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35話 離間の時間・金岡哲

 新たに五体の鬼が現れた。

 うち三体は同じような背丈と足の速さの通常鬼だったが、残る二体はそれまでの鬼とは違う風体だった。


 一体は、大きな野太刀のだちを携え、異様な存在感を放っていた。拳七つ分の柄と百四十センチ程の長い刃渡りの太刀は一振りするだけで空気が唸る。重たい刀身と体躯ゆえ足は決して速くないが、漆黒の刀身を大きく振るうたびに斬撃が飛び、教室の中で椅子や机などを組んでバリケードとしていた生徒七名を、壁や障害物ごと一閃で断ち切る。切断された腕・首が宙を舞い、鮮血が壁を染める。

「誰か助けて!」と絶叫する声が崩れかかった教室から響くが、野太刀鬼は無表情に重たい斬撃を重ねるばかりだった。


 続いて現れたのは、火炎放射器を背負った鬼。

 こちらも足は遅いが金属の筒から放たれた轟炎が、隠れていた数十人の生徒を一瞬で包み込む。耳をつんざくような火の咆哮、焦げ付く臭気、燃え上がる悲鳴。誰かが必死に消そうと床を転げ回るが、その体は既に真紅の炎に覆われ、助かることはなかった。


 野太刀鬼は校庭に躍り出て大振りの刀身を前後左右に振り回して斬撃を飛ばし、火炎放射鬼は校舎内の狭い廊下・教室・道具置き場等の入り組んだ空間に目掛けて轟炎を放つ。

 野太刀鬼は斬撃を放ってから五秒、火炎放射鬼は火炎を放ってから二十秒、クールタイムが発生する。生徒を殺した際、一回につき十秒のクールタームは別で処理されるため、野太刀鬼は十五秒、火炎放射鬼は三十秒程フリーズするが、あまりにも強大な火力の前ではほぼ意味をなさなかった。

 なお、この二体も等しくクールタイム中は顔面に赤文字でのカウントダウン表示がされるが、加害者が至近距離まで近づいてもこの特殊鬼の顔は何故か因縁深い被害者の物には変化しない。

 何者かも分からない中、特殊鬼はその圧倒的な破壊力で次々に生存者たちを容赦なく炭に変えていった。


 総数二十体となった鬼たちは、残された十万人の生徒を執拗に追い詰める。廊下の曲がり角を駆け抜ける影、体育倉庫に押し込まれた泣き声、トイレの個室から漏れるすすり泣き――すべてが何者かに見られているかのように暴かれていく。見えない目によって隠れ場所は次々と破られ、逃げ道は潰されていった。


 刀が閃き、火炎が奔り、蛇のように黒き手が首元へ忍び寄る。ハズレの教室の生徒たちは泣き叫び、喉が裂けるほどの悲鳴を上げながら、ただ死から逃れようと駆け続けた。しかしどこにも救いはなく、その恐怖を誰かが楽しんでいることを、彼らは薄々感じ始めていた。





「よっしゃ!これで五百!フゥゥーーッッ!!」

「雑魚が、死ね!みっともなく泣きさけべ!逃げ回れ!このチョッパリどもがよお!死んであの世で後悔しろやァァ!!」


 散々飲み食いしたぐちゃぐちゃの机から離れ、教室の後ろでVRゴーグルとリモコンを着けながら腕を振り回し、脳内麻薬に溺れている男子がいた。


 金岡哲。本名は「김철호(キム・チョルホ)/金哲昊」。

 彼は、生まれながらにこの国を憎んでいた。


 朝鮮人である彼の曾祖父母は戦時中の日本に移住して以降、帰国事業に応じることなく日本にそのまま住み着いた。在日二世となる祖父母へ教え込まれた歪曲された歴史と民族主義は在日三世の子として生まれた父母へ受け継がれ、そこへ戦後の日本社会で差別されたとの思い込みも加わった父母から、濃縮された強烈な反日を植え付けられるよう育ったのが、金岡哲だった。

 実際には特別永住資格の下で手厚い保護を受けていたにもかかわらず、金岡は父母・祖父母・同胞たちから「自分はこの国に奪われている」という被害者意識と、日本への根深い敵対心を刷り込まれた。やがてその歪んだ認識は、幼少期から彼の人格を腐らせていった。


 学校で日本人の子供たちと交わるたびに、彼は「俺たちはこの国の奴隷にされてるんだ」と口にし、教師たちを大層困らせた。むしろ「日本は在日にずっと、永遠に謝罪し続ける義務がある」と豪語し、どこかで仕入れた反日的なスローガンをクラスで叫ぶことさえあった。


 そして、中学に上がる頃には、彼の憎悪はより具体的な対象を求めるようになった。

 目をつけられたのが、同級生の朝倉隼だった。日本人の中でも真面目で温厚、父親は自衛隊として役目を果たしており、友人からも信頼されるその姿が、金岡の劣等感を刺激したのだ。


「おい、アサクラ。お前、調子に乗ってんじゃねえぞ。日本人の分際でよ」

「なあ、俺らのご先祖様に謝れよ。土下座しろよ」


 口汚い言葉を浴びせ、机に唾を吐き、時には教科書を破り捨てて朝倉に押し付けた。朝倉が反論しないと見るや、金岡はますます増長。一方的に攻撃することに快感を覚え、仲間を焚きつけて暴力を加えるようになった。


 彼にとって、朝倉はいじめの標的であると同時に、日本という国そのものへの復讐だった。殴るたび、蹴るたびに、俺は正義の拳を振るっていると自らを正当化した。仲間の前では声高に「日本人は俺たちの足元にひれ伏すべきなんだ」と吹聴し、朝倉を殴るたびに哄笑をあげた。


 しかし、そんな金岡の憎悪の根には、空虚さと不安があった。彼は自分の中に誇れるものが何もないことを知っていた。


 成績は中の下、運動能力も平凡、家庭も裕福ではない。先の朝鮮戦争で朝鮮半島の歴史的建造物や文化財は多くが消失、あるいは日帝残滓として朝鮮人たち自らが破壊しており、愛国心を持とうにも、そもそも朝鮮半島の歴史はほとんどが中華の属国の歴史だ。常に周辺の大国の顔色を窺い、従属し、朝貢する二等国。


 今でこそ韓国は先進国の一員として世界経済に参加しているが、歴史の分野においては贔屓目に見ても朝鮮半島は輝かしい道を歩んできたとは言えない。独立国として歴史を紡げなかった民族的アイデンティティの欠如はもう取り戻せない。


 中国四千年の歴史が羨ましい。

 世界最古の王朝を二千六百年も戴く日本はもっと妬ましい。

 韓国には百年続く企業がほぼ無い。先祖代々伝わって来た価値ある誇れるものが何もない。

 洗練された文化も芸術も起源も、日本や中国には遠く及ばない。


 日本の敗戦によっておこぼれに預かる形で独立できたが、朝鮮民族が自らの力で勝ち取った勝利でないことはどうしても受け入れられない。

 日本は統治時代に全てを朝鮮半島から奪ったから、韓国には何もないのだと言い聞かせる。

 歴史的資料や貴重な肉声による証言には一切目をつむり、「日本を憎むことこそが朝鮮人のアイデンティティ」という虚しい旗を振り回す。


「日本人に虐げられた朝鮮人であり続ける」ことで、自分の存在価値を訴え続け、めぼしい日本の文化の起源は全て韓国由来だと主張して自尊心を保ち、日本人よりも我々は格上の民族であると信じ込みたかったのだ。


 そうしなければ、心が壊れてしまう。

 憎き日本人には、死んでも負けを認めるわけにはいかない。


 だからこそ、朝倉隼の存在は許せなかった。彼の真面目さ、優しさ、努力する姿が、金岡にとっては「勤勉でムカつく日本人」として映った。

 心の奥底では、自分には持っていない物を持っていると理解していたからこそ、徹底的に彼を貶め、破壊しようとしたのだ。


「ダサクラみたいなやつがいるから、日本は調子に乗るんだよ。人殺しの息子のくせに」


 それが金岡の口癖であった。


 やがて全国のいじめ加害者が集められたこの学園の中でも、彼の歪んだ思想は消えなかった。前夜の授業では丁寧な反省文を書いたが、そこには全く反省や更生の念は籠っていない。


 在日は特権階級、日本人は敗戦国家の下等民族。いつか在日に与えられた力を使うことで、いつか同胞の大人たちのように日本人を嘲り、支配できると信じていた。


 金岡の眼差しは、常に黒い憎悪で濁っていた。

 彼の手に握られたリモコンは次々に生徒たちの首と胴を分かつ。


「はいはい六百ゥ!!お前ら雑魚が束になって勝てるわけねーだろ!俺は特権階級なんだよ!勝ち組なんだよ!ハハハハハ!!!」


 現実の世界から目を逸らし、仮想の世界で金岡は幻想の力を振るっていたのだった。






 野太刀鬼の大振りな斬撃が、再び校庭を切り裂いた。

 空気が裂ける音と同時に、衝撃波が地面を這い、砂塵が爆発のように巻き上がる。その余波だけで、近くに身を潜めていた二人の生徒が、声を上げる間もなく即死した。肉体は吹き飛び、壁に叩きつけられ、骨が砕ける音が遠くまで響いた。


 斬撃の届かなかった者たちは、耳を塞ぎ、地面に伏せる。鼓膜を突き破るような風圧と、砂の粒が肌を裂く痛みに耐えながら、誰もが息を殺していた。


「クソッ……あれ、どうすりゃいいんだよ……」

「近づけねぇ、振り回すだけで丸ごと薙ぎ払われる…回り込んで逃げようにも斬撃が飛んでくるんじゃ…」


 誰もが絶望を口にする中、ブレザー姿の高校生がその動きを食い入るように見つめながら呟いた。


「おい……野太刀鬼あいつの攻撃……型がバラバラだ。足元もふらついてるし、構えもなってない。あれは素人だ……」

「……どういう事だよ?」

「剣道やってたからわかるんだ。あいつは本身ほんみを握ったことがない振り方をしている。型も技も何もない。刀を振ってるようで、刀の重さに振り回されてる」


 経験者が語る言葉の意味を咀嚼するように、もう一人が顎に手を当てて考え込む。


「そもそも、なんでこの鬼ごっこはハズレの教室の奴だけなんだ?当たりの奴は今、どうしてるんだ」


 その提言に、集まった生徒たちは目を見合わせる。

 誰も答えを持っていない。だが、誰もが同じ疑問を抱いていた。


「当たりの奴はこの鬼ごっこが免除になっているって考えるか、もしかしたら…あの鬼の中身が――」


 言い切るよりも早く、全員の目がカッと見開き、眉が鋭さを増した。


「最初の鬼はもともと用意されてたやつだとして、追加のあの鬼は、当たりの奴らが動かしてるんじゃねえのか…?」

「……そうだな、自律して動いてる鬼なら、もっと効率的に殺せるはずだ。野太刀鬼あいつは刀の扱いが下手過ぎる。百パー、あいつが当たりの奴に決まってる」

「お、俺、あいつの近くまで行ったけど、顔が変わらなかったんだよ、普通の奴と違って」

「それじゃあやっぱりあいつは、当たりの奴って事だな」


 その推測に、生徒たちの背筋が震えた。

 だが同時に、僅かな希望が差し込んだ。


「操作なら……隙を突けば、奪える……」


 その時だった。

 野太刀鬼が、倒れた死体をまとめて吹き飛ばすように、刃を横薙ぎに振るった。

 空振ったが返す刀で再び薙ぎ払おうとし――踏み込んだ足が、斬り伏せたばかりの胴体に引っかかり、バランスを崩した。

 巨体が前のめりに傾き、咄嗟に突き出した手が、地に伏していた死にかけの生徒の胸の上に沈む。


「……!」


 数人の生徒が息を呑む。

 だが、誰も動けない。

 その場に釘付けにされたように、ただ見つめるしかなかった。


 そして、一人が驚愕の声を上げた。


「見ろ!鬼が手をついた……でも……燃えてない!」


 指の差す先には、野太刀鬼が地面に倒れていた生徒の胸から手を離す光景。

 強い掌底の一撃によって倒れていた生徒に止めを刺す形にはなったが、通常の鬼と違い、その生徒の死体は黒炎に焼かれていない。

 これまでの鬼は、生徒に触れただけですぐさま燃え上がり、その肉体を灰燼に帰していた。

 だが今、野太刀鬼は自らの手で触れても、その死体は変化していない。


「……あいつの攻撃手段は、刀だけだ……!」

「つまり……刀を奪えば!」


 恐怖と興奮に震える数名が目を見交わす。

 狙うのは、斬撃直後のクールタイム。

 鬼が動けない隙は、ほんの十数秒しかない。


「……やるしかない」

「でも、刀を奪ったからって、その後はどうすれば?」

「…俺がやる。これでも剣道二段持ってるんだ。俺が一番扱いに慣れてる」

「分かった。じゃあ俺たちで奪って、あとはあんたがトドメを刺してくれるか?」


 剣道経験者の高校生男子が、重々しく首肯した。


 次の瞬間、野太刀鬼がまたも大上段から力任せに野太刀を振り下ろした。

 別の生徒の体が、真っ二つに裂ける。

 肉体が裂ける音と悲鳴が響き渡り、同時に野太刀鬼の顔に真っ赤なカウントダウンが灯る――十五秒。


「今だッ!!」


 三人の生徒が飛び出した。

 一人は囮となって鬼の正面に回り込み、叫びながら腕を振り回す。残る体力自慢の二人が、漆黒の野太刀に飛びついた。指を一本ずつ剥がし、野太刀を奪い取ろうとする。腕に痺れるほどの重みがのしかかる。だが、全力で引き抜くと、砂埃とともに刀が抜けた。


 野太刀鬼は、カウントダウンの表示を点滅させながら、首だけを回している。しかし、既にその腕には刃はない。空を掴むように、指が虚しく震えている。


「……った……ったぞ!」

「あとは任せたぞ!!」

「ああ!」


 二人がかりで運んだ野太刀を、剣道経験者の高校生男子が受け取る。七キロほどもある重たい野太刀の感触を確かめるように握ると、切っ先を鬼に向けて真っすぐ構えた。

 その刃は、血と砂にまみれ、鈍く光っていた。顔の不明な鬼の内面で起こる“何か”の動揺が、確かにそこに感じ取れた。


 生徒たちは、素手となった鬼と野太刀を構える生徒を前にして息を呑む。カウントダウンは、残り二秒。その数字が、ゆっくりと、赤く点滅していた。







 金岡はVRゴーグルの向こうで、クールタイムの存在に焦れていた。

 モニターの向こうで動き回る無数の生徒たちが、逃げ惑う餌の群れのように見える。斬っても斬っても尽きないはずなのに、十五秒という理不尽な制限が彼の全身を苛立たせる。


「クソ邪魔くせェなコレ…!なんで動かねえんだよッ!」


 十五秒のクールタイムが明けるまでは刀を振るどころか一歩も動けない。やっと硬直が解け、乱暴にリモコンを振り回すたび、金岡の分身体が振るう野太刀は空を切り裂き、時には生徒の身体を両断した。絶叫が響くたびに金岡は一瞬だけ快楽に顔を歪める。だがその喜びはすぐに冷める。炎が上がらない、派手さが足りない――そんな下らぬ理由で、彼はまたもストレスを抱え込む。


「のれえなコイツ…!死ね!イライラさせんじゃねえよマジでよお!」


 苛立ちのままに大振りを繰り返す鬼の姿は、次第に無様な動きへと変わっていった。生徒たちは悲鳴を上げて散り散りに逃げるが、時に間合いを読み切れず空振りし、ただ地面を抉るばかりとなる。金岡はその度に舌打ちを響かせ、ゴーグルの中で顔を真っ赤にして怒鳴った。


「クソがッ…!なんで思い通りに斬れねぇんだよッ!マジクソゲーじゃねえかよ!?」


 野太刀の重量は七キロ。野球のバットを振るのとは全く訳が違う。通常扱わない重量感が彼の操作を鈍らせ、追撃は遅れる。VRゴーグルの狭い視界では足元まで見えず、とうとう転がった死体に躓いてしまう。


「チッ…ふざけんな!操作性悪すぎんだろコレよお!こんなザコハード寄越しやがってマジ死ねよ!」


 虚勢を張りながらも、金岡の声は次第にわずかな焦りを帯び始めた。自分が支配していたはずの鬼の動きが、思うようにいかない。リモコンを必死に握り直す手は汗でぬめり、喉からは焦り混じりの叫びが漏れる。


「動け動け動け動けうーごーけッ!うーごーけッつってんだろテメエッ!早く立てッ!殺せッ!殺せってのが聞こえねーのかクソザコッ!!」


 ようやく立ち上がり目の前にいた生徒へ斬撃を飛ばし両断。また十五秒のクールタイムが訪れる。生徒の背中を目前にしながら、鬼は微動だにせず、ただ静止している。金岡はゴーグル越しに絶叫し、部屋中に響くほどの声で怒号を吐いた。


「死ね!テメエみてえなノロマ死んじまえクソが!!」



 その時だった。硬直に入った野太刀鬼の眼前に――三人の生徒が飛び出してきた。

 一人は囮だ。恐怖に震えながらも必死に声を張り上げ、鬼の目前で手を振って挑発する。


「こっちだッ!俺を狙えッ!」


 その姿に金岡は一瞬、意味が分からず眉をひそめる。

 囮?この状況でわざわざ前に出る馬鹿がいるものか。

 だが、すぐに横から迫る二人の影に気づき、血の気が引いた。


「な、なんだァ!?」


 野太刀鬼の両手へ飛びついた二人の生徒が、全身の力を振り絞って刀を支えながら、両手の指を一本一本もぎ取るようにして野太刀を奪いにかかる。金岡は慌ててリモコンを振るが、クールタイム中の鬼は微動だにしない。唯一動くのはVRゴーグルの映像だけ。自分の手元から刀を奪い取ろうとしているのを抵抗も出来ず見守ることしか出来ない。操作不能の無力感が全身を貫き、背筋に冷たいものが走った。


「やめろッ、離せッ!俺の武器だッ!クソッ、クソがあああッ!」


 汗で滑るリモコンを何度も振り回し、必死に叫ぶ。だが現実は無情だった。


 ――ガシャン。


 両の手から力ずくで引き抜かれた野太刀が、囮を務めた生徒の背後に回り込んだ別の影へと渡される。


 その人物を見た瞬間、金岡の心臓が跳ねた。

 その構えはゲームの主人公か、剣の達人かと錯覚するほど堂に入っていた。受け渡された野太刀をゆっくりと正眼に構え直し、ゴーグル越しの金岡を射抜くように睨んでいる。鋭い眼光は、獣を仕留める刃そのものだった。


「な……な、なんだよ……?おい……やめろよ……」


 額から冷や汗が噴き出す。今まで追う側だったはずが、気づけば追われる側に立たされている。形勢逆転。十五秒のクールタイムが明けた事よりも武器を奪われたその絶望的な事実に、金岡は喉をひくつかせて、一歩、後退さった。


「ちょ、ちょっと待て!ふざけんなッ!俺は――!」


 言い終える前に、野太刀が閃いた。

 重たさを感じさせない鮮やかな鋭さで振り抜かれた刀身が、野太刀鬼の首を容赦なく断ち切った。


 同時に、金岡自身の感覚も裂かれた。

 視界がぐるりと反転し、転がるように地面へ落ちていく。

 床に転がる自分の首と、VRゴーグルが斜めに揺れながら映し出す視界。赤黒い景色がぐにゃりと歪み、血の匂いが鼻腔を満たす錯覚に襲われる。


「あ……あああ……がはッ……!」


 喉から血反吐が逆流し、口いっぱいに鉄の味が広がった。首を失った胴体は全身の力が抜け、崩れ落ちながらリモコンが床に落ちる。


 野太刀鬼の巨体が崩れ落ちる音が遠くに聞こえた。

 自分と繋がっていた存在が、完全に活動を停止したのだと理解する。だが次の瞬間、同じく首と胴体が分かれた金岡の意識は暗闇に沈んでいった。


 彼が最後に見たのは、転がるVRゴーグルの向こうで、野太刀を肩に担ぎ直した生徒が、なおも冷徹にこちらを睨み据えている姿だった。





 突如、金岡の首が斬られ、教室の床に転がった。同室の生徒たちは悲鳴と驚愕の声を上げ、一拍沈黙が訪れる。VRゴーグルを着けたまま首となり、口と頸部断面から血を流す金岡を見下ろす反応は様々。


 ――次は自分の番かもしれない。

 ――ドジ踏みやがって、情けない。俺だったらもっと上手くやる。

 ――俺には関係ない。俺が無事なら他はどうでもいい。

 ――あのステーキまた食いてえな。また十人殺すか。


 全国から寄せ集められ、たまたま今日駆け込んだ教室が一緒だったというそれだけの関係。この四十九人は結束や連帯などはなく、一人減った程度では彼らの心はあまり痛まなかった。

 自分たちは安全圏。なぜなら"当たり"だから。

 金岡は死んだが、自分たちは助かると信じて疑わなかった教室に、黒い影がマントを揺らして音もなく現れた。


「生徒諸君。皆さんに連絡があります」


 教壇に現れた銀の仮面が、四十九人を見渡す。その声色は、どこか冷たい。


「途中経過を発表します。この三〇八九教室は、得点ランキングでは二百位中十三位です。特にそこで寝ている金岡君の成績は飛び抜けていました。お見事」


 銀の仮面は抑揚のない声で淡々と告げる。


「この教室は全体を通して上位に位置していましたが……“ハズレ”となります」


 ざわめきが走る。

 生徒たちの顔色が一気に変わる。


「えっ……」

「は……?」

「ハズレ?ハズレってどういうことだよ!」

「ふざけんな!俺たちは当たりだって言ってたろ最初に!」


 銀の仮面は怯えや反発など意に介さず、冷ややかに言葉を重ねる。


「皆さんは立場を利用してハズレの生徒を通報し、殺し、ポイントを得ては贅沢に溺れていましたね。――あなたは何人殺したか覚えていますか」


 ある男子の机の上と足元には、完食した料理の器・菓子・コップが雑然と並んでいる。

 ある女子の机の上には大量に頼んだままほぼ手つかずのスイーツが広がっている。

 何人殺したかなど、はっきり覚えている訳がない。


「あなた方が優秀だから"当たり"なのではない。偶々そうなっただけ。彼らも偶々外れただけ」


 モニターには、校舎内・校庭を走り回っている大勢の生徒。

 中には数十人の生徒を背中に守りながら、奪い取った野太刀を構えている生徒もいる。

 鬼は野太刀の間合いから離れるように一定の距離を保っているが、やがて別の生徒の方へ走り出していく。


「実力や家格に関係なく、偶然と無作為で振り分けられた環境に過ぎないのです。そしてその環境は永遠ではない。時の流れによって、あるいは、何者かの心変わりによって、簡単に壊れるものです。何故あなた方は"もう一度くじ引きが行われる"と思わなかったのでしょう」


 生徒たちの背筋を冷たい汗が伝う。


「あなた方のお仲間は()()()()()。あなた方にとっては面子が第一・力こそ正義・勝者のみが絶対のようですから、敗者を出したこの教室の皆さんも“鬼ごっこ”に参加していただきます」


 一瞬、時が止まったような静寂。

 そして、爆発的な動揺が広がる。


「ふざけんなよ!!俺たち関係ねぇだろ!」

「コイツ、コイツが負けただけだろ!俺たちは勝ってた!」

「ふ、ふざけんなよ……俺はずっと頑張ってたのに……」

「悪いのはコイツ一人だけだ!コイツが調子に乗ったから……!」


 絶望と怒号が交錯し、四十九の罵倒は床に転がる首に集中する。

 安堵から地獄への転落――その落差に、生徒たちの表情は蒼白を通り越して引き攣った仮面のように固まっていく。


「なるほど……自分だけは助かろうと、他者を貶める。――それこそ、あなた方が普段から行ってきた行為そのものですね。最期まで反省する気はないとしっかり受け取りました」


 教室の空気が凍りつく。

 生徒たちは口を開きかけるが、喉が引き攣って声が出ない。


「逃げるのも、戦うのも自由。ただし――」


 銀の仮面は手をかざし、四方の壁のモニターが消滅し、窓が出現。教室前後の引き戸はカチリと音を立てて開錠された。

 丁度教室の前を歩いていた一体の鬼が、鍵を開けるその音に気付き、振り向いた。


「あなた方の首にはポイントが付きました」


 廊下越しに鬼と目が合う。

 教室中が凍りつき、悲鳴が爆発した。


「や、やめろぉぉぉ!」

「くそっ、なんで俺たちまで……!」

「ふざけんな、俺は死にたくねえんだよ!」

「そんな理不尽で勝手に決めんじゃねえよ!納得する説明をしやがれテメエ!」

「マジイミフなんだけど!何でこんなことすんのよ!」

「真面目に通報してただけだろ、俺たちそんな悪いことしたかよ!」


 食ってかかる生徒たち。

 幼い恐怖と未熟な暴力性が銀の仮面に向けられるが、銀の仮面はこの教室にいる者の声をそっくりそのまま借りて、冷徹に言い放った。


『"おもしれーから。ウゼエんだよお前。目障りなんだよ。生きてる価値ねーんだから、死んぢまえ。ザーコ"』


 その一言に、教室全体が凍りついた。

 誰かが言った覚えのある悪口。自身の安全と悦楽が崩れることを露程も疑わなかった頃に吐かれた心無い言葉が、言葉の刃が、鏡映しに投げられる。



 救いの絶たれたこの空間に泣き叫び、誰かが暴れ出し、誰かが椅子を蹴り倒して出口へと走り出す。早速廊下の鬼に首を掴まれ、生徒の一人が燃え上がる。血の匂いを帯びた焦げ臭い風が教室へ流れ込む。


「や、やめろ、マジで来るぞッ!ドア閉めろ、閉めろぉぉぉ!」

「ちくしょう、誰か、誰か止めろッ!」

「イヤだ、俺まだ死にたくねぇ!誰か助けてくれよ!」


 悲鳴、泣き声、罵倒が渦巻く。机が倒され、椅子が蹴り飛ばされ、混乱は頂点に達する。

 まるで見えない誰かに見つかったかのように、この教室に向けて一直線に向かってくる複数の鬼の気配が漂ってきた。

 銀の仮面は教壇に立ったまま微動だにせず、その地獄絵図を見つめていた。


「さあ――始めましょう。次はあなた方が食われる番です」


 その言葉を最後に、銀の仮面は影のように掻き消えた。

 逃げ惑う絶叫と嗚咽、燃え尽きた炭、そして迫り来る鬼の足音が響く校舎内。



 ――悲鳴が上がる教室のある一方で。



「おい、四百ポイントのやつが出て来たぞ!」

「こっちは三百五十ポイント、軒並み二百オーバーだ!」

「宝の山じゃねーか!急げ!」

「これ獲ったらでけーぞ…ギャハハハハア!!」


 隔絶されたどこかの空間から、白熱した高笑いが上がった。


次話は明日20時投稿予定です。

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