが残念、あと少しだったな。もうお前たちはここで終わり。地球もろとも滅んでしまえ!そりゃあ!』
残りあと一人となった悪の大王は最後の手段・ミサイル発射ボタンを押し、月面基地からミサイルが地球に向けて放たれた。
「あーっ!」
「ひきょうだぞー!」
「ふざけるなー!」
「せいせいどうどうとたたかえー!」
子どもたちは、赤いボタンを押して高笑いする悪の大王を野次る。
「やべえよこれどうすんだよ」
「今、ロボはシュウリ中だぞ」
蓮は拓弥と小声で話しながら行く末を見守る。
『さあどうするネイチャーレンジャー!俺を倒してももう遅い。俺もお前らも、ここでおしまいだあー!』
月面から自分の頭上目掛けて発射されたミサイルは間もなく大気圏に突入し、それは隕石のように燃え、流れ星のように尾を引いてみるみるうちに近づいてくる。
五人と地球の命運は万事休すかと思われたが。
そこへ銀色の影が乱入し、悪の大王を後ろから抱え上げた。
『ムーンシルバー!?』
『長き修行を終えて戻って来たぞ、ネイチャーレンジャー!』
『む、ムーンシルバーだと!?あの時倒したはずでは!』
『フフフ、まんまと引っかかったな。あれはお前たちの目をくらませるためのダミーだったのさ。私がまだ生きているとも知らずにお前たちは油断した。それがお前たちの敗因だ!』
『な、なにをする!放せ!』
後ろから悪の大王を抱え込んだムーンシルバーはそのまま別の方向の空へと飛び立った。
悪の大王を座標に指定しているミサイルの降下角度も、ほんのわずかに曲がる。
『む、無駄な抵抗だ。お前も死ぬぞ』
『おいおいどうした、さっきの威勢はどこに行った?一緒にミサイル見物と行こうじゃないか。イービルサタンよ』
地上真っ直ぐに向けて飛んでいたミサイルは空中で軌道を変え、宇宙に向けて飛び出した悪の大王とムーンシルバーの背を追尾する。
その距離はもう数十秒にまで迫っている。
『くそっ、くそっ!お前さえいなければ我々の計画は完成したというのに!とんだ邪魔が入った!』
『違うな。私がいなくてもネイチャーレンジャーが地球にいる時点で、お前の野望は最初から叶わなかったのだよ。諦めろイービルサタン!』
『――ぐあああ放せえええ!!』
ミサイルが後ろから空気を震わせて飛んでくる。
ビリビリと震わせているのはミサイルからの衝撃波か、それともムーンシルバーによって連れ去られている自身からか。
『母なる地球を征服しようとするのみならず、我が庭に勝手に物騒なものを築かれて黙ってなどいられない。お前をスペースデブリにした後は月面掃除と行く。どうせ作るなら軌道エレベーターでも作ってくれたらよかったものを』
『う、うるさい!お前も道連れだ!お前もワシと木っ端みじんだあ!』
ムーンシルバーによって地上から引き離された悪の大王が見たのは成層圏ギリギリの青と黒の世界。地球を囲うように白い帯のように大気の層が孤となって輝く。
遠い銀河からやってきた悪の大王は強靱な肉体ゆえ爆発はしないが、それは単なる真空に対してだけの耐性。
地球に大きなクレーターを作る程の超強力弾頭を備えた月面ミサイルの直撃を受ければ、死は免れない。
すぐ後ろからはもう避けられないミサイルの気配。
悪の大王はダブルクラッシュを決意。
背中に両手を回してムーンシルバーを捕まえようとしたが――。
『い、いないッ!?』
手が空を切る。
後ろから悪の大王の体を抱きかかえて第二宇宙速度へ到達したムーンシルバーは、地球の重力圏から離れたのを見計らって完全に悪の大王をトドメと言わんばかりに蹴り飛ばしながら切り離していたのだった。
悪の大王は一人、宇宙に放り出され、振り返ろうとするも姿勢制御が全く効かない。
『お、おのれムーンシルバー!よくも最初から最後まで邪魔をしてくれたな!』
地球の青さを背に受けながら宇宙の風に吹かれるムーンシルバーは、後方から追ってくるミサイルをひらりと躱し、地球の重力に従って逆さまに浮きながら、もがく悪の大王の最期の瞬間を見届ける。
『地球に降り注ぐ隕石は全て私が守り抜く。運がなかったと諦めろ。ここがお前の墓場だ!悪の大王・イービルサタン!』
月から放たれた弾頭はUターンし、宇宙へ射出された悪の大王に向けて真っ直ぐに進み――。
宇宙にもう一つの太陽が生まれ、やがて何事もなかったかのように平穏な闇を取り戻した。
ネイチャーレンジャーたち五人と地上に住まう人々は悪が滅びるその光景を目にした。
無事に爆発を潜り抜けて地球に帰還したムーンシルバーとサニーレッドは固く握手をかわし、ようやく地球は平和を取り戻したのだった。
「おおー!」
「すごーい!」
「やったー!助かったぞおおー!」
狂喜乱舞してテレビそっちのけで飛び跳ねる子どもたち。
蓮たちも「おおー!」と声を上げて地球の平和を取り戻した待望の時を迎える。
ネイチャーレンジャーは悪を完全に倒した。ムーンシルバーと互いの健闘を讃えた後は、ムーンシルバーは月へ、ネイチャーレンジャーは自然の奥深くの村へと帰っていった。
本編が終了し、完全版ビデオBOXセットやネイチャーレンジャーベルト・超合体ロボ・ネイチャーカレーのCMが流れる。
しかし、誰もテレビ前からどこうとはしない。
拓弥はネイチャーレンジャーでなくムーンシルバーが止めを刺す結末に頬を膨らませる。
「…蓮、やっぱずりいよ最後のアレ!」
「そうかあ?」
「だってあんなんイイトコ取りじゃん、最後だけカッコつけてさあ!」
「強敵だったからしょうがない。ロボはシュウリ中だったし」
「"自然戦隊ネイチャーレンジャー"なんだから、やっぱり最後はネイチャーレンジャーが決めるべきだろ!ずりいよ!」
合体ロボを使えず、人力での最終決戦を強いられた中、六人は死闘を尽くした。
ネイチャーレンジャーが日々戦い続けていたからこそムーンシルバーは再起の時を稼げたし、ムーンシルバーが悪の大王の油断につけ込むことができたあの絶好のタイミングは、ネイチャーレンジャーなくしては現れなかった。
持ちつ持たれつを理解せず、表面的な手柄だけを見ている拓弥に、蓮はヤレヤレといった調子で肩をすくめた。
「そんなこと言うけどさ、サニーレッドは毎回出っぱなしじゃん。大声出して目立ちまくって。そのせいでセンニュウ作戦ミスったこと、何回あったっけー?」
「しょうがないだろ、主人公なんだから!レッドなんだから正々堂々いくだろ!」
蓮はムーンシルバーのビニル人形を手にし、言い合う少年・拓弥はサニーレッドのビニル人形を握りしめて熱く語る。
「男はやっぱり赤だ。炎だ。ジョーネツだ!ニッポンダンジたるもの、男は熱くねーとな!それと比べて、ムーンシルバーは時々しか来ないじゃん」
「時々…、それが良いんだよ拓弥。ジツリョクシャはここぞって時しか出ないんだよ。ムーンシルバーが毎回出るようになったら、サニーレッドはすみっこにやられちゃうよ?強すぎるから、わざと出しゃばらないようにするんだよ。オトナのヨユーってやつ~」
「はああ?ムーンシルバーなんかにサニーレッドは負けないんですけどー??」
「ムーンシルバーがいなかったら地球終わってたけどお~?」
「本気出してないだけだし!サニーレッドが本気になったら地球がコワれちゃうから、てかげんしてるだけ。その気になったらムーンシルバーのイチオク倍強いから!」
「いや、本気出したサニーレッドよりそのイチオク万倍強いに決まってるし!」
「はああーー?なんだとお、やるか蓮!」
「おおやるかあ拓弥あ!」
「けっとうだ!オモテ出ろ!」
「よっしゃ!けっとうだ!オモテ出ろー!」
「こーら!二人共やめなさい!」
廊下からやって来た先生に止められ、蓮と拓弥は引き離される。
「だって蓮がサニーレッドは弱いってバカにした!」
「拓弥が先に突っかかってきて――」
「どっちもこっちもないでしょ、みんなは仲良く見てるのに。蓮くんは一学年お兄さんなんだから優しくしないと。拓弥くんも蓮くんに無理言わない。ね?」
最終回を終えたネイチャーレンジャー放送後のテレビ画面。ネイチャーレンジャーの付録や絵本でもう一度余韻に浸り直す低学年児童たち。年下の子よりも年上の自分たちが子供っぽいことをしてしまった事に我を取り戻した二人は、少々バツが悪そうにむくれる。
「すいませんでしたー」
「もうしませーん」
「…はあ。蓮くんも拓弥くんももう四年生と三年生なんだから。お兄ちゃんらしくね?分かった?」
「はあーい」
先生がテレビ室を出ていくのを見送り、二人はどちらともなくため息を吐いた。
「あーあ、おれもサニーレッドみたいになりてーなー!」
「おれもムーンシルバーみたいになりてーなー!」
「後楽園ゆうえんち行きてーなー!握手してーなー!」
「若葉に来てくんねーかなぁ~」
「……ムリだよなぁぁ……ハァァ…」
拓弥が寝転がるのに合わせて、蓮も寝転ぶ。
「おれさ、オトナになったら絶対レッドになるんだ」
「サニーレッド?」
「サニーレッドはサニーレッドのもんだからムリ。おれはおれのレッドになるんだ」
「ふーん」
「蓮は?蓮はムーンシルバーになるんだろ?」
「ええ…?おれは――」
「なれよ!おれがレッドやるんだから蓮もシルバーやるんだよ!きまりな!」
「勝手にきめんなよ」
「で、おれたちで日本の平和を守るんだ。悪から市民を守るんだよ」
「悪って、たとえば?」
「そりゃあ………ドロボウとか。ユーカイとか。ミサイルけんきゅうしゃとか…」
「それってケーサツに任せればよくない?」
「よくない!おれたちが地球の平和を守るんだ!…おい、マサル!」
拓弥は手近な距離にいた年少の男の子を指さす。
「なに?」
「おまえは、ブルーな!で、カッちゃんはグリーン」
「グリーン?」
「そ。で、ノリはイエローで、ミサキはピンクな!」
「えー?おれイエローかよ」
「あたしピンク?やったあ!」
そして、ズビシッと蓮を指さして笑う。
「で、蓮がシルバー。おれたち六人で地球の平和を守るんだ。きまり!…あ、でも蓮は時々にしてくれな。あんまり目立つなよ、出番へっちゃうから」
「おいなんだよそれー!」
「レッドが一番エライから出番もおれが決めるもんねー!蓮は一カ月に一回だけ出てよし!」
「少なっ!?」
「よーし、おまえら俺に続け!悪をほろぼすぞー!」
園庭に駆け出した拓弥を下級生たちが遅れて追いかける。
蓮は苦笑いでため息を一つ。遥か先へ飛んでいった拓弥の背を追うのであった。
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「―――はっ」
蓮は、見慣れない天井で目覚めた。
関東平野を一望できる大きな窓からは朝日が差し、消灯された部屋の奥深くまで明るく照らされている。
カーペット敷の床の上にそのまま大の字で眠っていた蓮に毛布が一枚掛けられており、大あくびしながら起き上がった。
昨夜は遅くまで拓弥とゲームに興じていた。
最新型のハードはもちろん、子供時代に共通の友人宅でよく遊んだ懐かしのセガ・ネプチューン、スーパーファルコン、PlayNationなども引っ張り出され、二人は夢中になって対戦した。
当然のように、機材の持ち主である拓弥が勝ち越した。蓮が得意とするジャンルでは一時的に優勢だったものの、通算成績は拓弥が三六二勝、蓮が二九八勝。あと二勝で三百勝という節目に届くはずだったが、そのプレッシャーが逆に蓮の手元を狂わせたようにも思える。
近くのテーブルにはペットボトルの水二本とゲスト用のカードキーが置かれており、「帰る時ポストに入れといて」とメモ紙が添えられている。
ふと視線を向けると、白田がソファに寄りかかったまま眠っていた。朝日の光と、蓮がペットボトルのキャップをひねる音に反応して、ゆっくりと瞼を開く。
「―――あ。おはようございます、蓮くん…」
白田にも毛布が掛けられていた。その毛布をざっくりと二つ折りにして傍らに置くと、背筋を伸ばして大きく伸びをする。寝起きの声は少し掠れていた。
「結局、昨日は何時までやってたんですか?」
白田は、途中まで蓮と拓弥のゲームに熱中する様子を楽しそうに眺めていたが、気づけば眠ってしまっていた。
何時まで起きていたのかも、いつ眠ったのかも記憶があやふやだ。
それは蓮も同じで、ほんの少し休憩するつもりで横になったはずが、気づけば朝を迎えていた。
ただ、好き好きに飲み食いして広げられていた食器や、ゲーム機・ソフトなどはすべて片付けられていて。
眠る蓮と白田だけを残して来訪時の整えられた内装に整えられていた。
蓮は自分に掛けられていた毛布を、白田が置いたそばにまとめて置き、まだ覚め切らない頭を掻きながら白田の前に立つ。
「何時までだろう。全然覚えてない」
寝癖が残り、目元に眠気の名残を漂わせた蓮の姿に、白田は小さく笑った。
「昨日は随分楽しそうでしたね。あんな蓮くん初めて見ましたよ」
「え?…どんなの?昨日の記憶がなんだかあやふやで…俺なんか変な事してなかったですか」
蓮は髪をかき上げるように両手を頭上に当て、白田を見下ろす。
拓弥に勧められるまま酒を飲んだせいで、途中の記憶が抜け落ちている。序盤楽しく話していた記憶から、何か途中をすっ飛ばしていつしかゲームを始めていたような感覚。
最初と最後だけは覚えているような気がするが、途中がぽっかりと空白だ。
頭を抱えたまま固まる蓮を見て、白田はくすくすと笑いながら立ち上がる。
「さあ、どうでしょうね~。蓮くんの意外な一面が見られて面白かったですよ~」
「えっ??…何、意外な一面って。俺、何したっけ………ええ…??」
蓮が空白の記憶を必死に辿ろうとする中、白田はバッグを手に取り、退去の準備を始める。なるべく拓弥の家の物に触れないように、電気もつけず、朝日の差し込む光だけを頼りに玄関へ向かう。
「さ。行きますよ」
テーブルの上に置かれていたゲストキーをひらひらと揺らしながら、白田は廊下の向こうへと消えていった。
靴を履いて拓弥の部屋を後にした二人は、敢えて瞬間移動を使わずに帰ることにした。
拓弥が住んでいるマンションから数十メートル歩いて蓮は振り返る。
朝日を浴びて聳えるマンションは美しく、不動産販売のCMで流れるような整った外観。
拓弥の住む部屋はあの辺かな、と予想するように見上げながらしばらく立ち止まった。
幼少期を共に過ごした一歳下の弟分にして無二の親友が、今は十歳も年を越されて一人前の大人になっている感慨といくらかの感傷に浸り、つい先程までいた部屋の豪華さを思い出す。
白田はそんな蓮の背に呼び掛ける。
「蓮くんも、こんな所に住みたいですか?」
白田を一瞥した蓮は目線を下げて考え込む。
「…どうかな。まずまともな職に就けてないのにタワマンって言うのはどうも」
「…今でも充分に収益は上がっていますよ?」
白田は具体的な金額こそ伝えていないが、中々バカに出来ない金額が貯まってきている。
一つに銀の仮面公式サイト内・グッズ販売ページで出品される商品の売買手数料、二つに寄付ページから寄せられる直接の寄付、三つに近日始まった鳩ポスト経由で賽銭&通行料代わりに入れられるようになった現金。
銀の仮面は元手がほぼかからないサービス業のような業態のため、売上高がほぼそのまま純利益になると言って過言ではない。
強いて言うなら、白田の家の家賃・光熱費・PC周辺機器の維持または修繕、場合によっては新調くらいなもので、武器弾薬を用いない天誅は非常にローコスト。
言い方を選ばなければ、坊主丸儲け状態である。
ちなみに、寄付ページで寄せられるのは暗号通貨が全体の九割を占めており、それを日本円に換金さえしなければ足はほぼつかない。
蓮がいなかったこの十五年で、日本は外国からのヒト・モノ・カネが多く流入するようになったが、暗号通貨取引手法にも多様性が生まれている。
とある国がビットコインを法定通貨に定めただけでなく、日本国内でも暗号通貨による店頭スマホ決済が可能となっている。
大衆から寄せられた暗号通貨は小売店などで決済しても蓮・白田・支援者の足取りを追う事は限りなく不可能。
公式サイト内販売ページで商品を購入しても、販売者と購入者の個人情報は一切お互いには流出しない。
図としては、
<出品者>が販売専用コードを読み取って商品情報を登録・出品。
↓
<購入者>が商品を購入し、購入専用コードを読み取って入金&玄関先以外を希望する場合、具体的な配送先を指定する(省略可)。
↓
<出品者>の口座に手数料を引いた金額が入金される。転送専用コードを読み取りカメラが起動、商品をカメラで映すことで商品が転送される。
↓
<購入者>の自宅玄関または購入時に指定した具体的な転送場所に商品が届き、取引完了。
上記の流れで、銀の仮面公式サイトの販売ページは配送業者を仲介せず当人同士で取引が完結する。
出品者が商品をカメラで映すだけで商品が転送されるので、速度が段違い。
北海道から沖縄まで最速で三十分ほどで届くこのスピード感は銀の仮面の魔力と日本列島を貫く龍脈でなければ実現できない。
白田が中心となって。裁可が必要なものは蓮によって、出品物は審査され、龍脈が及ぶ範囲内――日本国内限定で宅配物は音速を超える。
金の動きが読まれない。
物の動きが読まれない。
人の動きを介さない。
この"三ない"は日本の物流を破壊するほどの威力を持っていた。が。
銀の仮面こと蓮と白田はこの販売サイトを事業にするつもりはなかった。
事業にすれば二人の手では抑えきれないものとなるし、そもそも二人の活動は決して人目に触れていいものではない。
なるべく直接関与する人を増やさないまま進めたいのが正直な所であるし、そんな事をしなくても既に二人分なら充分に暮らせるだけのゆとりは生まれている。
銀の仮面の魔力と龍脈に依存する形でインフラを構築すると、それが崩れた時に日本の経済は壊滅的打撃を追ってしまうので、あえて拡大しないという選択を取っている。
自分たちの身の安全もしっかりと担保するため、問い合わせページに寄せられる販売拡大要請の声には慎重に対応中だ。
銀の仮面の活動は、あくまでも日本が立ち直るまでの一時的なもの。従来の運送会社や流通にとって代わろうなどとは思っていないのだ。
基盤を覆して、他人の仕事を奪って稼いだ金でタワマンに住むというのはどうも違う様に、蓮には思えた。
「興味ないって言ったら嘘になるけど、持て余しちゃうような気がするんですよね。タワマンって」
「最後、床に座ってゲームしてましたもんね」
「…ああ、そうでしたね。…なんか椅子とかベッドよりも、畳と布団の方が慣れてるって言うか。ほら、ベッドって寝相悪いと落ちそうで安心できないんですよ」
「その割には普段うちのソファで寝てたりしてませんか?」
「そりゃあ…白田さんのベッドで寝るわけにもいかないし、フローリングは固いし」
「なるほどねぇ、ふふ」
"蓮くんと引っ越すことを考えるなら、和室は必須かな"と白田は想像しながら、二人は電車で中野へと帰っていった。
「あ。そうだ。蓮くん、あそこ寄っていきません?私たちの初めて出会った場所」
「え?」
中野駅に降り立った白田は、蓮の肩を叩く。
白田が示しているのは、蓮が異世界から持ち帰った金貨を売りに行った古物商・宝誠堂。古いビルの五階にあるこじんまりとした店は二人が最初に面識を持った場所だった。
金貨を売った時の現金は多少残っている。白田と二人三脚で活動を始めてから、売買手数料や寄付などでいくらか手持ちを確保できるようになって、新たに金貨を売りに行く必要がなくなって来たこの頃。
近くまで寄ったついでに訪れてみるのも面白そうだと思った蓮は、深く考える事なく頷いた。
ビルの前に着き、エレベーターホールの前で蓮は口をあんぐりと開いた。
「――まだ直ってないのかよ…管理会社はどうなってるんだ」
「あはは…」
八月中旬以来の再訪となるが、エレベーターが未だに直されていないことに、愚痴が漏れる。
そんな蓮に白田は苦笑いを浮かべた。
また五階まで階段で昇り降りしなければならないと肩を落とした蓮だが、白田はいつものことのようにスタスタと昇り始めた。
「元気ですね~…」
「慣れてますからね。ここは同志の店ですし」
「同志?何それ」
「あれ、蓮くんに言ってませんでしたっけ」
「ううん。初耳」
「そうでしたか…実はですね――」
白田たちは階段を上りながら関係性を語り出す。
白田と蓮が出会う前。
白田がバイトで日銭を稼ぎながら、水面下で日本を変えようと試行錯誤していた頃。
様々なウェブサイトやサーバーなどにハッキングして、役人の悪事や癒着などを独自調査していた白田は、その情報を有益に使ってくれそうな人脈を求めていた。
ネット上で色々なアプローチを試してみたが蓮との出会いまでの間に有力な出会いに繋がる物はなく、鬱屈としていた白田は、ひとまず集めた情報を広めることに着手した。
日本を愛している者、日本を変えたいと願っている者、ある業界に精通している有力者など、ある程度信用出来ると思った人には独自調査ファイルを贈っていた。
その中の一人が宝誠堂の店主であり、それ以来店主と白田は時々情報交換を行ったり接点を持っていたという。
「へえ、それ知らなかった」
「いつか話したような気がしたんですが、気のせいでしたか」
「…あれ?じゃあ、俺が金貨を売った時の話って、人伝とかじゃなくて店主から直接聞いたって事ですか?」
「そうですね。"この間珍しい物が入って来たんだよ~"って世間話のついでに」
「うわぁマジか…」
一回目に金貨を売った時は何もなかったが、二回目金貨を売りに店に入った時には既に店内に白田がいた事を思い出す。
「もしかしてあの日、"今日金貨売りに来るかも"って連絡行ってたりしました?」
「まさか。あの日はたまたまですよ。私もおじさんも、一般人です」
「何、その言い方。まるで俺が一般人じゃないみたいに」
「一般人じゃないじゃないですか。富士山止められる一般人なんかいる訳ないでしょう」
軽口を叩きながら階段を上り、二人は四階と五階の間の階段の踊り場に立つ。
"ここで話しかけたんですよね"と白田が笑い、蓮も笑う。
あの時はお互い夏の装いだったが、今は十一月。すっかり長袖になってまた同じ構図で立つとは思わなかった。
「あの時は珍しい金貨の情報が知りたくて声かけちゃいましたけど、あとになって冷静に考えたら、換金直後の人に声かける怪しい女に見えたなぁって思ったんですよ。蓮くんはそう思いませんでした?お金目当てみたいな」
「ん~…思わなかった訳じゃないけど…、まあ、何かあっても俺は絶対取られない自信があるからいいかなっていう」
「ですよね…」
「それより、あの時はまだ戻って間もなかったので、情報が欲しかったってのが強かったですね。こっちからじゃなくて、相手から話しかけられるってのが重要でした」
「そうですか…あの時は何かを変えたくて躍起になってたんですよ。ちょっとでもいつもと違う巡りがあったらそこに突破口があるんじゃないかって。…その節はお騒がせしました」
「いえいえこちらこそ」
お互いぺこりと頭を下げて、やがて揃って小さく笑った。
気を取り直し、残る僅かの階段を上り、店の前に向かう。
宝誠堂の店構えは、ドアの雰囲気も、看板も、三カ月前と何ら変わりない。エレベーターも相変わらず、動かぬまま。
「…ちなみに、俺がG名義だってことは店主は知ってます?」
「それは知らないですよ。私は誰にも言ってないので、そこは安心してください」
白田が赤枠のガラスドアを開けると、店主が顔を上げた。
「やあどうも………いらっしゃいませ」
親しげな眼差しが白田に向けられた後、すぐに蓮へと滑る。
その視線には、同志として接するべきか、客として扱うべきかの一瞬の逡巡が見え隠れしていた。
二人が一緒に現れたことに、店主は小さな疑問を抱いたようだったが、すぐに椅子に座り直し、表情を整える。
白田は迷いなくカウンターへと歩み寄り、にこやかに声をかける。
「どうも。最近どうですか?」
店主は"他人がいるのに話をしてもいいのか?"と言いたげな目線で白田を見るが、にこやかな表情を変えぬまま白田は静かに頷いて見せた。
その仕草に、店主は蓮の顔をもう一度見て、記憶の引き出しを探る。
二度ほど金貨を売りに来た青年――そうだ、あの時の彼だ。
――ああ、あの人か。でも、何故この二人が一緒に?
金貨の青年と白田の接点は謎だが、白田は何でもない風に続きを促そうとしてくる。
同時に入店してきたことからも、白田はこの人を信頼しているんだろう。
そう言う事であればと、店主は閉ざした口を開いた。
「ボチボチかな。変わりないっちゃ変わりない。いつも通りヤバいのを売りに来て、買いに来る奴らばっかだね」
「そうですか。特に印象深いのとか気になった客はいます?」
「うーん…そうだねぇ…」
店主は腕組みをして考えるが、白田の後ろに見え隠れする蓮の姿を見て、僅かに口角が上がる。
「今一番気になってんのは、そちらさんかな」
店主の目線を追い、白田が振り返る。
ごく普通に立っている蓮と目が合った白田だが、すぐに向き直り、店主に説明する。
「いろいろありまして、この人も同志になりました」
「ああ、なるほどね。それなら納得だ」
眉を動かしながら小さく小首をかしげると、蓮も合わせるように会釈した。
「どこまで話したんだい?」
「全部ですよ」
「ぜ、全部?全部って…本当に全部?」
「はい。全部」
「はあああ……」
椅子の背もたれに深く寄りかかり、店主は目を見開いたまま息を漏らす。
ハッキングで情報収集をしている以上白田はなかなか胸襟を開かない。
彼女が宝誠堂に来るようになってから三年経ってようやく認められたというのに、そんな彼女が全部をこの青年に打ち明けていたと言うのは驚嘆を禁じ得ない。
店主も白田の事を多くは知らないというのに、この青年には全てを打ち明けたというのだから驚きだ。
「もしかして、コレかい?」
店主は小声で小指を立て、顔を寄せる。
白田は唇を尖らせて即座に否定した。
「ち…がいますよ!あの……目的とか理念とか、そう言う所で共通点がかなり多かったので信頼できるなと思って!それだけですから!」
「ほっほお~…」
小刻みに何度も頷く店主を見つめる白田。
今日はそんな話をしに来たんじゃないと言わんばかりに話を本筋に戻す。
「そんな事より。最近また怪しいものが出回ってるって聞きますけど、おじさんの所にもそういうのって来たりしてます?」
「怪しい物って…こういう?」
「そうそう」
チョキの間に親指を近づけ、注射器を打ち込むような仕草をする店主に、白田は頷く。
「問い合わせは来るね。でもうちでは扱わないから、みんな帰っていくよ」
「そうですか。…もし、売りに来たら?」
「いやあ…断るかな。流石にヤクはね。チャカとかスプレーなら使える言い訳も、ヤクじゃ使えないから。このヤクは護身用なんですなんて言える訳もないでしょう」
「そうですね」
店主と白田がカウンター越しにヒソヒソと会話している一方、蓮は店内の商品を眺めていた。
用途不明の小物、奇妙な道具、中には祭祀で使用されていたと思われるポリネシア風な木像などもあり、それらを手に取ってじっと見つめる。
だが、次の瞬間、蓮の動きが止まった。
視界の端のマップ上で、物騒なものが近づいているのを察知した。
黄色い光点がグルグルと回りながらビルの階段を上り、こちらに近づいている。
マップ上ですぐ近くの距離までその点が近づいた時、店の扉が外から開いた。
入ってきたのは一人の男。
黒のウィンドブレーカーに緑のズボン、履き古したスニーカー。二十歳前後の若細い風体。
店に入ってきたその男は、蓮が持っている祭祀用木像を見つけると小さく「アッ」と声を漏らした。
「お、お前…何でそれを」
「――は?」
「クソッ、滝山会の連中か。させるか!」
男はウィンドブレーカーの内側から拳銃を取り出し、蓮に向けて発砲した。
――パァン!!
蓮は木像を抱えたまま飛び退き、男を睨みつける。
銃弾は商品棚の壺に当たり、音を立てて弾け飛ぶ。白田の悲鳴と店主の緊張の声が上がった。
動機は不明ながら、明らかにマップ上では男を示す黄色の点が赤色の点に変色している。
奥長に狭い店内で発砲され続けば、蓮が避けても白田か店主に当たるのは自明の理。
商品が多く混み混みとした店内、格闘での制圧は出来ないと踏んだ蓮は左手を構え、術式を立て続けに放った。
「――禍封障結、――拘束術式!」
蓮の前方に分厚い魔力の層が展開される。
蓮たちに向かって放たれた第二射を無効化され、男は、第三射・第四射を撃とうとする。
しかし蓮が放った拘束魔法によって男の四肢に紫電が奔り、男は入口ドアに磔となった。
床にカシャンと拳銃が落下する音が響き、男は指一本触れずに身動きを取れなくされた事へ愕然とした表情を浮かべる。
蓮は男に歩みを進める。
「――何だいきなり。どういうつもりだ」
「な、何をしやがった、放せコラァ!!」
男は必死に抵抗するが、身動き一つ取れない。ジタバタと首を振り回すしかできず、手足はびくともしない。
唾を飛ばしながら蓮に噛みつこうとする男だが。
「もう一度聞く。何故"私"に銃を向けた」
男は、たちまち顔を青ざめさせ、額からドバっと冷や汗が流れ落ちるのを感じた。
自分を拘束した人物が、一瞬にして姿を変え、そこには身の毛もよだつような悪夢が聳え立っていたのだ。
「ぎ……銀の仮面…」
銀色の仮面と星鎧の礼装を纏った恐怖の象徴が、至近距離で男に影を落としている。
「答えろ。何故銃を向けたのか。理由如何によっては、命はない」
銀の仮面の声は、冷たい刃のように空気を裂いた。その言葉が店内の空気を一層重くし、男の心臓を鷲掴みにする。
次の瞬間、銀の仮面の左手が男の頭部を容赦なく掴んだ。
黒革のグローブから伝わってくる圧力は、単なる物理的な力ではない。それは、命を握られているという本能的な恐怖だった。
男の全身が硬直し、膝が震え、歯がカチカチと鳴る。
唇は乾き、ぶるぶると震え、喉は締まり、言葉を発することすらできない。目は見開かれ、涙が滲み、視線は銀の仮面の奥へと吸い込まれていく。
――死ぬ。このままでは、確実に。
男の脳内は、死への恐怖で塗り潰された。
銀の仮面の問いかけは、耳に届いているはずなのに、意味を成さない。ただ、浅く速い呼吸だけが、彼の生存本能をかろうじて繋ぎ止めていた。
「――記憶消去」
銀の仮面は、鷲掴みにした左手から頭部に魔力を流し、男の記憶を操作する。
素顔を見られた一瞬の記憶のみを消すと男の目が一瞬虚ろになる。
次の瞬間にはまた男の表情は恐怖に染まり、その頭から左手を離した銀の仮面は尋問を続ける。
「一般市民に向けて銃撃した事の重大さ、分からないはずはないだろう」
「…っ!…っ!」
男は言葉にならない呻きを漏らしながら、ブンブンと縦に首を振る。
「引き金を引くからには、お前も死ぬ覚悟は当然出来ているんだろうな」
「…………!!!」
その言葉に、男の顔がさらに青ざめる。
歯の震えは止まらず、唇は引きつり、目は涙で濡れていた。
銀の仮面の表面には、男の絶望に染まった顔が映り込んでいた。
まさか、こんな形で最期を迎えるなんて――。
古物商に行って買い物して帰ってくるだけのつもりが。
虎の尾を踏んでしまった。
銀の仮面が、息が触れるほどの距離まで顔を寄せる。
男は目を見開き、呼吸を止め、死を覚悟した。
数秒の沈黙。
その沈黙は、永遠にも感じられた。
そして、銀の仮面は男から距離を取った。
「――修復」
その一言と共に、砕け散った壺が逆再生するように空中で形を取り戻す。
破片は宙を舞い、音もなく元の位置に収まり、つるりとした陶器へと戻った。
磔のままの男はその光景を、信じられないという顔で見つめていた。
銀の仮面は白田に小さく頷くと、マントを翻して男に向かう。
「おい、頭の所に連れて行け」
「………えっ」
男は戸惑いの声を漏らすが、銀の仮面の言葉は容赦なく続く。
「お前の仲間が下にいることも分かっている。拒否権はない」
「……そ、それはちょっ―――」
男の言葉が終わる前に、銀の仮面の左手から青白い光が膨らみ、空間が歪む。
光が男を包み込み、磔にされたまま、彼の姿は銀の仮面と共に消えた。
しんと静まった宝誠堂の店内。まるで嵐が過ぎ去った後の森のように、静かで重い空気が白田と店主を包む。
一発目の銃撃以降カウンターの奥で身を潜めていた二人は、巣穴から顔を覗かせるプレーリードッグのように頭を出していた。
銀の仮面の去った扉の方を二人はしばらく黙って見つめていた。
その沈黙を破ったのは、店主の震える声だった。
「……白田さん、もしかして、今のが…」
「はい。その通りです」
「おいおい、嘘だろ…」
店主は目の前で繰り広げられた一連の出来事に目をしばたたき、"どこでそんな縁があったんだ"と白田に問う。
白田は小さく微笑を浮かべ、つるりと復元した壺を一瞥する。
「頼もしい同志でしょう」
「そんな……頼もしいどころの話じゃないよ…死ぬかと思ったじゃないか…」
店主は圧倒され言葉を失い、カウンターに手をついて深く息を吐く。
白田は、現場で銀の仮面の出番が訪れた瞬間を目撃し、一種の誇らしささえ感じていたのだった。