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18話 補償と代償

連載中・純文学〔文芸〕日間ランキング1位にランクインしました!

すべて・純文学〔文芸〕日間ランキングでは2位、連載中・純文学〔文芸〕 月間ランキングでは3位に同時ランクインしました。

只今非常に感激しております。皆様の応援のおかげで初めての1位をいただけました。ありがとうございます。

これからも引き続き本作をどうぞよろしくお願いいたします。

 朝の気配が、レース越しに差し込んでくる。

 その薄明の中、白田の自室リビングには、ソファにそのまま横になって眠る一人の青年がいた。

 傍らには複数枚の魔法陣スクロールが床に置かれていて、作業中にそのまま寝落ちしてしまったようだ。


「……風邪引いちゃいますよ、蓮くん」


 白田は眠る彼にそっとブランケットをかける。

 如月蓮――“銀の仮面”と呼ばれる青年は、呼吸だけをわずかに残して、眠るように意識を落としていた。


 原因は、明らかだった。

 八日深夜の詐欺グループアジト襲撃に始まり、九日未明の新宿警察署への遺体搬送を終えたその足で、詐欺被害者への補償品手配を九日の早朝、十日の早朝の二回を果たすまで一回二十分程度の仮眠を数回取っただけで碌に睡眠もとらず、約三十時間のあいだ連続して魔術式を行使した結果、魔力を使い果たしたのだ。


 詐欺被害者の手元へ直接「癒しのペンダント」を送り届けるという常識外の所業。

 名前も住所も分からない老若男女に、ただ“深い悲しみと銀の仮面を信じる心”だけを頼りに、全国数千件――それも、魔法転送という方法で、配布された。


 白田の役目は、公式サイトへのアクセス履歴と魔力波形の解析、そして個体識別の照合だった。

 このシステムの骨子は白田が構想したものだがそれを実際に稼働させているのは蓮の魔法によるもの。

 複数のディスプレイ・キーボードがずらりと並ぶ白田のデスクには市販の機器のみならず、蓮の細工によって特有の波形や謎の数値を示すスカウターモニターと魔晶石のバッテリーも新たに取り付けられている。


「技術的に不可能」とされていた部分を全て蓮の魔法で解決したシステム。

 電波ジャックで提示した、専用の読み取りコードをスマホやタブレットで読み取るだけで、蓮と白田だけにはそれが誰がどこからアクセスしたのかが分かるようになっている。

 ハッキングを試みたり、サイトを乗っ取るまたは改竄などの目的での悪意のあるアクセスを試みたものはこちらの判断でアクセス禁止したりBANすることも出来る。

 端末を変えても"生命固有の波動"によって容易に識別できるので、極端な話、"死んでやり直さないとアクセスできない"仕様となっている。



 スレの住人の一人に三日月党のホームページを作ったものがいるが、それは実は白田であった。


 詐欺グループの出現と詐欺被害拡大に胸を痛めた蓮は、「公式のアカウントを作った方がいいかな」などと口にしていたが、銀の仮面がSNSアカウントを作ったら一瞬で特定されるのは目に見えていた。


 従来の三日月党のホームページを蓮に見せ、「私がベースを作ったところに蓮くんの魔法で発信者情報が完全に分からなくなるような魔法とかあるかな?」と相談したところ、使用者の個人情報を完全に隠蔽する魔法があるからそれといくつかを絡めてみると出来るかもと回答。


 従来のページは警察や政府からの追及・捜査を逃れるため放置・風化させることにして、公式サイトを別に制作することを決定した(従来のホームページはあくまで無関係のファンが作った体裁を保つように、銀の仮面が公式サイトを作ったことでこちらが明確に非公式サイトになってしまったこと、利用者が公式サイトに流れたことによって維持が出来なくなったと理由をつけて閉鎖する予定)。


 通常のドメインを取得せず、地球上にもともと存在する龍脈に魔力を流し、それを超超大規模なローカルネットワークとすることで通常の通信回線からではアクセスすることが出来ないセキュリティと安全性を確保しつつ、現代のIT技術では公式サイトへの通信記録・発信者情報のみならず白田や蓮の管理者情報の一切が識別できない仕組みを実現した。


 蓮の多大な助力で公式ページを開設した白田は、蓮の魔法を借りながら、持ち前の知識と技術的アプローチで公式サイトを準備し、八日深夜から九日正午ごろ、蓮が電波ジャックによって読み取りコードを発表したことにとってようやくお披露目と相成った。


 PV数は一夜で三千万に達し、詐欺被害者と思われる特有の波長を持つユーザーからのアクセスも確認できた。

 あとはその発信源と波長を辿って"癒しのペンダント"を届けるだけ。

 しかし銀の仮面が現地まで行って希望者全員に直接届けることは不可能であるし、痕跡となってしまうため運送業者を利用することもまずありえない。


 これはやはり魔術的アプローチで解決する他ない。

 実際に送り届けるのは、白田の力では不可能だ。

 だから、蓮が――その身一つでやった。すべてを、魔力だけで背負って。


「ほんとに……無茶なんですから」


 湯気の立つマグカップをそっと机に置いて、白田は毛布の端を優しく整えた。

 蓮の額に浮かんだ冷や汗は、魔力切れの症状のひとつ。地球上で言う低血糖ハンガーノックのようなもの。純粋な魔力を補給できればいいが地球上で魔力を補給する手段はない。

 蓮があらかじめ魔石に充填した魔力を自己血輸血するか、休養して魔力が自然回復するのに任せる以外に方法はない。

 普通の魔術師なら、とっくに意識不明で救急搬送されているレベルだ。


 にもかかわらず、彼はただこう言ったのだ。


『俺は異世界あっちじゃ勇者だったから。こういう時は勇者が何とかするって相場が決まってるでしょ』



「……こっちでも勇者やらなくたっていいんじゃないですか」


 思わず、独り言がこぼれた。


 銀の仮面――あれほどまでに非情な裁きを下す存在が、こうして無防備に、まるで壊れそうなほど静かに眠っている。


 一昨日、悪人に容赦なく魔法を撃っていたと思ったら、魔法陣スクロールを床に広げて癒しのペンダントを作り、出来たそばから別の魔法陣スクロールで詐欺被害者たちに転送している。

 自分が眠っている間もリビングは明かりがついたまま、蓮は朝から晩まで製作と転送を続けていた。


 そのコントラストが、胸に沁みた。

 白田は、自分の中に湧いた感情に戸惑いながらも、眠る蓮を見続ける。


「あなたはそうやって一人で背負い込むように、五年を戦いながら過ごしてきたの」


 ふと、蓮の指先がわずかに動いた。

 その痙攣のような微細な動きに、白田はそっとその手を取った。


「もう少しだけ、休んでください。今日は、わたしが見てますから」


 パソコンのディスプレイには、多数の問い合わせと、朝以降の新規アクセス者の魔力波形データ。

 やるべきことは山ほどある。でも、彼女の眼差しは、眠る青年から離れなかった。


「……蓮くん。あなたの頑張りで、ほんの少し、朝が来てますよ」




 ---




 乾いた風が頬を撫でる。


 焦げたような空気の中、レン・キサラギは仲間四人と、赤い砂の大地を歩いていた。


 エルフの回復術師・フィーネ。

 鬼人族の大盾使い・ガルザン。

 竜人族の槍騎士・ドラヴィス。

 天使族の大魔導士・ミカリエル。

 そして異世界から召喚された人間の勇者・レン。


 エルディアの総力を結集した人類のオールスターとも言える最高戦力は魔王城へと向かう。


 人間国と魔王国の国境地帯に入ると空と大地の色ががらりと変わる。


 夕暮れに燃える平野は、人間国のような豊かな農地でも、魔王国のような果てしない荒地でもない、まだら色の地平が広がっている。


 黄昏の野を進むと、ほんのわずかな緑に寄り添うような村の外れに着く。

 人の気配がない瓦礫と化した村。住処であっただろう廃墟の壁に寄りかかるように一人の少年がしゃがみこんでいた。十にも満たない年齢、痩せた身体に傷跡がいくつも見える。


「こんなところで何をしてる?」


 レンが銀の仮面を外しながら声をかけると、少年は驚いたように振り返った。その瞳には、怯えと敵意、そしてどこか諦めきった虚無が宿っていた。


「……おれは、この村の住人だ」


 周辺は、凡そ村とは言えない状況。

 彼以外この村で反応がある者は感知できない。


「通りすがりの者なんだが、ここはココル村で合ってるかい」


「合ってるよ。でももうなくなっちゃった」


 光を失った目で、少年は乾いた声で笑った。怒りとも絶望ともつかない、全てを諦めたかのような感情。


 レンはしゃがみこみ、目線を同じ高さに落とした。


「名前は?」


「……」


「俺はレン。他の人は?」


「……みんな、しんだ。マモノが来て、キシダンはにげた。いつもはヘイタイにもっていくだけもっていって、こういうときは……すてごま」


 レンは、そっと拳を握った。エルディアでは、こうした出来事が日常茶飯事だった。人類と魔族の戦争は何百年も続いている。戦いがあって当たり前のこの世界では、自分の身を自分で守れない弱き者は置き去りにし、都合の悪い真実から目を背ける者が多かった。


「―――そうか。一人か」



 蓮はアイテムボックスから、ストックしてあった食事を取り出した。

 ポトフと堅パン、そして水筒を差し出す。


「温まるぞ。食べな」


 少年は睨みつけたまま動かなかった。だが、ふとした風が吹き、レンの目元に浮かんだ疲労と誠実さを映し出すと、わずかに視線を逸らした。


「……どくとか、入ってないよな?」


 少年の疑念がこもった目の前で、レンはポトフを一口すすって見せる。

 十数秒、何も起こらない事を示すと、器を少年の方に差し出す。

 恐る恐るポトフの器とパンを受け取った。そして、パンをポトフに浸し、慎重に齧る――次の瞬間、彼の目が大きく見開かれた。


「……あったかい」


 風のない荒野のはずだったのに、頬に生ぬるい風が吹き抜けた。


「動くと濃い目の味付けが欲しくなるよな。そして水も欲しくなる」


 レンが出した水筒も少年は差し出されるままに受け取って、毒見などさせずに口を付けた。

 少年は無言で食べ続けた。咀嚼の音だけが、赤い夕空の下に響いた。


 土色の肌。紫色の唇。ボサボサの髪。細かい傷だらけの手足。擦り切れたボロボロの服。着の身着のまま、手ぶらで焼け出された子供の、必死にがっついて生きようとする姿。


 レンは少年が食べている傍ら、懐から水色の魔石と、少量の金属・布を取り出した。

 水の洞窟や水棲モンスターなどから入手できる水の魔石は、魔力と純度が高いほどに極地の氷山の雪解け水のように不純物が全く含まれていないような透明感が生まれる。

 先月、水神の加護を得るために水底洞窟へ挑んだ際に大量に獲得したそれらは、リヤカーで何台分もの量をストックしていた。


「―――装具錬成ギアクラフト、―――術式付与エンチャント、―――慈雨照天メルティレイン


 レンが魔石と金属を錬りながら呪文を行使すると、雫型に磨かれた魔石を、金属の土台が網目状に包み込んだ。


 紐が付けられ、首からネックレスとして着けられるようになったそのペンダントを少年の首に提げる。


「全ての悲しみを洗い流し、心を晴らすと願って作った」


 少年は戸惑いながらペンダントを手に取った。その手がかすかに震えている。


「それを持っていると、辛さや悲しさに苦しまなくて済む。必要以上に自分を追い詰めたり絶望することも無くなる。君は恐らく前に進めるだろう。進むことを諦めなければ、君は大丈夫だ」


 しばらくの沈黙があった。


 少年は目を伏せ、胸元にそのペンダントを抱きしめた。


 そしてようやく、震える声で言った。


「……ありがとな」


 レンは何も言わなかった。ただ、その横顔に柔らかな微笑を浮かべた。


「―――瞬間移動テレポート


 少年の足元に魔法陣が広がる。

 光が消えると、少年の姿もそこから消えていた。


 完全に人が消えた廃村にはレンたち五人だけとなった。

 後ろから声が聞こえる。


「おいレン、変わった事をするじゃないか。そんなことまでしてやるなんて」


 ドラヴィスが槍を担いだまま笑う。

 レンは振り返ることなく、少年が座っていた瓦礫を見つめる。


「一昨日の町まで距離があるだろ。子ども一人では無理だと思ったからだ」


「そうじゃなくて。ペンダントの事じゃないかしら」


 ミカリエルが補足して問いかける。


 今までレンがペンダントを作って寄越すようなことは一度もなかった。

 特例とも言える救済措置にフィーネも疑問を投げかける。


「どんな気の迷い?レンにしては珍しい」


 避難民たちに食料を渡して安全な地まで案内する事は何度かあった。

 しかし今回の一人の子供に対して行った待遇は、やや厚い印象を受けた。


 そんな彼らの疑問は当然の物だったが、レンもこの行いは当然の物だった。


「あの子は、昔の俺だ。小さい頃、俺は飯も服もろくに与えられず、大人を信用できない子供だった。やがて俺は親に見捨てられ、施設に入った。孤児院ってやつだな」


 仲間四人は、レンの言葉に表情を引き締める。


「今でも俺は、心の底から手放しに他人を信用することが難しい。素直になれればいいのに、どこかでまた裏切られるんじゃないかって怯えてる自分もいるんだ。そんな俺が子どもの頃に大人から受けられなかった愛情を、俺が今の子供に注いで、取り返してるようなものだ。……代償行為?補償行為だったっけ。まあいいや」


 レンは銀の仮面を着けながら立ち上がる。


「優しくしようと思ってした訳じゃない。俺が昔、されたかったことをしただけだ」


 ガルザンは、背中を向けたままのレンに語り掛ける。


「動機が自分の為でも、人の役に立っているなら、それは充分に勇者の責務を果たしたと言える。己の事のみを考えて民衆が幸福を享受できるならば願ったり叶ったりではないか。鍍金の利他主義よりは余程信用できるぞ。己の為に動いて世界が幸福になるなら、やはりお前は勇者の素質があったという事だな。はっはっは!」


 ガルザンの高笑いの中、フィーネはレンの肩にそっと触れる。


「世界を幸せにしようと考える必要はない。まずレン自身が幸せになる事を考えればいい。ひいてはそれが民の幸せに繋がる。レンの目指す勇者像は、"どうすれば自分が幸せになるかを追い求める"ことだと私は思う」


 レンは、銀の仮面の上から指を抑えた。

 うつむきながら、一言も発さず、細く長い息を努める。


 肩に添えられた温かい手。

 背中を守ってくれる頼もしい戦友たち。


 あの頃一人だった自分のそばにはこんなに素晴らしい仲間がいる。


 振り返らず、レンは問いかけた。


「俺の幸せのために着いて来てくれるか」


 四人は顔を見合わせ、頷いた。


「はい」

「おう」

「ええ」

「もちろん」


 魔素を含んだ、ぴりっとした風が吹く。乾いた風。

 戦いの予感を思わせるこの風の中でも、安心して背中を任せられる仲間がいれば心強い。


 沈みゆく夕日が、五人の影を長く伸ばしていく。


 黄昏の野を、再び進む。


 彼方の空に、星が瞬き始めた。




 ---






 目を閉じていたはずの瞼が、ふいに重さを手放す。


 LEDライトに照らされた天井は白く、静かだった。時計は十一時を差している。だがカーテンの奥は真っ暗だ。これは午前十一時ではなく午後十一時なのだと気付く。

 白田の自宅で癒しのペンダントを作って送っている最中だったと思い出した蓮がソファから起き上がると、床には置きっぱなしになっている魔法陣スクロールと魔石・金属・紐などの素材の山。


 自分にブランケットが掛けられていることに気付く。

 蓮が左右へ視線を動かして姿を探すと、白田はデスクで公式サイトに寄せられた問い合わせ内容やグッズ申請などの雑務を処理していた。


「……夢か」


 小さく、掠れた声で呟く。


 やけにリアルな夢を見た。

 喉が渇いて少し痛い。空腹で胃が絞られるような感覚。全身がだるい。熱はないが、芯から疲労が抜けていない。


 ろくに寝ずに製作と転送の術式を回し続けていたはずだ。詐欺被害者に向けて、三千を超える「癒しのペンダント」を、全国各地の“願った人々”に一斉に届けるために。


 魔法の行使そのものは問題ではなかった。問題は、届ける相手の心の座標を確定し、転送を成功させるという、高密度の魔力と精神集中を要求する儀式だったことだ。


 気づいた時には意識が白くなり、床に倒れていた。


「……」


 そばに置かれていたマグカップにはすっかり冷めた紅茶。

 一旦手に取ってみるが常温に戻っているのが分かる。

 温かいうちに飲めばよかったなと名残惜しさを感じつつ、テーブルに戻す。


 衣擦れとマグカップの陶器の音に気付いた白田が、椅子を回して振り向いた。すぐさまそっと近づいてくる。


「……目が覚めましたか。おはようございます、蓮くん」


「……ああ。おはよう」


 返事の声は情けないほどに掠れていた。それでも白田は微笑を崩さなかった。


「まだ起き上がらなくていいです。水、飲めますか?」


 そう言って差し出してきたのは、常温のペットボトルの天然水だった。さすがに魔力を使い果たすほどの作業のあとは、これくらいしか喉に通らないことを分かっている。


 蓮は受け取ってキャップを開けようとするが、どうにも力が入らない。

 苦戦する蓮を見るや、白田は代わりにキャップを開けてあげる。


「無理はしないでください。しばらくは動かない方がいいです。三日も徹夜して作業してたら、身体が保ちません」


「……三日か」


「ええ。九日の午前五時に第一便、十日の午前五時に第二便の配送。配達完了を確認して次の配送に取り掛かり始めてすぐ、気を失われました。だから寝た方が良いって言ったのに」


 白田の声には呆れと労りが滲んでいた。


 蓮は、小さく笑った。


「格好悪いな、正義の代行者が、こんな有様じゃ」


「……私はむしろ、“らしくて”いいと思います」


 そう言った白田の声には、どこか照れくさそうな、それでいて少しだけ安堵を帯びた響きがあった。


「私、初めてあなたの寝顔を見ました。……なんだか、子どもみたいでしたよ」


「……それ、褒めてる?」


「ええ、もちろん。全部が完璧すぎると近寄りがたいですし、多少は隙があった方が可愛いと思いますよ」


 白田はふわりと笑って、立ち上がる。デスクに戻ると新しくなった銀の仮面公式サイトの管理画面が映っていた。


「グッズページへの出品申請が、累計で三百を超えました。今も増加中です。出品申請の認否は今のところ私がしていますが、判断が微妙なものは保留にしています。……蓮くんはもう少し寝ていてください」


「白田さん。……本当に、ありがとう」


「いえ。これくらいは。私に出来るのはこれくらいですから。…むしろ私の方が感謝の言葉を言うべきです」


 軽やかな口調で言いながら、白田はもう一度、ソファの隣に膝をつく。そっと蓮の額に手を当てる。


「まだ少し熱いですね……もう一眠りしてください。明日の配送は休みましょう。次は体調が戻ってからで」


「……わかった」


 蓮は素直に目を閉じた。


 眠りに落ちる直前、彼の耳に聞こえたのは、白田の小さな独り言だった。


「あなたが、全部背負わなくてもいいんですよ」


 蓮はその言葉に返事をしなかった。けれどきっと、その心には届いていた。


 穏やかで静かな夜だった。

次話は明日20時投稿予定です。

この話が面白いと思った方は★★★★★を押していただけると幸いです。

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