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45話 黒の常識

「続いてのニュースです」


 昼下がりのワイドショー。そのスタジオに、沈痛を装ったアナウンサーの声が響いた。空調の効いた空間に、張り詰めたような静けさが漂う。


 背後の大型モニターには、南の国を思わせる赤茶けた大地。黄色いテープで封鎖された現場の航空写真が映し出されている。乾いた風が吹き抜けるような無機質な映像は、まるで深刻さを演出するためだけに存在していた。


『独立行政法人・国際親善機構(JIKA)の理事長・芦原仁氏と、武蔵坂市の猿丘勇人市長が、現地時間昨日未明、アフリカ西部で死亡しているのが確認されました』


 その瞬間、画面右下に【速報】の赤文字が踊る。視聴者の目を引くように、強調された字幕が画面下部に並ぶ。


【旅行先で襲撃か】【現地治安の悪化が背景か】【国際親善活動中の悲劇】


 アナウンサーは原稿をなぞるように、淡々と読み上げる。声に抑揚はなく、感情の起伏もない。スタジオにいるコメンテーターたちは、悲しげな表情を作り、わざとらしく首を振った。


「本当に残念なニュースです。日本とアフリカの架け橋を築こうと尽力されていたお二人が……」

「とても悲しい知らせですね。惜しい人材をまた失ってしまいました……」


 声色はあくまで穏やか。だがその裏には、一片の感情も宿してはいなかった。まるで台本通りに進行する舞台劇のように、すべてが整然と演出されていた。


 テレビが映しているのは、慎重に編集された“安全な情報”だけだった。ぼかしの入ったイメージ映像、均整の取れた文章、落ち着いたトーン。それは、二人の死を「不幸な事故」として処理するための完璧な演出であり、国民の眼を真実から逸らすための幕であった。


 しかし――人々は、すでに知っていた。


 二人が休日の善意の旅行者ではなく、強盗の偶発的犠牲者でもないことを。銀の仮面の公式サイトに、その一部始終が克明に記録されていたからだ。


 現地スラムでの凄惨な最期。暴力と欲望に塗れた、目を背けたくなる光景。パソコンやスマートフォンの前で、何百万、いや何千万という視線が、その映像に釘付けになった。


 アフリカの赤土に転がる、白く変わり果てた二つの肉体。原始的な刃物が閃き、火薬の破裂音が夜を裂き、群衆の歓声と血の匂いが画面越しにも伝わってくる。見る者の胸に去来した感情は、恐怖でも憐憫でもなかった。


 ――そりゃ、こうなるだろうな。

 ――自業自得、因果応報だ。


 映像の下には、こう注意書きが流れていた。


【※この映像はアフリカ現地でのありのままの現実を記録したものです。視聴は自己責任でお願いします】


 それでも、人々は見た。そして、確信した。


 ――テレビは、何も言わない。

 ――いや、言えないのだ。国民に都合の悪い現実を。


 《やっぱり隠したか、オールドメディア》

 《現地の民度、ちゃんと報道しろよw》

 《テレビの言う“強盗”って、あれのこと?笑わせんなw》

 《国民に都合の悪い真実は全部カット。それで国際親善だと?冗談も大概にしろ》


 SNSのタイムラインには、次々とコメントが流れ込んでいく。その中には、こんな書き込みもあった。


 《でも……やっぱり日本にこういう連中を入れちゃダメだわ》

 《銀の仮面、よくやった》

 《これで終わりじゃねーよな?まだ腐ってる奴らいるだろ》


 オールドメディアが作る沈黙と、ネットでうねる奔流。その対比は、あまりにも鮮やかに際立っていた。




 国会議事堂の正面玄関。連日の記者会見で、カメラの閃光が立て続けに走る。記者団のフラッシュの嵐が、昼の空を白く塗り潰す。


 スーツ姿の官房長官が深刻そうな表情を作り、マイクの前に立った。


「……国民の皆様にご心配をおかけしております。JIKAの理事長・芦原仁氏および、武蔵坂市長・猿丘勇人氏が国外で死亡した件につきましては、現在、外務省を通じて詳細を確認中であります」


 その声は震えてはいない。しかし覇気もなく、ただ責任を回避するかのように平板だった。


 記者からの質問が飛ぶ。


「JIKAが独断で進めた“カントリーシティ構想”はどうなるのか」

「今回の事件は、その構想の危険性を示したのではないか」


 官房長官は一瞬だけ目を泳がせ、原稿へ視線を落とした。


「……国民の安全を最優先に、すべての計画を一旦白紙に戻す方針です」


 その瞬間、会場がざわめいた。マイクが拾った小さなざわめきは、まるで巨大な壁に亀裂が走る音のようだった。




 JIKA本部の前。かつては威容を誇ったガラス張りのビルは、いまや黒山の人だかりに囲まれていた。


 掲げられる抗議のプラカード、飛び交う怒声、拡声器の叫び。


「JIKA解体しろ!」

「国を売るな!」

「税金を返せ!」


 だがビルの窓は固く閉ざされ、中に人影はない。幹部たちは雲隠れし、芦原亡き後のJIKAは、形ばかりの空っぽの殻と化していた。


 テレビは「組織の再編」と言葉を選んで報じたが、ネットはもっと正直だった。


 《JIKA終了w》

 《利権団体の末路ww》

 《銀仮面に潰された》


 それらの文字列が、SNSのトレンドを埋め尽くした。




 さらに変わったのは空港だ。


 国際線到着ロビー。かつては観光客の笑顔とスーツケースの音で賑わっていたその場所に、今は制服姿の入管職員が無言で並び、空気を張り詰めさせていた。


「ビザは?」

「滞在許可証を」


 冷たい声が響き、条件を満たさぬ者は即座に別室へと誘導される。かつては形式的だった水際対策が、突如として牙を剥いたのだ。


 強制送還を待つ外国人の列は、刻一刻と伸び続ける。SNSに流れる動画には、泣き叫ぶ者、怒鳴る者、静かに肩を落とす者。その表情は、言葉以上に事態の深刻さを物語っていた。


 添えられた字幕は、こう告げる。


 《日本が急に厳しくなった》《銀の仮面に殺される前に帰国する》


 自主的に出国する不法滞在者も次々と現れた。「帰る」という言葉は、まるで感染症のように広がり、人から人へ、都市から都市へと連鎖した。


 ――日本に来ればカネもメシもある。

 それを胸に、難民のふりをして偽りの不安を張り付けてやって来た不法移民は、ここでようやく本心からの不安と恐怖をその顔に滲ませる。

 空港は、静かなパニックの中心地となった。




 武蔵坂の商店街。ひらがな看板に貼られていた現地語のステッカーが、次々と剥がされていく。代わりに戻ってきたのは、見慣れた日本語の表記だった。


 スーパーの棚には、再び馴染みのある調味料が並び、主婦たちは安堵の笑みを浮かべる。夜の川沿いには、久しぶりに老人の散歩姿が戻り、塾帰りの子供を迎える母親の顔にも、ほんの少しだけ明るさが差し戻る。


 だが、これまで虐げられ続けてきた人々は、この事態を冷静に見つめていた。

 これは「元に戻った」のではない。

「一時的に波が引いただけ」なのだ。


 彼らは銀の仮面への感謝を胸にしつつ、政府や日本国への失墜した信頼と、内閣への不信感を捨てることなく、これが完全解決ではなく束の間の安息であると予防線を引いて、久しぶりの平和な街並みを歩き始めた。






【スレタイ】

【考察】銀の仮面の正体と天誅対象予想スレ★7【アジア進出】



【611:無名の日本人】

 芦原と猿丘がアフリカで殺されたってニュース見た?


【614:無名の日本人】

 テレビは「旅行中に襲撃」って言ってたけど、銀の仮面サイトの映像見たら草も生えんw


【615:無名の日本人】

 あんなの因果応報以外の何物でもないわ


【617:無名の日本人】

 つーかオールドメディア、やっぱ隠したな

 ナレーションベースで現地民の残虐シーン完全カット


【619:無名の日本人】

 公式は自己責任注意ついてたけど、俺は全部見た

 やべえ国から人呼ぶとかマジで正気じゃない


【621:無名の日本人】

「強盗目的かもしれません」←報道のテンプレwww


【624:無名の日本人】

 テレビ見てる親が「かわいそうに」って言ってて複雑だった

 裏の事情知ったら絶対そんなこと言えねーよな


【626:無名の日本人】

【速報】カントリーシティ白紙化キタ━━━━(゜∀゜)━━━━!!


【628:無名の日本人】

 >>626

 白紙とは思い切ったな

 どうせゴニョゴニョするかと思ってたが


【630:無名の日本人】

 >>626

 ってことは芦原のワンマンだったって事かにゃ?


【631:無名の日本人】

 >>626

 あのままだったらヤバかった

 銀の仮面GJ


【636:無名の日本人】

 入管も急に厳しくなったな

 不法滞在者、どんどん送り返されてる


【637:無名の日本人】

 近所にいた外人一家、昨日いきなりいなくなってたわ

 自分で帰ったっぽい


【639:無名の日本人】

「銀の仮面に殺される前に帰国する」って噂マジなんだなw


【641:無名の日本人】

 いいことだ

 治安が壊れる前に出ていけ


【643:無名の日本人】

 やっと日本が日本に戻る感じがするわ

 いっそ鎖国しようぜ


【645:無名の日本人】

 待て

 まだ油断できんぞ

 利権に群がる連中は山ほど残ってる


【647:無名の日本人】

 銀の仮面、次はどこ狙うかな?

 対象が民間人まで広がってるから絞りにくいな


【649:無名の日本人】

 当てた奴いたよな?次のターゲットは芦原って


【653:無名の日本人】

 はい、私です(ドヤァ)


【655:無名の日本人】

 >>653

 ドンピシャ過ぎて鳥肌立ったわ


【657:無名の日本人】

 >>653

 予言者すぎて草


【659:無名の日本人】

 JIKAは完全に詰んだな

 天下り団体の成れの果てw


【660:無名の日本人】

 これで終わりってことはないだろ

 銀の仮面はまだ動くはず

 まだ日本腐ってるし


【662:無名の日本人】

 メディア関係も怪しい

 テレビ局のスポンサーとか黒すぎる


【663:無名の日本人】

 厚労省の某課長もやばい話出てるな


【664:無名の日本人】

 電力関係の利権団体もクサイんだよなあ


【665:無名の日本人】

 予想リスト作ろうぜw


【668:無名の日本人】

 次の天誅候補

 ・大手広告代理店の役員

 ・某テレビ局の上層部

 ・移民利権に群がってる政治家

 ・某グループ企業の社長


【669:無名の日本人】

 銀の仮面が動けばすぐわかるよ

 死因濁したニュースは大抵そうだって決まってんだからww


【671:無名の日本人】

 しかしオールドメディアは本当に終わってるな

 完全に国民なめてる


【673:無名の日本人】

 逆にネットがなかったら、今も「不幸な事故」で終わらされてたよな


【674:無名の日本人】

 銀の仮面がいるからこそ、国民の声が届く

 マジで救世主


【676:無名の日本人】

 笑えないくらい効いてるんだよなあ

 警察より仕事してるぞ

 立法・天誅・行政で良いんじゃね?


【678:無名の日本人】

 カントリーシティ反対デモの人たち、どれだけ救われたことか

 ちゃんと声は届いたぞ

 市役所とJIKAじゃなくて銀の仮面に


【681:無名の日本人】

 >>678

 一番届いたら大痛手な所に届いちゃったな…


【683:無名の日本人】

「市民の安全を最優先に」って官房長官が言ってたけど

 それ銀の仮面がやってることじゃんw


【685:無名の日本人】

 国が動かないから仮面が動いてるだけ


【687:無名の日本人】

 逆に恥ずかしいよな、日本の政治家


【689:無名の日本人】

 政治家は恥なんて感覚持ってねーよ


【690:無名の日本人】

 まあなw利権と保身だけ


【692:無名の日本人】

 銀の仮面って正体誰なんだろな

 官僚でも政治家でもなさそうだし


【693:無名の日本人】

 個人でここまでやれるのすごすぎる


【694:無名の日本人】

 結局結論出てないよな

 軍人経験者or海外傭兵orガチ異能者


【697:無名の日本人】

 ま、正体はどうでもいい

 悪党が裁かれればそれでいい


【699:無名の日本人】

 ほんそれ


【701:無名の日本人】

 さて、次はどこが天誅されるかな

 楽しみすぎるw


【703:無名の日本人】

 次は絶対メディア関係だと思う


【704:無名の日本人】

 いや、政界の大物だろ

 次の国会、荒れるぞ


【705:無名の日本人】

 金融系も怪しいし、利権漁りの巣窟


【707:無名の日本人】

 予想合戦してるけど、順番が前後してもどうせ全員天誅されるんだからww


【709:無名の日本人】

 とにかく日本を取り戻してほしい

 頼むぜ









 東京・中野、白田の自宅。

 外界との接点を断つようにカーテンは固く閉ざされ、室内にはリビングの明かりとパソコンの青白い光が静かに灯っていた。

 壁時計の針が二十一時を指す頃、空気はすっかり冷え込み、沈黙が部屋を支配していた。


 白田がそっとモニターの電源を落とすと、眼鏡の奥の瞳がわずかに揺れた。

 その揺れは、映像の余韻に心が囚われている証のようだった。


「……これは酷いですね、蓮くん」


 机に肘をついたまま、彼女は低く、感情を抑えた声で呟いた。

 ソファに横になったまま沈み込んだ蓮は、私服のまま目を閉じていたが、その言葉に小さく頷いた。


「……アフリカの現実は、日本人の想像のはるか上を行っていた。寝ている間にナイフを喉元に突きつけられたような気分だ」

「生きたまま手足を切断され、回復する身体を玩具のように弄ばれる。最後には臓器のために群がられる……。それが、あの地の日常なんですね」

「……あれを日本に入れたら、どうなるか。考えるまでもない。崩壊ですよ」


 蓮の言葉は、感情を通り越して冷たく、鋭利だった。

 彼の中にあるのは、芦原や猿丘への怒りではなく、融和という名の幻想が日本にとって致命的な脅威であるという確信だった。



 このままだと日本が大変なことになりますよ!…と、伝え聞く注意喚起は、どこか絵空事のように響く。

 声を荒らげて汗を飛ばして真剣に訴えれば訴えるほど、「なにマジになってんの?」と冷笑され、現実感のない言葉として受け流されてしまう。

 SNSや街頭で「武器なき侵略が始まっている」と叫んでも、「そんなはずない」と耳を塞ぐ人々。

 だがその拒絶は、「そんなことは起こってほしくない」という願望の裏返しであることに、彼ら自身は気付いていない。


 日本人は、長い年月の中で信じては裏切られ続けてきた。

 信じることに疲れ果てた人々は、思考を放棄し、自分自身に言い聞かせるように「侵略されるはずがない」と壊れたスピーカーのように繰り返す。

 現実には、すでに侵略は始まっているのに、それに目を向けようとしない。

 なぜなら、辛すぎる現実を直視すれば、心が壊れてしまうから。

 見てしまったら、もう元には戻れない。だから、見ないふりをする。


 日本人は、侵略されたいと思っているわけではない。

 ただ、表立って抵抗すれば命が危うくなり、抗議の声を上げれば差別主義者・排外主義と叩かれる。

 日本の未来を憂い、清き一票をと声を上げる政治家を信じて投票しても、その願いは裏切られ、国会には届かない。公約は守られない。

 信じても叶わず、願っても報われず、声を上げようとしても口を塞がれる。

 閉塞感に支配されたこの国では、努力することさえ非生産的で夢想的と見なされるようになった。

 だから、日本人は諦める方向へと、静かに、しかし確実に流されていく。


 日本人は良くも悪くも空気を読むことに長けている。

 自分一人の心の悲鳴よりも、周囲や社会が順調に回る事を優先してしまいがちだ。

 だがその無言の譲歩が"反対意見ゼロ・満場一致で賛同"と受け取られたために、一部の乱暴な操舵士によって、日本国民全員を乗せた船はバミューダトライアングルへと向かっている。


 渦に落ちる前に。海の藻屑になる前に。

 横暴な舵取りをする操舵士から舵を取り返さなければならない。


 現実から逃げた人々の声がSNSからも追い出されれば。

 日本人はもはや言論の自由さえ奪われてしまう。


 今ならまだ間に合う。

 逆に、今やらなければ、日本は沈む。




 白田は少しだけ息を吐き、眼鏡を外した。


「映像を見た人々はもう気付いています。テレビでは“強盗”とごまかされても、あの血と歓声を知ってしまえば……日本に入れてはいけないと、誰もが思うでしょう」

「俺は現地で見たから痛感したけど、映像を見た人がどこまで自分事として受け入れてくれるか。日本の当たり前は、世界では通用しないと気付いてほしいんですけどね…」


 短い沈黙。

 窓の外では、秋の虫の声が細々と続いていた。



 白田は、ソファから起き上がれない蓮を見る。


 四日連続の大魔法行使から日を空けず芦原・猿丘両名の天誅。

 魔力切れスレスレの状況で活動する蓮の体調がどうにも心配だ。


 白田は立ち上がり、キッチンの棚からミネラルウォーターのボトルを取り出すと、蓮のもとへ歩み寄った。彼の顔色は悪く、額には微かな汗が滲んでいる。魔力の枯渇は、肉体だけでなく精神にも深く影響する。


 白田が差し出したボトルを、蓮はゆっくりと受け取り、無言のまま一口だけ喉を潤した。


「……ありがとう」


 その声はかすれていたが、確かに感謝の色が滲んでいた。


 白田は蓮の隣の椅子に腰を下ろし、しばらく何も言わずに彼の横顔を見つめた。彼の瞳は、遠くを見ているようで、何かを思い出しているようでもある。



 部屋の空気は静まり返っていた。

 モニターの光が消えた後も、青白い余韻が壁に残っているような気がした。

 白田は蓮の顔を覗き込むようにして言った。


「最近、頑張り過ぎじゃないですか。無茶してるように思います」


 声は柔らかかったが、そこには確かな憂いが滲んでいた。


 蓮は目を閉じたまま、少しだけ眉を動かした。


「……ごめん」


 その一言は、まるで息を吐くように、力なくこぼれた。


「バイトするとか言い出して。結局どうなんですか?」


 白田は問いながらも、答えを急かすような口調ではなかった。

 ただ、蓮の無理を止めたいという気持ちが、言葉の端々ににじんでいた。


 蓮は答えず、沈黙の中で視線を床に落とす。

 蓮が思い描くような仕事が見つからない歯がゆさといたたまれなさの中、その沈黙が、彼の手詰まり感を物語っていた。


「もう……しばらく休みましょう?体が資本って言いますし。蓮くんの代わりはいないんですから」


 白田はそっと蓮の手に触れた。冷たい指先に、彼女の体温がじんわりと伝わる。

 蓮はしばらく黙っていたが、やがて小さく頷いた。


「……分かりました。じゃあ、数日休みますね」


 その言葉には、わずかな諦めと、感謝が混じっていた。


「こっそり出動しないでくださいよ?もし必要になったら、ちゃんと連絡してくださいね?」


 白田は微笑みながら、少しだけ眉を寄せた。

 その表情は、蓮の無茶を見抜いている者のものだった。


「……はい」


 目を閉じながら口元だけ小さく笑った。

 蓮の返事は短く、けれど確かに彼女の言葉を受け止めていた。


 窓の外では、秋の風が木々を揺らし、虫の声が遠くで細く鳴いていた。

 その音が、二人の間に流れる静かな時間を、そっと包み込んでいた。

作者多忙のため、しばらくの間ストック期間に入ります。


この話が面白いと思った方は★★★★★を押していただけると幸いです。

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― 新着の感想 ―
一気に読みました。 痛快で非常に楽しめましたが、この悲惨な復讐劇をそう感じてしまう現実の酷さに改めて落胆を覚えます。 何にせよ、ありがとうございました。
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