記録95 密偵の侵入について
いくら戦争の危機が近づいているとはいえ、今はまだ平時である。この自由カオラクサが商業都市である以上、自由カオラクサ市民であれ、フォーゲルザウゲ伯爵家領邦の領民であれ、はたまたもっと遠方からやってくる商人たちであれ、それらの人びとの流出入を阻害することなど、できるわけもないし、するべきでもない。
まさにこの自由カオラクサがその名に冠しているの自由こそが利潤を生みだすための土壌であるのだが……しかし一方で、それは対立勢力からの密偵の侵入を、究極的には阻害できないということを意味していた。
自由カオラクサのあちこちで、人探しをする者が現れた、という情報が上がってきた。おそらくはバルバナーシュ・フォーゲルザウゲの手の者であろう。彼らは、フォーゲルザウゲ伯爵家領邦から家出娘が逃げ出してそれを探しているとして、なにか最近になって美しい若い娘がこの自由カオラクサにやってこなかったかと、聞いて回っているらしい。
つまり、ついに敵方が、ハータ嬢の捜索範囲をこの自由カオラクサにまで広げてきたということになるだろう。
今の時点では、ハータ嬢の存在や、自由都市執政が第二秘書を登用したということは、うまく隠し通せているように思える。情報統制に抜かりはないはずだ。(もしもこの情報が市民たちにも漏れ出ていたのなら、きっとその噂はあっという間に尾ひれがついて広まっているに違いない。そうなれば、わたしは例によって市民たちから、あることないことを好き勝手にいわれることになるだろうから、今の時点でそれがないということは情報が漏洩していないことの証左となろう)
しかし、いつまでもその情報秘匿が守られるかどうかは不明である。例えば敵方が、ハータ嬢がこの自由カオラクサにいると断定した上で、総力を挙げた諜報を行えば、市庁舎で彼女を匿っているということが明るみに出てしまうかもしれない。
いずれにしても、次の局面に備えておく必要がありそうだ。




