4話 国を壊し壊れた男・三枝信介
三枝の異常な言動・奇行は、ついに日本国民全員に知れる所となった。
会議中に突然怒鳴り出し、議員秘書やSPにまで「裏切り者め」「貴様、奴の手先か」と罵声を浴びせる。
深夜、官邸の自室に鍵をかけ、机の下で震えながら「来るな……来るな……」と呟く様子を撮影した秘書官の内部リーク映像がネットに出回った。
「天誅が来る」
──その意味を、政界のごく一部の者は薄々察していた。
三週間が経過して八月上旬となっても、未だ雨宮誠一総理大臣の行方は知れない。警視庁特別チームがありとあらゆるルートで消息を追っているが、誰も雨宮の足取りを追えない。
雨宮が当日特別寝室に連れ込んだとみられる女に聴取しても「知らない。気付いたら寝てた。起きたらそこは官邸タワー近くの公園のベンチだった」と要領を得ない証言しか得られなかった。
女が雨宮を殺した線でも捜査したが、女たちが官邸タワーに入る瞬間の防犯カメラ映像はあったが、出てくる瞬間がどこにもなかった。
防犯カメラ映像はどこも修整消去の痕跡がなく、不可解な点しかないが女の言う事は概ね真実のようであり、雨宮の手がかりもまた掴めないままであった。
神隠しともいえるこの状況。
科学が発達した現代日本においてそんな非科学的なオカルティズム、政府の公式発表に載せられるわけがない。
身代金の要求などが一切ない長期間の行方不明状態は、自然に考えて"死"の可能性が高いことを覚悟しなければならないのは、政府関係者たちの間では言葉にせずとも皆予感している。
三枝はしばしば"殺される"、"どこかで俺を見張ってる"、"お前がそうなんだろう"と髪を振り乱して正気を失うシーンを目撃されている。
三枝を付け狙う暗殺者や秘密組織に類する不審者を現認できずとも、雨宮総理が三週間も行方不明になっており、そのナンバーツーである三枝がいよいよ精神に異常をきたしてしまっては、本当に総理は命を落とし、次は外務大臣が狙われているのではないか、と周囲は噂するようになる。
警備はすでに限界を超えていた。
SPの増員は三枝の命令で日夜強化されていたが、それでも彼の焦燥は収まらない。防犯グッズを片っ端から買い漁って家中あちこちに設置。手製の鳴子や罠のようなものも作っていた。
寝室の壁には護符や神棚、意味不明なメモが所狭しと貼られ、床には除霊業者が持ち込んだ線香の灰が散乱している。
何が役に立つかもわからず、命惜しさにとにかく少しでも有用に思えたものは科学的非科学的問わず、片っ端から藁に縋り続ける。
一国の外務大臣が、もはや完全に壊れていた。
このような様子がワイドショーやニュースで取り上げられるたび、始め面白半分だった国民は徐々に「またか」と呆れ、そして一部は「早く辞任しろ」「もうこんな奴終わらせてくれ」と願うようになっていた。
二〇二五年八月五日。
深夜の外務大臣私邸・執務室。
窓の外は風もなく静かだというのに、新月のせいか塗りつぶしたかのように屋外は暗く、三枝は終始落ち着かない。
とっくに寝静まる夜更けだのに眠りにつくことが出来ない三枝は、充血した眼で執務机に向かっていた。
彼の額には汗が滲み、震える手で何度も同じ書類をめくっては投げる。
部下を信用できず、家族を遠ざけ、自分を守ってくれるSPの銃口がいつこちらに向かうかを恐れ始めた三枝は、全ての人間を常に疑っていた。
「……どこにいる。いつ来る……来るなら、早く……!」
呪詛のように呟きながら、何度も突然背後を振り返った。
そこには今まで何度もみた、何もない壁。
幾許かの空間を背にするのに不快がピークを迎えた三枝は、椅子から滑り落ち、壁に背を預けて縮こまる。
その姿は、かつての豪腕外交官の面影を完全に失っていた。
片手には拳銃が握られ、もう片方の手は、せわしなく額の汗をぬぐい、髪をかきむしり、まるで見えない敵を指差すように空を彷徨っている。
「銀の仮面が……雨宮総理を、いや、そんなはずは……死んだとは、断定できない……まだ行方不明なだけだ…っ!何が正義の代行者だ………ふざけるな……!!」
不規則に揺れる血走った瞳。土気色の頬。
机の上と足元には既に飲み干した安定剤の瓶がいくつも転がり、警戒のあまり一睡もせず、既に三日が経過していた。
そして――
ス……
突如、執務室の重厚な木の扉が、普段ならきしむような音を立てるはずだった扉が、音もなくゆっくりと開いた。
SPは配置にいたはずだ。扉は常に施錠していた。侵入者の気配など、直前までなかった。それなのに――確かに、誰かがそこに立っていた。
「――っ!!」
三枝の目が見開かれる。乾いた喉が声を拒む。拳銃を構えようとする手は震え、うまく引き金に指がかからない。
現れたのは、銀の仮面と星鎧の礼装を纏った、長身の男。
まるで死神のごとく静かに、しかし絶対的な存在感とともに、仮面の男が、三枝の前にその姿を現した。
「……貴様……貴様が……銀の……ッ!SP、SP!!誰かッ、誰かああああああっ!!」
三枝が叫ぶ。しかし、扉の外からは何の反応もない。
「結界を張ってある。外には何も聞こえません。ここには我々二人だけで誰も来ない。ここは、今宵、あなたに下される“審判”の場だ」
銀の仮面の奥から響いた声は低く、静かに、だが確実に三枝の心を締めつけた。
三枝は一歩後退し、つい先程まで背中を守ってくれていたはずの窓際の壁に追い詰められる。
「や、やめろ……!わたしは、お、お前らのために……!世界と、日本の平和のために……!お前たち日本人こそ、排外的で、未開で……!」
「黙れ」
仮面の男の声が冷たく空間を貫いた。
「外国で日本人が殺されても何も言わず、この国で外国人が好き勝手に日本人を殺してもまともに抗議もしない外務大臣が、世界平和?あなたはどこの国の人間だ?あなたのような外国に阿って自国民を蔑ろにする人の事を巷ではこういうらしいですよ。"売国奴"と」
三枝は崩れ落ち、喉を鳴らしながら首を振った。
「ち、違う、私は……私は悪くない……っ!仕方なく…そう、仕方なかったんだ………た、助けて……っ、命だけは、命だけは……あああああっ!!」
三枝に向けて手のひらがゆっくりと掲げられ、その指先から淡い紫の光が揺らめく。
「……天誅だ。――――禍封障結」
その言葉と共に、銀の仮面の男が、一歩を踏み出した。
仮面の男の足元に、魔力が静かに広がる。
空気が歪み、紫紺の魔方陣が床に浮かび上がった。
執務室に入る前から貼られていた結界により空間は完全に隔離され、音も気配も外には届かない。
外の警備は何も異常に気づかぬまま、三枝信介の“断罪”だけが、ここで粛々と進められていく。
「く、く、来るなああああ!!!」
三枝は悲鳴を上げて拳銃を乱射する。
だが、発射された弾丸は全て、仮面の男に届く前にふわりと空中で止まり、力なく床へ落ちた。
「馬鹿な……こ、こんな……っ、こんな事があり得るか……っ!」
「普通なら、あり得ないですね。日本を外国に売り飛ばそうとするあなたが外務大臣を務めている事程あり得ない。こんな国にしたのはあなたですよ」
確実に仕留められる距離で撃った拳銃が全く効かない。
謎の層によって弾速を完全に殺された弾が床に転がった光景を三枝は信じられず、弾を打ち尽くした拳銃を向けながら震える。
「違う…違う違う!……私は――、私のせいじゃ、ない…違うんだ、全ッ然違うっっっ…!」
絶叫しながら、三枝は後ずさり、転げるように床に倒れる。その顔には、権力者としての威厳など微塵も残っていない。
「私は……私は日本の未来の為に尽くして……!アメリカの勢いは既に衰えている……次の覇権国家は中国、インド…。次代のリーダーとなる国をいち早く見極め、早目早目から友好関係を築いていかなければ、この国は時代に置いていかれ孤立……っ!」
「ご自身ではそう信じ込んでおられるようですが、実際にあなたがした事は異なります。中国の指示に従い、日本人の命と尊厳を切り捨ててきた。日本人が外国人に殺されても黙殺し、己の地位と利権を守ることに終始してきた。日本人が不法移民からの暴力に怯え、急速に悪化する治安に苦しんでいるのに、そんなことはお構いなしにどんどん移民を受け入れ、生活保護も高額治療費もバンバン支給する。雨宮総理と共謀して海外には景気よく大量の血税をばらまくくせに、日本人には給付金のきの字もない。選挙前にしか給付金の話をせず、日本人と日本の事を考えているとは到底思えない。海外に無償資金提供する前にまず自国、日本人の生活を立て直すのが当たり前だと、外交をかじっていない私でも分かることですがね……」
仮面の男は静かに右手を振り下ろす。その先に現れたのは、バチバチとスパークを飛ばす四本の稲妻の鎖。
「―――拘束術式」
紫電が床を這い、三枝の全身を壁に縛り上げた。
金に物を言わせて贅沢に仕上げた白の大理石の壁に、十字架に磔にされる。
動くこともできず、痙攣しながら手足を震わせる三枝の口から、涎混じりのしゃがれた嗚咽が漏れる。
「ひ、ひいぃ……やめてくれ……助けてくれ……命だけは、命だけはぁぁぁっ!」
「命乞いをされても無駄です。あなたの罪は、あまりに重い」
仮面の男の周囲に、今度は黒い蛇のような、鞭のような、しなる棒状の物体が無数に渦巻き始める。
「何でもする…本当に何でも言う事を聞――――!」
仮面の男が指を鳴らすと、三枝の口から一切の声が掻き消えた。
最後の悪あがきに口をパクパクとさせて命乞いする必死の形相だけが自らの助命嘆願を訴えかけてくるが、もう全てが手遅れだった。
「他国から自国を守る外務大臣でありながら多くの日本人を私利私欲のために犠牲にしてきたその罪、この場にて清算いたします」
「―――黒血審槍」
回転していた無数の黒い物体が鋭く赤黒い槍に変形し、高速で回転する勢いそのままに磔となった三枝の全身を瞬く間に串刺しにした。
処刑の激痛に歪む顔面。
壁に床に天井に飛び散る鮮血。
次々に突き刺さる審判の血槍から逃れようと手足を震わせる。
肉に槍の突き立つ音、断末魔さえも封じ込める沈黙の魔法が、密室に静けさをもたらす。
完全なる無音の中、全身を串刺しにされた三枝は穴という穴から血を流し、焦点の合わない目で仮面の男を見る。
……口元が力なく微かに動いている。
何かを言っているのか。
命乞いをしているのか、恨み言を吐いているのか、ただ単にうわ言が漏れているだけなのか。
だが、もう遅い。
これまで日本国民の断末魔から目を背け、必死に助けを求める声を一切無視し続けた男には、うってつけの最期だ。
自分さえよければいい、どうせ庶民は大したことを言っていない、と耳に蓋をした男の磔刑は、偶然にも、白い大理石の壁に赤い血の跡が丸く広がった。
日本の事を裏切り続けた男が本当に日本の事を思っていたのかは、もう闇の中―――。
耳鳴りがするほどの静寂。
自分の心臓の鼓動が聞こえるかのような完全な沈黙の空間の中、磔のそれは完全に動きを止めた。
そこに残されたのは血汚れた壁・床・天井、変わり果てた元外務大臣の骸だった。
仮面の男はハリネズミとなったそれに右手を軽くかざす。
「―――浄火結界」
白き浄化の炎が、三枝の亡骸を焼き尽くす。
つい数十秒前、槍の雨が吹き荒れたこの執務室は、綺麗な内装に復元された。
槍傷も完全に補修され、凹凸のないつるりとした白い大理石の壁はとても高級感がある。
唯一違うのは、ここに居た三枝信介外務大臣の肉体と魂が"完全に消滅した"こと。
罪のない多くの日本人たちが流した血と涙を、三枝本人の血で償わせたのを認めると、仮面の男はドアの近くに置いてあった物体を拾う。
無言で背を向け、長いため息を一つ。
静かにその場を後にした。
──その現場を、執務室の廊下の隅に設置されていた防犯カメラと、遠くの建物の窓から三枝信介の様子を警戒していたテレビ局の望遠カメラが捉えていた。
銀の仮面が鈍く光り、濃紺のマントの裾が揺れる。
その映像は、数時間後、報道各社に渡り、深夜から全国のテレビ局で繰り返し流された。
《速報:三枝信介外務大臣の邸宅に銀の仮面をつけた人物が侵入、襲撃か──》
その日、日本中が揺れた。
深夜から速報が繰り返し報じられていたが、翌六日朝八時、各局のテレビが一斉に、続報のテロップと共に証拠映像を流し始めた。
そこに映し出されたのは、外務大臣・三枝信介が邸宅内で何者かに襲撃される決定的瞬間を捉えた二つの映像だった。
一つは、邸宅近くのビルから望遠カメラで撮影されたテレビ局の映像。
正気を失った三枝のスクープを狙うために回していたビデオカメラの丁度正面に、いつの間にか姿を現した。
銀色の仮面を着け、西洋の貴族のような衣装の黒い服を着た男。
もう一つは、邸内の執務室近くの廊下の防犯カメラが捉えていた、三枝を殺害した直後に執務室を去り、廊下の角を曲がるまでの銀の仮面の男の映像。
防犯カメラ映像はほんの二秒程度だけだった。
だがテレビ局の望遠カメラの映像については、突然現れた仮面の男に三枝外相が発砲したが全く効かず、逃げ回るシーンが充分な秒数と解像度で記録されていた。
三枝が磔にされ串刺しとなる具体的な二人のやり取りは、両方とも死角のため窓越しからでは捉えられなかったが、三枝のものと思われる鮮血が対角線の壁に吹き出す光景がカメラに映った。
真っ白な閃光が執務室内を覆い、その光が収まると、仮面の男は悠々と執務室を後にする。
ここまでの録画時間は約五分少々。
三週間前の雨宮の失踪に次いで二人目。
三枝外相のいた執務室で鮮血が飛び散る瞬間を目の当たりにしたカメラマンは、銀の仮面一人だけが執務室を後にする瞬間を目撃した。
今すぐ邸宅に突入などせずとも、この状況から見てほぼ確定情報として出しても問題ないと見た現場のテレビ局カメラマンは
"銀の仮面の男が、三枝外務大臣の私邸に乱入し、殺害"
と報告した。
深夜から早朝までの間は、現場のカメラマンが報告した言葉その通りに報道することは出来ず、「自宅を襲撃される」「侵入者か?」といった、どちらとも判別付かないグレーの表現にとどめていたが。
発砲と鮮血と閃光の映像がテレビ局に到着すると、文体はほぼ三枝の死を九割九分認めたようなものに変わっていた。
《速報:三枝信介外務大臣、死亡か。謎の人物が私邸に乱入》
ショッキングな字幕が、全地上波のニュース画面を覆った。
ワイドショー、報道番組、情報バラエティ──全てが臨時ニュースや臨時特番に変更し、司会者もコメンテーターも一様に顔を強張らせて口を開いた。
「防犯体制はどうなっていたんでしょうか。SPは何をしていたんですか?」
「三枝大臣はなぜ、男と二人きりになっていたのか……玄関に不審な出入りがなかったのであればあれは面識がある相手の対応では……?」
「まさか、あの雨宮総理大臣の行方不明事件も……?」
憶測が憶測を呼び、SNSでは朝からトレンドが埋め尽くされた。
『銀の仮面』『三枝外相殺害』『雨宮総理=既に死亡?』『正義の制裁か』『これはテロか?』
オーロラビジョンでは、銀の仮面が三枝邸の執務室で三枝外相と対峙する望遠カメラ映像が繰り返し流され、スマホやYouTubeではその切り抜きが無数に拡散された。
国民は、驚愕と、そして言葉にできない喜びと期待をないまぜにしながら、それらを見つめていた。
「……本当に、殺されたのか、三枝……」
「まさかあの仮面、雨宮の時も……?」
「いや、でも、なんかスカッとしたっていうか……」
「待て。テレビは何か隠してるよ、ネットの方が本当の情報出してるって」
「おい誰かURL貼ってくれよ」
「どっかにマスターデータ流出してねーか??」
ある初老の男性はテレビの前で涙ぐむ。
「お天道様が……ちゃんと見ててくれたんだなぁ……。あいつらがどれだけわしら日本人を踏みにじってきたか、ようやく……」
女子高生が学校で友人と話す。
「なんか変な話だけど、私ちょっと感動しちゃった。だって、あの人たちが偉そうにしてるの、ずっとモヤモヤしてたから……」
「わかる。誰かが言ってたよ、『本当のピンチが訪れる時、ヒーローが現れる』って」
そんな騒然とした空気が日本を覆う中、同日午後五時――
突然全国のテレビ画面が突如として暗転した。
各局、各チャンネル、地デジ、BS、CS――自宅用公共用問わずすべてのテレビの放送画面が、同時にノイズ交じりの黒へと切り替わった。
「えっ? 何、停波?」
「スマホも映らないんだけど」
「まさか、サイバー攻撃!?」
数秒の沈黙のあと、画面がゆっくりと再点灯する。
そこに映し出されたのは、漆黒の帳の中にひときわ浮かぶ“銀の仮面”の姿――そして、その背後には、銀糸で縁取られた三日月の旗。
画面中央に立つその男は星鎧の礼装を纏い、仮面越しにまっすぐカメラを見据え、ゆっくりと口を開いた。
「日本国民の皆さん――まず、名乗ろう。私は、“銀の仮面”」
声は低く、重く、だが澄んでいた。
明らかに変声処理が施されているものの、その語り口はどこか気品を湛え、異様な説得力を持っていた。
「先ほど報じられた三枝信介への制裁……それは、私が下した。雨宮誠一"元"内閣総理大臣を裁いたのも、私だ」
全国民が息を呑んだ。
「日本を守り導かなければならない立場のはずの彼らは、この日本を売った」
「日本人の命と誇りを踏みにじり、自らの利権と保身のために、幾度となく民を裏切った。彼らの罪は、万死に値する」
「テレビに映った銀の仮面の男、それは私だ。三枝信介外相と執務室で会話していた映像も、廊下の防犯カメラに映っていたその姿も、私だ。」
彼は右手を掲げ、背景にもう一つの映像が浮かぶ。
「そしてもう一つ。これは私が記録した、三枝信介への『天誅』の映像一部始終だ。報道では伝えられなかった部分……。日本を裏切り、日本人を食い物にしてきた国賊の最期。……日本人たちよ。刮目せよ──」
画面が切り替わり、執務室に侵入され慌てふためく三枝の様子から映像が始まる。
『―――SP、SP!!誰かッ、誰かああああああっ!!』
『結界を張ってある。外には何も聞こえません。ここには我々二人だけで誰も来ない。ここは、今宵、あなたに下される“審判”の場だ』
『や、やめろ……!わたしは、お、お前らのために……!世界と、日本の平和のために……!お前たち日本人こそ、排外的で、未開で……!』
『黙れ』
『外国で日本人が殺されても何も言わず、この国で外国人が好き勝手に日本人を殺してもまともに抗議もしない外務大臣が、世界平和?あなたはどこの国の人間だ?あなたのような外国に阿って自国民を蔑ろにする人の事を巷ではこういうらしいですよ。"売国奴"と』
『ち、違う、私は……私は悪くない……っ!仕方なく…そう、仕方なかったんだ………た、助けて……っ、命だけは、命だけは……あああああっ!!』
『……天誅だ。――――-禍封障結』
『く、く、来るなああああ!!!』
ダァン!ダンダンダンダンダン!!!カチカチカチッ…カチッ…
三枝が撃った銃弾が銀の仮面の男に命中するかと思いきや、その直前で静止し、勢いを失った銃弾はそのままカランカランと音を立てて床に落ちる。
三枝は拳銃が何故か効かないことに口を震わせ、なおも空となった拳銃の引き金を引き続けた。
『馬鹿な……こ、こんな……っ、あり得るか……っ!』
『普通なら、あり得ないですね。日本を外国に売り飛ばそうとするあなたが外務大臣を務めている事程あり得ない。こんな国にしたのはあなたですよ』
『違う…違う違う!……私は、私のせいじゃない!違うんだ!全ッ然違うっっっ…!』
『私は……私は日本の未来の為に尽くして……!アメリカの勢いは既に衰えている……次の覇権国家は中国、インド…次代のリーダーとなる国をいち早く見極め、早目早目から友好関係を築いていかなければ、この国は時代に置いていかれ孤立……っ!』
『ご自身ではそう信じ込んでおられるようですが、実際にあなたがした事は異なります。中国の指示に従い、日本人の命と尊厳を切り捨ててきた。日本人が外国人に殺されても黙殺し、己の地位と利権を守ることに終始してきた。日本人が不法移民からの暴力に怯え、急速に悪化する治安に苦しんでいるのに、そんなことはお構いなしにどんどん移民を受け入れ、生活保護も高額治療費もバンバン支給する。雨宮総理と共謀して海外には景気よく大量の血税をばらまくくせに、日本人には給付金のきの字もない。選挙前にしか給付金の話をせず、日本人と日本の事を考えているとは到底思えない。海外に無償資金提供する前にまず自国、日本人の生活を立て直すのが当たり前だと、外交をかじっていない私でも分かることですがね……』
仮面の男はゆったりと右手を振り下ろす。
『―――拘束術式』
そうつぶやいた瞬間、紫の光と共に、一瞬にして三枝は壁に磔にされた。
『ひ、ひいぃ……やめてくれ……助けてくれ……命だけは、命だけはぁぁぁっ!』
『命乞いをされても無駄です。あなたの罪は、あまりに重い』
仮面の男の周囲に無数の黒い縄のようなものが現れ、高速で渦巻き始める。
「何でもする…本当に何でも言う事を聞――――!」
『他国から自国を守る外務大臣でありながら多くの日本人を私利私欲のために犠牲にしてきたその罪、この場にて清算いたします』
『―――黒血審槍』
詠唱した瞬間、映像の音が一切消え、黒い縄は赤黒い槍となって三枝に次々に襲い掛かった。
音もなく無数の槍が三枝に突き刺さる。
血が噴き出すスプラッター映画宛らの無修正の衝撃映像に、思わず目を背ける者も。
これはCGで出来るような内容ではない。
もしかすると超最先端の映像技術で出来るのかもしれないが、それよりも。
無音の中で日本人を足蹴にし続けてきた三枝外相が銀の仮面の男に"聖裁"を受けている映像が。
見上げたオーロラビジョンの前に。
茶の間のテレビの向こうに。
手元のスマホの中にあるのは、あまりにも衝撃的で―――――痛快すぎた。
『―――浄火結界』
針山の中で完全に息絶えた三枝と執務室を白い光が包む。
血まみれになった執務室は一瞬にして清浄化され、無数の槍が刺さった三枝の死体は、跡形もなく消滅した。
まるで最初からこの世に生を受けなかったかのように。
そして天誅の一部始終を映した映像は、銀の仮面の男の足元のズームを最後に途切れた。
「………………」
その生々しい一部始終に、全国の誰もが言葉を失った。
やがて、再び仮面の男が現れる。
「国を売り、日本人を虐げ、他国に媚びる──そのような者を私は許さない。私はこの日本に生まれた日本人だ。誰も裁かないのなら、私が裁く。私は日本を日本人の手に取り戻す。これからも、国賊共には『天誅』を下す」
――そして。
と、前置きして、仮面がカメラの奥、この中継を見ているはずの全国民に向かって訴える。
「この国に希望を抱けず、声を上げても踏み潰され、日陰暮らしを強いられ屈辱に唇を噛んできた日本人たちよ──夜は明ける。光なき国に、夜明けが近づいている」
その言葉に、画面の前の人々は涙を浮かべる。
「……うん……うん……!」
「やっと…来てくれた……!」
「すげえ……すげえよあんた……!」
「待ってたぜ…俺はずっとあんたみたいなヒーローが現れるのを、ずっと待ってたんだ……!!」
最後に、仮面の男は静かに言い放った。
「……改めて云おう。私の名は、正義の代行者・銀の仮面。これより、国を蝕むすべての害悪に裁きを下す。どこに隠れても、裁きは必ず下される。漆黒の空に三日月がある限り。」
次の瞬間、彼の姿はふっとかき消える。
映像の最後には、日の丸をえぐり取られ夜闇に落ちた、漆黒に浮かぶ三日月の旗が、静かに、力強く映し出されていた。
次話は明日15時投稿予定です。
この話が面白いと思った方は★★★★★を押していただけると幸いです。
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