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53話 回帰日触

 十一月十九日。午後三時半。


 蓮は白田と新東京中央駅(旧・三鷹駅)に降り立った。

 蓮が地球に戻ってきた最初のあの景色――七月以降、まだ三、四カ月ほどしか経っていない街並みは大きく変わる事はなく、記憶の風景との相違も相まって、案の定落ち着かない駅前通りだ。


 白田は昼食中、蓮が生まれ育った若葉愛育園の話に興味を持ち、一度現地に行ってみたいと頼んだ。

 もうそこには別の建物が建っていると蓮は難色を示したが、それでも行きたいと白田は曲げず、蓮は折れる形で現地に向かった。


 二人が夕方に辿り着いた跡地は相変わらず、原色で塗ったペンキのせいか外壁が目障りで、カラフルで、けばけばしいビルだった。

 看板の文字は韓国語、中国語、アラビア語、ヒンディー語で占められており道路上までにせり出した物干し竿に洗濯物がたなびいている光景は外国に侵食された今の日本を表していた。


「ここです」


 隣に立つ白田が、小さく息を呑む。


「ここが……蓮くんの故郷なんですね」


 振り返る蓮の横顔は無言のまま硬く、ビルのけばけばしい色彩がその瞳の奥に沈んでいた。十一月の風は冷たく、より一層、物悲しさを引き立てているようだった。


 この地域の再開発事業を裏で糸を引いていたのは財務省事務次官・桐山貢一。白田が用意した資料によって蓮は料亭に赴き、桐山に国民の涙を味わわせた。

 それによって桐山は己の罪を全て告白し切腹という方法で果てたというのに、日本の政界は首を挿げ替えて雲隠れすることで桐山の告発から巧妙に逃れ、未だ根本的解決には至っていない。


 書面やデータでしか知らなかった若葉愛育園の存在。

 その写真や映像はなく、白田が文字だけで見ていたその場所は、とても健全な青少年を育成する学び舎・家にはとても似つかわしくない外観に変貌していた。


 蓮の横顔が寂しく見え、白田は言葉を発せず、極彩色のビルを揃って黙って見ていた。


 若葉愛育園の敷地に沿って敷かれた道路の形だけが当時の面影を残している。今はもうない園舎と園庭と大木。蓮だけが知る当時の光景を幻に見つつ跡地の周りをぐるりと歩き、白田はスパイシーなアジアの風を受けながら、継ぎ接ぎに続く極彩色のビルを見上げながら着いて歩いた。


 この辺りは閑静な住宅街、辺りは人の気配が少ない。

 通行人や自転車もまばらで、一方通行の狭い道路は前後から車にせっつかれることもない。


 一周して戻って来た時、場違いなスポーツカーがビルの前に停まっていた。

 持ち主と思しきサングラス男は、およそ三十代後半の風体。両手をスーツのポケットに突っ込んでビルを見上げていた。


 このけばけばしいビルに出入りしている如何わしい輩だろう。その男と余計なトラブルを生まないように、蓮は目線を逸らし、白田を背中に庇いつつ真っ直ぐ通り過ぎようとしたその時だった。


「………蓮?」


 呼び止められ、足を止めた。

 逸らしていた目が男とカチリと合う。


 男はサングラスを外し、真っすぐに蓮を見つめる。すると表情が変わる。


「…やっぱり蓮だ!俺だ。分かるか?」


 サングラスを外した男の顔とその声に蓮は大きく目を見開いた。

 スーツ姿の背は昔よりも高く、肩幅もがっしりしている。だが、目元の鋭さと人懐こい笑みは、記憶に刻まれたままのものだった。


「……拓弥……?」


 男の笑みが一気に崩れ、目尻が濡れたように緩む。


「ははっ、やっぱり……!お前、蓮じゃねえか!全然変わんねえな!」

「久しぶり拓弥!どうしたんだよ、元気してたか!」


 互いに言葉を探すより先に二人は歩み寄り、強く握手し、抱き合った。

 懐かしい重みと体温。失われた年月が、一瞬だけ溶けて繋がり直したかのようだった。


「何やってんだよこんな所で」

「拓弥こそ何してるんだよ、帰りか?良い車乗ってよ」

「つい懐かしくて寄ってみたんだよ。蓮はこの辺に住んでんのか?」

「いや、家は離れてるんだけど、俺もつい思い出してさ」

「へえ、奇遇だな」

「だな!」


 少年時代は一歳年下だった拓弥が、異世界との往復の合間に蓮よりも十歳年上となっていた。

 だが、十歳も年が離れているなど微塵も感じさせない親密な空気と会話が、ブランクを感じさせることなく始まる。


 少し離れた場所で白田は、その光景を黙って見守っていた。

 普段は冷静な彼女の瞳が、珍しく柔らかく揺れている。


「……あれ?そっちの子は?」


 拓弥がようやく白田に気付き、にやりと笑った。


「彼女?」

「いやいや、違うよ」


 蓮が慌てて否定する。

 二人の目線が白田に集まる中、蓮は男を示して紹介する。


「白田さん、この人は日野拓弥ひのたくや。"若葉"の幼馴染だ」


 突如わいた偶然の巡り会いに驚きつつ、白田はぺこりと頭を下げる。


「白田つかさです。蓮くんとは仲良くさせてもらってます……」

「どうもよろしく。蓮とは小一からの付き合いなんだ。これからも蓮と仲良くしてやってよ」

「…はい」


 白田は照れくさそうに答えた。

 拓弥は、蓮と白田の付かず離れずの甘酸っぱい距離に、小さく口角を上げた。


「……いいじゃん。蓮、お前にそういう縁があるなんて意外だな」

「うるせ」


 軽口を交わしながらも、拓弥の視線はどこか真剣で、蓮をしっかりと確かめるように見ていた。

 蓮も白田もむずがゆそうに、そわそわと目線を動かしている。


「……こんな所で立ち話もなんだし。この後何かある?」

「いや、特にはないよ」

「そうか!」


 拓弥が片手を上げて車の後部座席を指差す。


「後ろ乗ってけよ。俺ん家近いんだ。せっかくだから今日はパーッとやろうぜ!成人してから会ったのこれが初めてだろ」

「ああ、そうか」

「途中で酒とツマミ沢山買い込んで呑もう。な!」


 蓮は頷いた。

 白田も少し驚いた表情を見せたが、拒む理由はなく、静かに後に続く。

 こうして三人は、拓弥の運転するスポーツカーに乗って拓弥のマンションへと向かった。







 東京都港区・拓弥のマンション。


 東京タワーと首都の夜景を一望できる高層階。ガラス張りのリビングからは、煌々と輝く摩天楼が足元まで広がり、関東平野が光に覆われていた。

 リビングへのドアを開けた瞬間、蓮と白田は思わず小さく感嘆の息を漏らした。


「うわ、すげえ…!」

「……すごい眺めですね」

「だろ?ここが俺の城。蓮が来るなんて思わなかったから散らかってるけど」

「イヤミかよ。めっちゃ片付いてんじゃねえか」


 昔の口調でツッコむ蓮に拓弥は肩をすくめ、買い物袋をガラステーブルに置きながら振り返った。


 リビングの中央に鎮座する大きなガラステーブルとそれを二方向から見つめる高級革ソファはまるで首脳会談が開けそうな格調を放っており、途中で買ってきた酒やオードブルを次々にテーブルへ広げていく。

 チーズやハムの盛り合わせ、色鮮やかなサラダに刺身を乗せてカルパッチョ風にアレンジし、唐揚げやパストラミなども皿に乗せて置いて行く。ステンレスのアイスペールに氷を満たしてシャンパンボトルとワインボトルを入れる動きは手慣れており、普段からこのような生活をしていることが容易に窺える。


 さらに拓弥がスマートリモコンを手にすると、七色に光を放つミラーボールのような間接照明が回り出し、天井に備え付けられたプロジェクターとスクリーンが駆動音を上げて動き出す。

 スクリーンにはヨーロッパの湖や自然の映像などを背景に優雅なクラシックが流れ始めた。

 窓からは夜の都会を見下ろしつつ、クラシックと共に海外の風光明媚な名所を映像で楽しむ。部屋中にはどことなくデキる男の香水やアロマの香りが立ち込め、大人の雰囲気を醸し出す。


 それだけにとどまらず、拓弥は迷いもなくタブレット端末を操作し始めた。


「出前も頼んどくか。寿司にする?それとも焼肉?」

「え、いいのか?」


 蓮は思わず目を丸くする。


「いいに決まってんだろ。こんな機会だしな。蓮が来てくれたんだし、そんくらい豪勢にしなきゃだろ。叙々苑弁当とかどうよ」


 軽やかに笑う拓弥の姿に、蓮は胸の奥がじんわりと温まる。

 十年ぶりに会った幼馴染が、こうして堂々と羽振りの良い生活をしている。

 それがただ純粋に嬉しかった。


「拓弥……お前、成長したなあ」


 蓮が感慨深くそう呟くと、拓弥は一瞬黙り込んだ。

 だが次の瞬間、声を上げて笑った。


「ははっ、まあな!努力した甲斐があったってとこだ。……乾杯しようぜ」


 三人のグラスが琥珀色の泡をはじけさせる。東京の夜景を背に軽やかに触れ合った。

 薄いグラスの音がチンと鳴り響くその音が、なぜか蓮の胸に深く染み渡っていった。






 グラスが空になるたびに拓弥は気前よく酒を注ぎ、つまみの皿も次々と空になっていった。

 窓の外には東京の夜景が広がり、流れるように光が瞬く。

 白田は豪華さゆえに落ち着かない様子で拓弥に問いかける。


「あのう。お邪魔してなんですが…日野さんは、奥さんとかお子さんは?帰りは大丈夫でしょうか?」

「あー、……今、実家帰ってんだ。だからあんまり気にしなくて平気だよ」

「そうなんですね」

「ふーん。一人暮らしだったらこんなに良い部屋だと、持て余すな。昔はあんなに散らかしっぱなしだったのにさ」


 蓮がそう呟くと拓弥は苦笑いしながらウィスキーロックを作り始める。

 慣れた手つきで角氷を長いバースプーンでクルクルとウィスキーに馴染ませるその様はバーテンダーのよう。


 今、蓮は自分の家を持たず、ネットカフェやレンタルルームを転々とする他は、白田の家のソファで寝かせてもらうような生活。

 いつかはこんなタワマン生活や豪邸に住むと憧れたものだったが、ふと自身を取り巻く現状に意識が引き戻された蓮は、すっかり成功した拓弥に少し意地悪な言葉をぶつけてみる。


「…連れ込み放題じゃん。しばらく見ない間にチャラくなっちゃって」

「蓮ー?お前俺をなんだと思ってるんだー?」

「だってこんな部屋……そうとしか思えねえだろ。モテようと思わなかったらこんな部屋にはしないね」


 間接照明はムーディーで、流れる音楽もヒーリング効果があるようにゆったりとしている。

 部屋中には良い香りが漂い、ここで愛の告白でもされたら女性は高確率で狼の餌食となる事だろう。


 拓弥は作ったウィスキーをそのまま蓮に渡してニヤリと笑う。


「なるほどな。お前、酒が入るとそうなるのか。ようし飲め。どんどん行こう蓮、ストックはいくらでもあるぞ」

「ほー。やっぱいつでもオトせるようにこんな酒やらあんな酒やら用意してたんだろ?」

「おっと余計な口叩く暇あったら飲もうな?これくらいの酒は嗜めるようにならんと大人とは言えんぞー?俺に先越されちゃっていいの~?」

「越されたんじゃねえ。譲ったんだよ。これくらい余裕だっての」


 グラスのウィスキーを一息に飲み干して、思わず喉からせり上がりそうになる強いアルコールに顔をしかめそうになるが、奥歯をグッと噛み締めて平然を装い、蓮は拓弥に目を向けた。


「な?これくらいヘッチャラなんだよ」

「おお流石だなあ。さあさあもう一杯。夜は長いですよお~先輩~」

「うむ、苦しゅうない」


 拓弥が作った酒をそのまま飲んでいく蓮はみるみるうちに出来上がっていく。

 シャンパン・ワイン・ウィスキー・テキーラなどを開けて酒が進んでいくと、拓弥はワインセラー・ショーケース・冷蔵庫からお気に入りを追加するだけでなく、何のためらいもなく次々にデリバリーサービスを注文する。

 インターホンの音が『リンゴーン』と重厚に響く音に、瞬く間に完全に酒酔い状態となった蓮は「拓弥はオーケストラ雇ってんのかよ」と笑い転げた。


 そこそこ強い酒を飲ませたつもりだったが蓮が多少耐え続けているだけでなく、思いのほか笑い上戸であることに驚く。

 作った傍から蓮に渡しつつも、拓弥は自分の分も作り、落ち着いたペースでグラスを傾けていた。


「なあ覚えてるか?あの頃、九時になるとみんなで集まって戦隊モノ見てたよな」


 拓弥が唐揚げをつまみながら蓮に懐かしそうに問いかけ、笑う。

 蓮は手をパンと叩いて大袈裟に拓弥に指を差した。


「ああ!ネイチャーレンジャーだっけな!拓弥はいっっつも赤がいいって譲らなかったよなあ~」

「蓮は銀だったよな。ムーンシルバー。冷静な大人キャラだって言ってさ」

「拓弥はあの…あれ、サニーレッドだ!サニーレッドばっか応援しててさ、ムーンシルバーアンチじゃなかったか??」

「アンチって言うか…、サニーレッドはいかにもな主人公だったじゃんよ。そりゃ大抵の子供は憧れるに決まってるだろ。…何で蓮はブルーでもグリーンでもイエローでもピンクでもなく、シルバーな訳?たまにしか出てこなかっただろ」

「たまにしか出てこないから良いんだろ!レギュラー五人が苦戦してる所を、ズバッと現れたムーンシルバーがサラーッと解決するのがカッコイイんじゃねえか!そして何も言わずに去っていく…本当の正義の味方ってのは功績をひけらかさないんだよ」

「くくく……ったく、昔と全然変わんねえじゃねえかよ蓮!」

「拓弥も変わんねえよな!あははは!」


 二人は顔を見合わせて吹き出した。

 白田は隣で穏やかに笑い、グラスを両手で包み込むように持ちながら、そのやり取りを静かに聞いていた。


「俺ら、ネイチャーレンジャーの真似してよく戦ってたよな。棒切れ振り回してさ。先生に怒られたっけ」

「拓弥が木登りして“よく来たなネイチャーレンジャー、人質の命が惜しかったらここまで来おい!”って叫んで、みんなで駆け上がったよな」

「あったな~、そうそう。あの大きな木なぁ……」


 一瞬、言葉が途切れる。二人の脳裏には、もう失われた若葉愛育園の風景が鮮やかに蘇っていた。

 庭の土の匂い。夕暮れの光。子供だった自分たちの笑い声。

 園舎の屋根より高いあの大木は消え、あの大木よりも高いビルが跡地に建ってしまった。

 戻ってこない子供時代を思い出し、二人の空気はしんみりとしたものが漂う。


「楽しかったなあ、あの頃は」


 拓弥は少し真面目な口調になり、酒を一口あおった。


「蓮は最近、連絡とったりしてんの?」

「……いや。俺は連絡先全部無くなってさあ。拓弥はどうよ?最近。誰かと遊んだりしてんのー?」

「俺もだなあ。この年になると、どっかに誘うってのも…こっ恥ずかしいだろ」


 拓弥は曖昧に笑ってグラスを回す。


「みんなの連絡先、控えときゃ良かったなって思うんだよ」

「…ああ」

「いつまでもそこあるって心のどっかで甘えてたんだろうな。それが急に無くなるなんて」

「…」


 若葉愛育園で共に育った幼馴染や兄弟たちへ思いを馳せながら、スクリーンに映る子供たちの映像を何の気なしに眺めていたその時、拓弥がふと蓮の顔をまじまじと見つめた。


「なあ蓮……よく見たらさ」

「ん?」

「お前……全然老けてなくないか?」

「……え?そうか?」

「いや、マジで。俺なんかもう目尻にシワ出てきたのに、お前だけ二十代そこそこのまんまって感じだぞ。…整形?それとも特別な化粧品でも使ってんの?」


 冗談めかした口調だったが、その眼差しは真剣だった。

 白田も思わずこちらを振り返り、グラスを置いた手を膝に下ろす。


 蓮は少しの間、答えをためらうように視線を夜景へと向ける。

 摩天楼の光が仮面のない彼の横顔を照らしていた。


(――言うべきか。隠すべきか)


 酔いから引き戻されるのを感じた胸の奥でそんな声が反響する。

 だが、五年の時を経て地球に帰還し、十歳も年上となってしまった幼馴染にだけは、偽るべきではないと感じていた。


 やがて蓮は、ゆっくりと口を開いた。


「拓弥……実は俺――異世界にいたんだ。あっちで五年を過ごしている間にこっちでは十五年が経っていて、そして今は……銀の仮面をやってる」


 その言葉は、夜景のきらめきの中に吸い込まれるように、静かに放たれた。







 二〇一〇年に異世界へ召喚され、向こうで過ごした五年間の死闘。

 勇者パーティーを組んで、仲間の死傷を乗り越えて魔王を倒し、地球に戻って来たのは二〇二五年七月。

 異世界と地球での時間の進みには違いがあり、蓮が過ごした時間よりも早い時間が地球上では流れていた事。

 異世界から戻って来た際、蓮は地球上でもそのまま魔法が使え、アイテムボックスに入れていた異世界からの土産が取り出せる事。

 この十五年で日本が売国政権に乗っ取られ、外国人に侵食されている現状を憂い、銀の仮面として蓮が天誅をすることで世直しをしようとしている事。


 蓮から告げられる怒涛の出来事の連続に、拓弥はアルコールが猛烈な勢いで分解され、醒めていくような感覚がした。

 やや薄まったロックウィスキーを一口含んだ拓弥は、テーブルにグラスを置いて腕を組みながら言った。


「――なるほどな。蓮が言いたいことは大体分かった」

「信じて、くれるのか?」

「信じるっつーか、とりあえず理解した。実際に見てねーし何とも言えねえけどよ。蓮はそんな下らねえ嘘つく人間じゃねえってのは分かる。大人になっても、酒に酔っても、どうでもいい嘘つくような奴じゃねえだろ?」

「拓弥…!」

「ちょ…酒くせえぞ、蓮。もうちょい離れろ」


 拓弥の背中から抱き着こうとした蓮を振りほどき、ソファに座らせる。

 蓮は右手にグラスを持ったままフラフラとソファに座り、愛情表現を拒まれた拓弥に不服そうな目を向ける。


「こんなこと、そうそう人には言えないのにさあ…初めて人に打ち明けたのにさあ」

「え。私は?初めて打ち明けたって、私に教えてくれたことはノーカウントですか蓮くうん!」


 白田が自分の顔を指差しながら立ち上がり、蓮に詰め寄る。

 拓弥は二人の痴話喧嘩が始まりそうなその光景をニヤニヤと見守り始める。


「違う、違うって!他の人には言ったことないって意味だよ、白田さんは別だって!」

「でも今初めてってー!私は初めてじゃないみたいなー!」

「白田さんは運命共同体だから…白田さん以外にこんなこと言える訳ないじゃない普通…」

「う……!?」


 "運命共同体"と言われた白田は、ボンと音を立てたかのように顔を赤くした。

 酒によるものなのかは不明だが、それまでの勢いは一気に沈静化し、ソファにちょこんと座り込んだ。


「お?なんだなんだ~?」と両者を見比べるも、それ以上の展開へ繋がらないと悟った拓弥は気を取り直すように自分もソファに腰掛ける。


「――疑うつもりはねえけど、異世界から持って帰って来た実物とかなんかない訳?勇者だったら聖剣とか持ってたりしない?」

「聖剣……、あ。あるよ」

「あんの!?」


 赤ら顔の蓮はアイテムボックスから聖剣を取り出す。

 鞘付きだったが、つい癖で腰から居合抜きのように取り出し、白田と拓弥は仰け反って避ける。


「キャッ!」

「あぶね!!!オイ、気ィつけろよ!」

「あ……。ごめんごめん」


 トロンとした目でにへらと笑った蓮は鞘付きの聖剣を、右手を柄、左手を刃に持ち直した。


「抜いていいよ」

「抜っ……え?」

「ほら」

「いや、ほらったって…」

「じゃあ――」

「キャー!」

「あああ待て待て待て、だったら俺が抜く!」


 酩酊状態の危なげな蓮が抜こうとするのを止め、拓弥が恐る恐るその聖剣を預り、鞘から抜く。


 ズシリと重量感のある剣は、言わずもがな真剣。振ればたちまち斬れる鋭い切れ味だろう事が一目で見て取れる。

 剣身をゆっくりゆっくり鞘から抜き放つと、持っているだけで震えてきそうなほどの凄味と迫力がある。

 少しでも扱いを間違えれば大怪我待ったなしのその聖剣は、柄には宝石や貴金属が多く使われており、両刃の肉厚な剣身は曇りのない鏡のように銀色に光る。

 鍔には細かい彫刻や象嵌が施され、これを実際に敵に向かって振る事を考えてみたが、想像が全然追いつかない。

 まさにこの聖剣は戦う芸術品。これ一本で城が買えそうだ。


「すっげぇな……これ……」


 持っているだけで冷や汗が出そうな聖剣を直ぐに鞘に納め、テーブルではなく柔らかいソファに置いた。

 聖剣をソファに置くのが先か蓮が取り出すのが先か、アイテムボックスから次なるお土産をニコニコ笑顔で取り出した。


「―――ッッッ!?!?」


 拓弥の全身に途轍もない重みが覆いかぶさった。

 思わず床に倒れ込むとガガガチャアンと金属音が響いた。


 仰向けに寝転ばされた拓弥がいつの間にか()()()()()()()のはゴールドアーマー。

 異世界に召喚されてから四カ月。魔王城に向けての出陣式に際して、蓮のために用意された騎士鎧だった。

 この全身鎧は堅牢だが騎乗前提の設計のためかなり鈍重で可動域が狭い。長時間の歩行及び格闘は想定されておらず、馬に跨っての戦闘を行わない蓮にとっては無用の長物に他ならなかった。

 徒歩または飛行しながら右手に聖剣・左手で魔法攻撃を行う蓮の戦闘スタイルに合わないこの騎士鎧は、出陣式直後、王都郊外で脱いで以降、久しく日の目を浴びていなかった。


 殺虫剤を浴びせられた虫のように、仰向けで手足をバタバタと動かす事しか出来ない拓弥。蓮は大笑いした。


「どう?信じる?信じるか拓弥?」

「信じる、信じるからどかしてくれ!」

「ははは、良いでしょう!」


 騎士鎧が消え、アイテムボックスに収納されると、拓弥はふう…と細長い息を一つ吐いた。


 拓弥は、蓮が聖剣や鎧を出しているというのに割と平然としている白田が少し気になった。

 ちびちびと酒を嗜む白田に拓弥は声をかける。


「つかさちゃんは、蓮の事どこまで知ってるの?」

「どこまで?どこまでって――」

「おおい拓弥、馴れ馴れしいぞ。つかさちゃんってさあ」

「うっせ。…武器見てもそんな驚いてなかったけど、どうなの?」

「ええと…蓮くんが異世界で魔王と戦って日本に戻ってくるまでの話はだいたい聞きました。"今の活動"も一緒にしているので、大筋は分かってるつもりです」

「へえ。そこまで話してるんだ」


 拓弥は意外といった風に目を見開きながら白田の話に耳を傾けた。

 白田はソファに置かれたままの聖剣がちらりと目に入ると、思い出したように手を叩く。


「でも、聖剣は今日初めて見ました!普段蓮くんは剣を使わないので」

「確かに。俺も映像見た事あるけど、魔法メインだよな?蓮」

「ん?……ああー。まああの、あれだよ。日本だと剣振り回せないんだよ」

「どうして?」

「いやー、銃刀法とかあるし」

「そんなん気にしてる場合かよ」

「そういうことだったの、蓮くん?」

「いやいやなんか。なんか気になるんだよ。正直、剣を抜くよりも魔法撃った方が早いし、人に向かって剣は振りたくないんだよ。魔物ならともかくさ」


 蓮はソファに置きっぱなしになっていた聖剣をアイテムボックスに戻しながら言った。


 それに対し、はあ…。と気の抜けたような相槌が広がる。

「剣でバッサバッサ斬るのってカッコイイ!」と子供の頃言っていた蓮の価値観の変化に、拓弥は口を結んだ。


 電波ジャックや天誅映像アーカイブにて、蓮が魔法で悪人を成敗しているのは拓弥も充分知っている。

 その佇まいやあり方はどうにも幼い頃の記憶とリンクする部分がある。

 蓮が銀の仮面と名乗り活動する根源的な理由も、その辺りにあるのではないかと確信めいた予感が拓弥の胸にはあった。


 動いて酔いも少し和らいだ拓弥は、二人の出会いについて問う。


「蓮とつかさちゃんって何がきっかけで知り合ったんだ?」

「ええっと……?」

「蓮くんと初めて会ったのは、貴金属買い取り店に蓮くんがコインを持ち込んだのが最初でしたね。それまでに一度、謎のコインが店頭に並んでいたことがあったんですがタイミングを逃して買えなかったんですよ。一度も見たことがないコインだったので凄く気になって。で、しばらくお店に通っていた時にちょうど蓮くんが持ち込みに来たので、帰りに声をかけたのが最初でした」

「ああ、そうそう。そうだったそうだった」

「謎のコイン?」

「はい。蓮くんが異世界から持ち帰ってきた金貨ですよね?たしか」

「うん、そう。あのー、現金がなくてさあ。帰って来てばかりだったから売りに行ったんだよ」


 蓮はアイテムボックスから一升瓶を出すような勢いで大きな金貨袋を取り出した。

 片手で中から掬い上げた金貨の山は白田と拓弥を驚かせた。


「これこれ!そう、これです」

「え?これ売りに行ったのか?すげえなお前」

「そう?へへへ」

「ちょっと見して」


 一枚、恐る恐る借りて見てみるとそのデザインは精緻だが見た事のないデザイン。

 モチーフは風格のある髭の老齢男性。描かれている文字は今まで見た事のない体系で、強いて言えば梵字やアラビア文字に近いかもしれない。裏面には植物の葉のようなデザインが中心となっているが、やはりそのコインは謎に包まれている。


「もらっていい?」

「えっ?」


 軽口を叩いた拓弥だったが。


「おお、良いよお」

「良いのかよ!」

「良いんですか?」

「うん」


 頓着することなく金貨をあげようとする。

 本気で欲しがっていたわけではなかった拓弥は、金貨を袋の中に戻す。


「…冗談だよ。返すよ」

「ええ…良いのに~?」


 蓮に返すと、その金貨袋はすんなりとアイテムボックスに戻された。


「出会いは分かったけど、そこからどんな経緯があってこうなったんだ?協力関係ってさ」

「ああ、それはね――」

「それはですね――」


 白田と蓮は、宝誠堂での出会い、カフェでの会話、桐山天誅に活かされた白田手製資料の存在、路地裏での婦女暴行犯との揉みあい、胸を撃たれ大量失血死間もなくの白田を魔法で治療した蓮への感謝と恩義、かねてから白田が抱いていた日本への不満や閉塞感、銀の仮面を支えたいという純粋な気持ち。それらを滔々と語った。


「あの時蓮くんが来てくれなかったら私はもうただでは済まなかったんです。蓮くんは命の恩人なんですよ。颯爽と現れて相手を一瞬で無力化した時の蓮くん、かっこよかったなあ…」


 白田の語り口には熱がこもっており、蓮は赤い顔のままその熱烈な賞賛にだらしない笑顔を晒している。

 拓弥は蓮の肩を叩く。


「なあ、蓮の魔法ってどこまで行けんの?腕とか足とか切れても治ったりすんの?」

「ああ――、大丈夫だよ」

「え?行けんのかよ。じゃあ上半身と下半身が真っ二つになったら?」

「ん~それも大丈夫かな。即死じゃなければ大丈夫~」

「じゃあ首切っても数秒なら助かる訳?」

「それは~……厳しいけど…可能っちゃ可能だね~」

「マジか…」


 蓮の回復魔法のチートぶりに拓弥は絶句した。

 一方、白田は一人で自分の世界に浸りながら思い出をつらつらと語り続けている。


「出血で途中で意識失っちゃったのはもったいないなぁって思うんですけど、目覚めた時には蓮くんが掻い抱いてくれていて。最後は魔法で鮮やかに男を一撃必殺ですよ。女性だったら、こんなことされたらもう絶対好―――、」

「…え?」


 思わず無警戒に口を突いて出そうになった言葉が何なのかを自覚した白田は目を点にして固まった。

 ちらりと見た拓弥とパチリと目が合った白田は、数秒の沈黙の後、わざとらしく咳払いした。


「んんっ!んんっ!!……す…、ごく命を救われましたから、命がけで感謝を伝えたいなと。思いまして。はい」

「…ふーん…?」


 拓弥が舌を頬の内側に転がしながらニヤニヤと笑うのを見て、白田はビジネススマイルで拓弥の目線に応戦する。

 蓮は話を途切れ途切れにしか聞いていないようで周囲への反応が鈍い。酒とつまみを口に入れると、おもむろに腰を上げた。


「ふあ~あ、拓弥あ、トイレってどこ?」

「ああ、出て突き当たりを左な」

「おう、ありがと」


 フラフラとした足で、蓮は席を外した。


 拓弥はニヤニヤとした目で白田を見つめるが、白田は「それにしても、素敵なお部屋ですねぇ」と、今更過ぎる世間話を始めようとする。

 当然続くはずも応じるはずもないその話はぴたりと止まり、ヨーロッパの港湾都市の映像とクラシック音楽が静寂に流れる。


 始めはからかうような笑みを浮かべていた拓弥だったが、次第にその笑みは懐かしく眩しい少年時代を思い出すかのような遠い笑みに変わる。

 拓弥のグラスと蓮のグラスが隣り合ってテーブルの上に並び、小一の頃から過ごしてきた幼馴染が、今では互いに大人になって酒を酌み交わすようになったことへの感傷が胸に広がった。


「なあつかさちゃん」

「はい?」


 隙を見せないよう努めるビジネススマイルで振り返った白田に拓弥は続ける。


「あいつは…結構寂しがり屋なんだ」

「……?」

「知ってるとは思うけど、俺もあいつも、同じ児童養護施設育ちでさ。普通の暮らしに飢えてる」


 白田の表情がすっと正される。


「まあ、そうだな。なんつーか、当たり前に家族で過ごすようなことを経験してない訳だ。両親とファミレスに行ってお子様ランチ頼んだり、キャッチボールしたり、運動会・学芸会に両親が来てくれて、お弁当を一緒に食べて、で、入学式・卒業式とかのイベントで家族写真を撮って毎年一緒に家族の思い出を作るみたいな、みんなが大体通ってきたような道を、俺たちは通れずに育ってきた。トモ兄とかアヤ姉とか親しみを込めて呼ぶ先生はいたけど、好きなだけ甘えられる"俺だけの親"がいなかったんだよ。むしろ、"何でも一人で出来るようになりなさい"って自制させられてきてばかりでさ」

「……」

「あいつは最近どう?楽しくやれてる?」


 その問いに、白田は自信をもって頷くことが出来ず、黙り込んだ。

 快適な空間を用意出来ているとは思っても、それを蓮が本当に喜ぶようなものに出来ているかは、白田は断言できない。


「俺がそうだから多分蓮もだと思うんだけど、誰かに認められたいんだよな。愛されたい。頼られたい。どんなに平気そうに装ってても、心の中ではずっと孤独に苦しんでる。俺たちは親に捨てられたから」


 拓弥がグラスを傾け、照明と夜景が反射する。

 自分たちよりも年上の男が放つそのムードは色気にも見えて、物悲しさにも見える。


「必要とされたかったんだよな」


 拓弥がつぶやいたその一言は、子供の頃の自分に言った言葉でもあり、今の自分が絞り出した本心からの言葉でもあるように聞こえた。


 白田は手に持ったままだったグラスをテーブルに置き、ゆっくりと口を開く。


「蓮くんは…、頼もしくて、落ち着いてて、自分の信念を曲げず真っすぐに頑張る。たった一人でも前に進み続けられる――、そんな人だと思ってました。少なくとも私が見てきた蓮くんはそんな人です。弱みもあんまり見せないですし、むしろ私の方が支えられてるような気がします」


 アイスペールの中の氷は大半が融け、外側には結露が浮いている。

 酒に渇いた体の中、その水が一瞬恋しく思えた。


 拓弥はおもむろに冷蔵庫に向かい、冷えた水を三本取り出した。

 白田に一本渡し、拓弥も開ける。

 二口ほど水を飲み、喉から胃へ清涼な冷たさが伝う爽快感を覚えながら、拓弥は呟く。


「――銀の仮面は、あいつの理想だ。本当に苦しい時に助けてくれるヒーローを、あいつ自身が一番求めてた。あいつの本当の中身は、強くも、頼もしくもないし、布団被って思い出し泣きするようなやつなんだ。一人で何でも出来ると思ったら大間違い。頼れる大人がいなかったから、守ってくれる両親がいなかったから、一人で全部出来るようになるしかなかっただけなんだ」


 拓弥の最後の口ぶりは、熱がこもっていた。

 実感が強く帯びているような、蓮だけでなく拓弥自身の実体験に基づいているかのような言い回しだった。


 冷えた水のボトルが手の平を冷やしていくとともに、酒に浮かされていた意識も冷えて落ち着いていく。

 また明日から仕事が控えていることが過った拓弥は白田に拳を差し向けた。


「守ってやってくれ。出来れば、愛してやってほしい」


 そう言って拓弥は純粋な思いで爽やかに笑い。

 白田は、拓弥の拳に遠慮がちに拳を突き合わせた。




 ――その時。



 トイレから戻ってきた音の方を振り向くと、そこには銀の仮面を着けた蓮がマントをたなびかせて立っていた。


「……!?」

「おい拓弥。そこで何をやっている」


 拳を白田と振り合わせていたその瞬間を見られた拓弥は慌てて手を離した。


「おいおいおいおい、待て。何だよその格好は。物騒じゃねえかよ蓮。………い、一旦落ち着けよ、な?」


 テーブルに置いていた冷えた水を渡そうとするが。

 蓮はアイテムボックスから聖剣を抜き放つ。


「白田さんに何かしようとしてなかったか?なあ」

「してないしてない!あのー、ほら!新たな友情を讃えて乾杯してたようなもんだ」

「友情?ほんとに?」

「俺たち別に怪しいことしてないよな、つかさちゃん!」


 仮面は白田の方を向き、白田はコクコクと頷いた。

 白田と拓弥を交互に見比べ、怪しい所はないと悟った蓮は聖剣をアイテムボックスにしまった。


「なら良いけど」


 そう言って銀の仮面を取った蓮は、


「次はないぜ?」


 舌を出しながらイタズラ少年のように笑っていた。


「ビックリさせんなよお前…」

「あはは、ごめんごめん」

「俺の命もここで終わりかと思ったぜ」

「冗談。ごめんて」


 腰が抜けたかのようにソファにへたり込む拓弥のすぐそばに駆け寄るように蓮も座る。

 それに合わせて拓弥から水ボトルを受け取り、一息にペットボトルの四割をゴクゴクと飲み進めた。


「あー、うまい」

「…お前、年上驚かすなんて礼儀なってねえんじゃねえか?」

「もともと年上だったのは俺の方だろ。勝手に拓弥が追い越したんじゃねえか」

「追い越したじゃねえよ。勝手に竜宮城行ってたのはお前だろ」

「助けてねえのに連れ込まれただけだよ」


 仮面を外しただけのマント姿の蓮と、拓弥がやや大げさな口振りで言い争いを始める。


「しばらく見ねえ間に態度でかくなってんじゃねえか拓弥。先輩としての威厳もう一度叩きこんでやろうか?」

「しばらくいなかったくせして先輩とは何寝言言ってやがんだ?ブランク抱えても現役のつもりか若造がコラ」

「なんだと」

「なんだとコラ」

「あんだコラ」

「あんだコラやるか?」

「おおやるか?」

「決闘か?決闘するか?」

「決闘、いいぜ。やってやろうじゃねえかよ」

「俺に勝てると思ってんのか?先に三百勝したのは俺の方だぞ?分かってんのか?」

「いつまでも過去の栄光に縋ってんじゃねえよ。今の俺は一味違うぜ」

「ほう?まだおこちゃまの蓮クンはどんな風に一味変わったのカナ?」

「うっせえオッサン、異世界あっちで一皮むけてきたから良い腕試しになりそうだわ」


 拓弥が立ち上がると同時に蓮も立ち上がる。

 ぐいと顔を寄せ合って目尻と口角を吊り上げて二人は笑った。


「ようし、ゲームで勝負しようや」

「望むところだ!何のゲームだよ!」

「こっちこいやオラ!」

「行ってやるぞオラ!」


 ドスドスと足音を立てながら拓弥と蓮は奥の趣味部屋へと向かった。

 やがてゲーム機とソフトを持って戻ってきた二人はああでもないこうでもないと言い合いながらプロジェクターに接続し、それまで流れていたゆったりとしたヨーロッパの風景は、たちまちポップな色味のコロシアムへと変わる。


 せっかくの広い部屋であるというのに、二人は椅子ではなくカーペットにそのまま胡坐で座り、お互いがすぐ手が届きそうな距離のままゲーム画面に向かう。


 拓弥は家主の特権を活かしてすんなりと一プレイヤーコントローラーを先取。慣れた手つきでキャラ選択画面へ遷移する。


「ほら好きなキャラ選べよ」

「ほーん、その余裕、へし折ってやんよ」

「九点先取でいいな?」

「おう。コールド勝ちしてやろうじゃんか」

「出~来~る~か~な~?」

「クッソムカつく」

「三二九勝二八七敗から、どこまで詰められるかな~?」

「大数の法則…確率は必ず収束する…、お前の栄華もここまでだ拓弥。盛者必衰…驕れる人も久しからずだァ!開始ィ!!」

「壇ノ浦に沈めオラァ!!」


 ワイワイと賑わう二人の背を、ソファから白田は微笑ましく見守り、そのまま夜は更けていった。

毎週月曜・水曜・金曜20時投稿予定です(祝日は15時投稿予定)。

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― 新着の感想 ―
これ、この人裏切ったりしないですよね(不安)
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