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19話 明くる日のスタンドに華麗なる燕

 薄曇りの空の下、東京近郊の町工場「南条工業所」。


 昼のサイレンとともに外国人労働者たちが一斉にスマートフォンを取り出し、構内の喫煙所や物陰に散っていった。


 機械の音は止まった。だが、それは昼休憩の合図というより、勝手な中断に近いものだった。


「南条サン、今日も午後イチ、早退ヨロシク」


 片言の日本語を残して、ベトナム人の青年がニヤリと笑って指を二本立てる。どうやら午後二時には上がりたいらしい。


 他にも、「昨日も遅くまで遊んだから今日は眠いネ」「キンム時間、多すぎヨ」など、責任感の欠けた声が飛び交う。打刻を終えると同時に工場を離れ、近隣のコンビニで涼んでいる者すらいた。


 南条賢吾、三十五歳。アクリル樹脂製品の加工業を営む工場長は、黙ってうなずいた。


 反抗する気も起きなかった。


 今の時代、職を選ばない外国人労働者でなければ、このような地味な町工場では人手が確保できない。いつしか工場の正社員も半数以上が契約・派遣・技能実習生で占められ、仕事の質も緻密さも落ちた。


(……日本のものづくりは、どこに行ってしまったんだろうな)


 子供の頃、機械に向かう父の背中を見て育った南条は、額に汗して働く男の格好良さに憧れたものだった。


 同じ年頃のベテランたちと笑い合いながら昼食を摂り、勤務時間となると精悍な顔立ちに戻る、メリハリのある職人たちの城。


 父の死後、南条が工場を継いでからは在りし日の姿を夢見て工場を運営し始めたが、時代の流れとは残酷なもので、どんどん日本人労働者が重労働や縁の下の力持ち的な地味な仕事を避け、ラクでカッコイイ高給取りを安直に目指すようになり、空いた穴を安い労働力―――外国人労働者で穴埋めするようになってからが苦難の始まりだった。


 彼らは日本では当たり前の常識や価値観を持ち合わせておらず、理解するのにも時間と労力がかかる。


 勝手に他人の私物を持ち出したり、工具を勝手に共有して破損したり、時間にもルーズで納期を守らないこともしばしば。


 取引先との契約・約束よりも自分の労働負担の事ばかり考え、ノルマを守らずに勝手に遅刻早退欠勤することが常態化していた。


 強く注意したが為に団体が出張ってきたこともあった。

 やれ差別だやれヘイトだと騒ぎ立て、それによって営業がストップする事態にまで発展した。


 日本人として当たり前の価値観は外国人労働者には全く通用しない。「郷に入っては郷に従え」は日本人同士でしか通じず、外国人たちは自分の権利を無尽蔵に要求してくることを思い知らされた。


 思う所があっても口にしないことにした。

 言ったところで彼らは改善しないし、それを商品に八つ当たりして不良品を量産するし、団体に告げ口してさも自分が被害者のように振舞う。順当な業務上の注意であっても、彼らは理不尽なパワハラだと声高に叫ぶ。

 そのせいで営業がままならなくなるなら、ある程度のところまでは目を瞑らざるを得ないと、諦めさせられていた。





 休憩中、工員たちがスマホで動画を見ている間、南条は工場の奥にある資材倉庫へと向かった。


 誰も使っていない古い加工機に、そっと材料を設置する。


 本来は南条の昼休憩時間中であり、製造予定にもない非公式の作業。


 削られていくのは、透明度の高いアクリル板。

 磨かれていくのは、一人の仮面の男のシルエット。


 銀の仮面。


 南条が密かに憧れ、敬意を込めて作る同人グッズ「銀の仮面アクリルスタンド」だった。



 何かに没頭している間だけは様々な事を忘れられた。

 学校で怒られてもミニ四駆を組み立てる時は全て忘れられたし、悩みがあっても何かをいじってる間だけは解放された。


 南条は怠惰な外国人労働者たちの姿が入らない空間で一人、自己満足するために旋盤を回す。


 完全な自己満足だが、一つ二つと出来上がっていくそれを見ていると、自分のルーツを再確認できるような気がして胸がすいた。


 ものづくりが好きだ。

 時間を忘れて没頭して、何かを作り上げるその過程が好きだ。

 仕上げたその商品で誰かが笑顔になるのを想像しながら、ひとつひとつ丁寧に仕上げる。


 いくらで売るとかは考えず、自分が納得できるものを、今の自分の技量で仕上げられるか。

 自らに課した試験であり、自らへの挑戦でもあった。

 こうして真っすぐに機械に向き合っている限り、本当の意味での自分は終わっていないのだと、言い聞かせるように。




 三日月党のホームページにて試験販売してみた試作品は、いつしか「神クオリティ」として出回り、「職人がいるらしい」と話題になった。


 出せば出すだけ売れていくが、一人の手作業で作れる数量には限界がある。

 どうしても需要の全てを満たせるものではない。


 しかし南条は日々のやりきれなさと見果てぬ夢を託すように、昼休憩中の時間と夜の終業後の時間を費やしてひたすらに材料を削り続ける。


 ――俺のグッズを買いたいと言ってくれる人の為に。


 普段南条が言えない事をやってくれる銀の仮面に幼い頃憧れたヒーローの姿を重ね合わせながら、半ば現実逃避するかのように作り続ける。


 銀の仮面のアクリルスタンドを作っているのが、この町工場の一隅でコツコツと機械を回す一人の中年男だとは、誰も知らなかった。







 銀の仮面による第三の天誅。

 財務省事務次官・桐山貢一の告白と切腹映像公開が行われた翌日のことだった。


 出勤すべき工員の半数以上が姿を見せなかった。


 LINEグループには一様に「ごめんなさい」「もう日本にいません」などの既読メッセージが並び、荷物は夜のうちにすべて片づけられていた。


 工場内のロッカーは空っぽ。溶接機や切削工具はきちんと仕舞われておらず、片手間のまま放置されていた。連絡はつかず、ただいなくなったという事実だけが残った。


 取引先からの連絡も相次いだ。


「申し訳ないが、安定供給が見込めないため、御社との取引は一時停止とさせていただきます」

「これで何回目だと思ってるんだ!もうおたくとの付き合いはこれで最後にさせてもらう!」

「お父様には御恩があったのでこれまでお願いしてきましたが、流石にこう何度も納期遅れされてしまうと…」


 人手が足りないからと外国人を雇い入れた弊害で、発注ミス・納入ミス・不良品・納期遅れ・入金遅れなどが多発しており、今回の外国人労働者の大量欠勤によってこれまでギリギリで耐えていた取引先との関係にも限界が訪れ、プツリと切れてしまった。


 閑散とした工場。

 止まったライン。


 南条は、一人静かに、自販機の缶コーヒーを片手に天井を見上げた。


 そして、ゆっくりと口角を上げた。


「……やり直しだな。全部、イチから作り直すか」





 南条は求人票を作成した。


「日本人限定」「製造未経験可」「地元歓迎」「技能は現場で学べる」「アクリル製品製造、有志ノベルティ・グッズ関連」


 小さなハローワークの掲示板に貼り出されたその広告に、最初は誰も反応しなかった。三日月党のホームページで細々とグッズを販売しながら、赤字をどうにか抑え込む日々。商工信用組合から融資を受けながらなんとか耐える日々だが、南条は燃えていた。

 このままでは遠くない将来倒産してしまうことは容易に想像出来るが、今が南条の人生の中で一番"生きている"と、感じていた。


 がらんとしている工場だが、ここは南条家の土地にある南条家の工場。

 三食の飯さえ摂れれば自分の給料さえ無視出来るこの状況では、全ての外国人労働者が去って給料を払う必要がなくなったことは却ってプラスと言えた。


 取引先がほぼすべて契約切りになってしまったのは痛手。税金も考える必要があり、工場の維持費・光熱費は多少軽くなったとはいえ、また新たな取引先を開拓する必要がある。


 自分一人分の糊口を凌ぎながら日々を過ごすと、転機が訪れる。



 銀の仮面が電波ジャックで読み取りコードを公開し、公式サイトが始動したことで、状況は一変した。


 今どき、「日本人限定」で求人広告を打つ自殺行為とも思しき行動だが、銀の仮面の活躍によってナショナリズムを搔き立てられた日本人たちはその広告に非常に好意的な反応を示した。


 youtuberやインフルエンサーもこういった話題にはすぐさま飛びつく。

 SNSで噂が広がり、地元のフリーペーパーやまとめサイトにも取り上げられた。


「町工場が挑む、正義の応援プロジェクト」

「銀の仮面グッズを中心に作る古き良き町工場」

「日本のものづくりを取り戻す日本人だけの工場」


 問い合わせが殺到した。


 他工場でリストラされたベテラン。

 大学を中退して迷っていた若者。

 主婦業から復帰を目指す元パート。

 夢を持てずにいたフリーター。


 彼らの共通点は「日本人」。


 日本に生まれ大和魂を持ち、今のこの日本を憂う志士たち。

 浪人でも野武士でも、国を思う気持ちがあれば誰でも受け入れる。

 徳川に追い詰められようとも豊臣恩顧の武将・浪人・農民が大坂城を目指したように。


 新たな時代の幕開けを予感し、日本の為に日本人の手でものづくりを再興しようとする南条の意志に共感した勇士たちは可能な限り受け入れる。


 未経験でも無職でもなんでもいい。

 技術は後からついてくる。それよりも心だ。


 南条は、彼ら一人一人と面接し、工場の再編を決意する。





 数日後、匿名掲示板「【新・三日月党】銀の仮面支援スレ★7」に、こんな書き込みが投下された。


【25:無名の日本人】

 アクスタとかクリアファイルとかプラ製品は名入れとかも出来るからな

 俺はもう腹を括った

 銀の仮面はもう一過性のブームでは終わらないと信じて、商工信用組合から八千万借りた

 他に作ってほしいのあったら教えてくれ


 その投稿には、返信が殺到した。


【26:無名の日本人】

 >>25

 子供向けの弁当箱とか欲しいな

 うちの息子が喜びそう


【27:無名の日本人】

 >>26

 それならペンケースとかどうよ

 文房具全部銀の仮面で作れるだろ


【29:無名の日本人】

 希望:ICカードステッカー、痛バ、プラキーホルダー、推し活セット


【32:無名の日本人】

 八千万とは思い切ったなぁ

 人生最大の大勝負って感じ

 俺でよければ協力するぜ


【33:無名の日本人】

 ワイ無職、>>26の工場で雇ってくれんか




 そして、工場は再び動き始める。


 空いたラインには、銀の仮面公式サイトに出品するアクリルスタンドとクリアファイル、名入れグッズ、受注生産品が流れ始めた。


 新たな従業員たちの手によって、ひとつひとつ、丁寧に仕上げられていく製品たち。


 人手はまだ全然足りないが、みな生き生きと働いている。

 スマホをいじりながら検品したり、完成品を段ボールに投げ入れるような外国人労働者がいないだけで、効率も心証も働き甲斐も段違い。


 同じ工場の中なのにまるで空気がガラリと変わったようだった。


 同じ常識と同じ理念を共有し、同じ国の飯を食い、同じ辛酸をなめた日本人同士だからびしびしと連帯感や結束感が全身に伝わる。


「ようやく、俺たちの手で誰かのためのものが作れるようになった」


 南条は、そう言って笑った。

 夜遅くまで明かりの灯る工場は、かつての沈んだ雰囲気とはまるで別物だった。


「ようし、もう上がって良いぞ」

「南条さん、今良い所なんでもうちょっとしたら上がります」

「これだけやってから上がりますね!」

「南条さんこそ、早目に上がってくださいよ」

「俺たちだけ帰らせて勝手に残業とかしないでくださいよー?」


 額に汗して笑い合う工場。


 疲れよりも、安心感や充足感が広がる、不思議な感覚が南条を包んだ。



 ――きっと、親父が働いてた頃はこんな感じだったんだろうな。



 銀の仮面を支える者たちが、見えない場所で、静かに歯車を回していた。






 埼玉県北部、老舗レトルト食品メーカー「トクラ食品株式会社」の製造工場。

 戦隊ヒーローやライダーシリーズなどのパッケージ食品を手掛けてきた同社の工場では、かねてより“子供が食べたくなるヒーローカレー”の開発に力を入れてきた。


 その工場の常務兼副工場長である三十七歳の男性・戸倉義正は、ある日、息子が握りしめていたアクリルスタンドを見て首を傾げた。


「なんだその……銀色のやつは」


「え?お父さん知らないの?銀の仮面だよ!」


 テレビもゲームも大して見ないはずの息子が、瞳を輝かせながら熱弁を始める。

 悪い大人をやっつけてくれたこと、テレビで電波ジャックしたこと、詐欺の被害者を助けていること。


 近日世間を騒がせている大臣暗殺事件や電波ジャックの人のフィギュアが出ているのか。


 電波ジャックの映像とテレビニュースでしか知らなかった戸倉も、検索で辿り着いた様々なサイトを見て目を見張った。

 匿名掲示板発の三日月党と言うホームページで行われているグッズ展開、関連する他のスレッドでの熱狂、そしてなにより、応援する人々の熱。


 気づけば、戸倉の胸も高鳴っていた。


「こいつは……すげぇな。ほんとに正義の味方ってやつだ」


 一般人が各々グッズを作り、それをファンが立ち上げたホームページに出品して販売している。

 掲示板では次々に案や生産要望・購入希望の声があがり、そこには本職の職人たちが集って新たな希望を胸に、惜しみなくその腕を生き生きと発揮しているのが見えた。


「……面白そうなことしてるじゃねえか」


 やがて戸倉は銀の仮面応援スレを定期的に覗くようになり、公式サイト完成となった頃にはすっかり常連となっていた。


 アクリルスタンドを作っているプラ工場の職人やサイトの翻訳家など、プロたちが挙って、本気の遊びに精を出している。

 戸倉も、その遊びを全力で楽しむ大人たちに混ざりたいと思うようになっていた。


 そしてある日。


「……銀の仮面カレー?」


 戸倉が会議室でアイデアを出すと、開発部はざわついた。


「銀の仮面って、あの、銀の仮面ですよね?」

「それはどうなんでしょう…」

「まだ公式にキャラクター化してるわけじゃ……」

「パッケージの肖像権は?」

「売れる保証は?」


 慎重な意見が飛び交う中、戸倉は、静かに語った。


「売れるかどうかじゃねぇ。作りてぇんだよ。俺たちは子供たちに夢を届ける手伝いをしている。銀の仮面はテレビの外で、本物の正義を具現化してるんだ。俺たちがそれを形にしなくて誰がやる?」


「しかし常務、それ無許可でやって良いんですか?」

「もしそのせいでうちの工場がターゲットになったら…」


 戸倉はメールの文面を印刷したプリントを出した。


「心配ない。既に問い合わせはしてある。公式サイトからの返信では、『写真や過去の映像ではなくイラストまたはCGを使用し、品位を貶めないデザインならパッケージに使用して良い。販売は公式サイトグッズページ内での直販形式のみなら可』との返答が来た。イラストを提出して認められれば、正式にGOが出ると言うことだ」


 メールを熟読する社員が思考を巡らせる。


「認可は降りていると、なるほど」

「今はラインも空きがありますし、季節商品と言う扱いであれば数量限定生産は可能でしょう」

「常務。箱のイラストは自社で作りますか?」


 戸倉は少し考え、イタズラ少年のような笑みを浮かべた。


「募集してみようか」





【スレタイ】

【新・三日月党】銀の仮面支援スレ★7【公式サイト完成】


【431:無名の日本人】

 カレー工場の中の人だけど、謎の仮面カレー生産がほぼ決まった

 そういう訳で、箱のデザインを募集しようと思う

 応募期間は一週間と少し短いが、良ければみんなの謎の仮面イラストを送って欲しい


『トクラ食品(株)謎の仮面カレーパッケージデザインコンテスト』

 URL→xxxxs://tokura-foods.xxxx/event/xxxx.xx.xx


【433:無名の日本人】

 >>431

 お前wwwwwww


【435:無名の日本人】

 >>431

 やりやがったなwwwwwwww


【436:無名の日本人】

 とうとう俺たちのヒーローカレーも名乗りを上げたか


【437:無名の日本人】

 ワイpixiv民、本日徹夜決定


【438:無名の日本人】

 採用者にはカレーセット一年分とかやりすぎwwww


 もちろんやるぞ


【439:無名の日本人】

 ん?銀の仮面じゃなくて謎の仮面?

 誤植?意図的?


【440:無名の日本人】

 コミック風でも劇画タッチでも、アナログでもデジタルでも何でもいいけど


 このカレーは銀の仮面とは一切関係ありません

 このカレーは銀の仮面とは一切関係ありません


 大事な事なので二回言いました


 くれぐれも銀の仮面本人の写真・映像の使用とトレースはしないようにそこよろしく


 販売は公式サイト内だけの限定商品になるから、スーパーや小売店の店頭に並ぶとかはないけど、それでも構わなければぜひ応募してくれ


【442:無名の日本人】

 なるほど…


【443:無名の日本人】

「謎の仮面」だけど、絵師は好きな仮面の男を描いていいって事だよな


【444:無名の日本人】

 >>443

 描いているうちにその人の思想や好みが影響して、意図せず誰かに似てしまったとしても、それは仕方ない

 こっちでは選考もあるけど、基本的に俺と親父と息子(十歳)を中心に選ぶ

 ちなみに、俺と息子は『このプロジェクトにかなり乗り気』だとは言っておく



【445:無名の日本人】

 ってことは…


【448:無名の日本人】


 お 祭 り の 予 感 ! !


【450:無名の日本人】

 >>444

 先生!どうしても銀の仮面に似ちゃうんですけどどうすればいいですか!


【453:無名の日本人】

 >>450

 どれぐらい似てるか分からないから、とりあえず応募フォームから送ってくれ

 >>450が似てると思っても俺は似てないと思うかも知れないし、一旦確認したい


【457:無名の日本人】

 そっかあ

 似てる似てないは主観だよね

 仕方ないよね


【458:無名の日本人】

 作った曲がたまたま別の曲に似てたってことあるし

 作って見なきゃわからんか


【459:無名の日本人】

 >>458

 そうそう


【460:無名の日本人】

 >>458

 そうそう


【462:無名の日本人】

 >>458

 そうそう








 こうして、トクラ食品はファングッズの一つとしてではあるが、銀の仮面応援プロジェクトとして『謎の仮面カレー』の開発に着手する。


 バリエーションは愛の甘口・正義の中辛・灼熱の天誅味の三つ。レトルトながら肉も野菜も豊富。

 化学調味料は控えめ、パッケージには、どことなく頻繁に見た事のある人物が脳裏にちらつく、しかし謎である仮面の男がマントをたなびかせるシルエット。


 愛の甘口味は、癒しのペンダントを手に片膝を突いた慈愛の姿。

 正義の中辛味は、闇夜の空から三日月を背にしたまま直滑降してくる謎の仮面を、地上の悪人目線で描いた勇ましい姿。

 灼熱の天誅味は、無数の赤黒い槍が謎の仮面を中心に渦を巻き、赤紫の炎が左手から迸る雄々しい姿。


 甘口と中辛は全年齢対象だが、灼熱の天誅味は十八歳未満は購入禁止となっている。


 “強く、優しく、正しく生きる君へ”というキャッチコピーが入れられたそのカレーは、グッズページ上での最低購入量を四個とし、当初は各六百個・計千八百個の販売の予定だったが、予想以上の反響があったため九月~十月分生産量を一万五千個まで拡大。


 連日多くの注文が入る中、三つのバリエーションの中で、灼熱の天誅味の売れ行きが予想よりもなぜか良い。

 水なし絶叫なし地団駄なしでは食べられない激辛カレーとなっているが、甘口中辛より二割ほど多く売れている。


「やはり外国人が増えたからですかね?」

「そうかもな。韓国人インド人は辛い物好きって言うしな」

「あ、やたらピザにタバスコかける人いません?」

「いるいる。一回で瓶の半分くらいかける人な」

「アメリカ人メキシコ人も辛さに強そうですよね」

「そもそも味覚が日本人とは違うんだろうなあ。辛さにそもそも慣れてるんだろう」


 と、戸倉達は話していたが。




【スレタイ】

【天誅】灼熱に焼かれる修行スレ【正義の炎に焼かれよ】


【16:無名の日本人】

 本当シャレにならんくらい辛い

 これだけで炊飯器の米全部消えるわ

 米メチャ高えのに


【18:無名の日本人】

 俺はもう三天誅目。

 そろそろ胃がヤベェけど、日本人としての務めだからな


【19:無名の日本人】

 >>16

 米がなければカレーうどんにすればいいじゃない


【20:無名の日本人】

 これまで声を上げなかった怠惰への罰だ

 弱い俺に天誅!!!


【22:無名の日本人】

 投票に行くのダセーとか言って国民の義務から逃げた俺への天誅!


【23:無名の日本人】

 本当は好きなのに日本が好きって声に出して言えなかった俺に天誅!


【25:無名の日本人】

 日本の良い所はなんですか?って海外で聞かれた時にロクに回答できなかった非国民の俺に天誅!


【28:無名の日本人】

 銀の仮面が頑張ってるのに相変わらず家と会社の往復しかしてない意気地なしの俺に天誅!


【30:無名の日本人】

 子供の頃はヒーローになりたかったのにいつの間にか上司の不正を見逃してる俺に天誅!


【32:無名の日本人】

 おい、さっきまで残り数量四十あったのに買い占めた奴誰だ


【34:無名の日本人】

 灼熱の天誅味ばっかり売れてるじゃねーかよ!

 誰だよあんな激辛カレー買うやつは…

 ちょっと牛乳とアイス買ってくるわ


【36:無名の日本人】

 整腸剤とトイレットペーパー買うか


【38:無名の日本人】

 痛みに耐えてこそ俺たちは日本人だろ


【39:無名の日本人】

 痛みに耐えてよく頑張った!感動した!


【40:無名の日本人】

 >>39

 お前が痛みの元凶天誅!


【41:無名の日本人】

 >>39

 お前が日本を痛めつけた天誅!


【43:無名の日本人】

 >>39

 勘当したいのはこっちだ天誅!





 ―――どうやら一部の日本人には、一定の熱烈な需要があったようだった。






 金属加工業を営む五〇代の職人・津島明は、新潟県燕三条の工房で鏨とハンマーを握っていた。


 全国有数の刃物産地であるこの町では、かつては日本刀から包丁、建築金物に至るまでのあらゆる金属製品が職人の手で作られてきた。だが時代は変わり、現在は機械加工と海外製品に押され、町全体が縮小傾向にある。


 津島の工房も例外ではなかった。


 かつて五人いた職人仲間は今や二人だけ。残る者はみな定年や廃業で散り、今は家内工業のような形で細々と工房を続けている。


 だが、ある日。


 彼の娘が持ち帰った一枚の紙が、すべてを変えた。


 それは、銀の仮面の公式サイトのスクリーンショット。

 銀の仮面が左手を構え、魔法を撃つ瞬間のマントを棚引かせる姿だった。


「お父さん、これ見て。このマスク、お父さんだったら作れる?」


 それはただの市販のマスクではなかった。


 金属のような質感と陰影、曲面の美しさ、そして実用性と神秘性が同居するデザイン。

 津島は、何よりもその質感に心を奪われた。


(……この面、鍛冶屋の勘がうずく)


 津島は工房の一角に積んでいたチタン材の在庫を取り出した。

 鋳造ではなく、曲げ・削り・研磨による一点物。


「……一日、もらっていいか?」


「もちろん!」


 やがて完成した仮面は、厚み二ミリのチタン製。磨きとブラスト処理を繰り返すことで“銀”と“影”の風合いが共存し、光源によって表情を変える奇跡の仕上がりとなった。


 娘が試作品の写真をアップすると、コメントが殺到した。

 そしてダメもとで公式サイトのグッズページに出品申請してみた所、翌朝には無事承認された。


 津島は笑った。


「やるからには、受け継いだ魂を刻むぜ。燕三条魂を見せつけてやるわ」




 一方、東京・墨田区。

 衣装製作歴三〇年のベテラン服飾職人・小野寺恵は、夜なべ仕事の手を止めて銀の仮面の電波ジャックを見入っていた。


 布地のなびき、裁縫線の構造、黒と銀の絶妙なバランス。


(あの服……ただのコスチュームじゃない。動きやすく、機能的で、目を引く……完璧)


 その夜。


 恵は布を広げ、型紙を起こした。

 今まで多くの舞台衣装を作ってきたが、これはまさに、己の生涯の集大成だと感じた。


 銀の仮面・レプリカコスチューム。

 サイズ調整可能な合成繊維混素材。

 マントは通気性と耐熱性を両立した特殊布地。


「コスプレ用として売り出すわけじゃない。応援したい、背中を押したい。……私にできること、これしかないから」


 小野寺のコスチュームは、職人による一点ものとして公式サイトに出品され、注文が殺到する。

 そして、それぞれの技術の結晶は、全国各地の何者かになりたい者たちへと届けられていった。


 こうして。


 金属職人、服飾職人、食品メーカー、町工場。

 銀の仮面に心動かされた民間人の手によって、銀の仮面の姿は次第に、国民の生活へと根付いていく。


 それはもはや単なるキャラクターや流行りのグッズではなかった。


 祈り。願い。希望。魂。

 日本人が胸の奥に押し込め、口にすることを躊躇っていた、あらゆる概念の集合体。


 日本各地から日本各地に向けて銀の仮面への思いを乗せたトラックが走る。

 高速を。一般道を。突き当たりを。


 大動脈から毛細血管に至るまで網羅するように走る、無数の銀の仮面のカケラがパーキングエリアのガソリンスタンドに集う。


 自分が積んでいる荷の完全な詳細までは把握しきらぬまま、運転手たちは会釈を交わす。


 東京料金所の通過待ちのトラックの行列は明日を今か今かと待つ。

 正午、零時零分を迎えたトラックは再び走り出す。


 まだまだ夜は長い。しかし、新たな一日が訪れた。

 未明の日本を、元気に走り始めている。

次話は明日15時投稿予定です。

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