記録93 捜索範囲について
囚われの身になったはずのハータ・フォーゲルザウゲ伯爵令嬢の遁走は、今の時点では公にはされていないようだった。バルバナーシュ・フォーゲルザウゲとしては、その情報によって領内の反乱が惹起されることを恐れているのかもしれない。あくまでも、ハータはすでに手の内にあり生かすも殺すも胸先三寸である、という風を装っておいた方が、領内のハータ派を抑え込むことができるという目論見なのだろう。
しかし一方で、バルバナーシュは兵を動かして、ハータ嬢の行方を探ってもいる。……一種、滑稽な感じもするが、『誰を探しているかは言えないが、その誰かを探している』ということになるのだろうか。そんなことだから当然、フォーゲルザウゲ伯爵家領邦の領民たちも、バルバナーシュによる今回の政変においてなにか計算外のことが起きているということに、うすうす勘付き始めているようであった。中には、ハータ嬢がすでにバルバナーシュの手を逃れたことを察している者たちもいるだろう。
今の時点では、その捜索はフォーゲルザウゲ伯爵家領邦の領都と周辺の地域に限られているようだった。その点で言えば、真っ先にこの自由カオラクサへと逃れてきたハータ・フォーゲルザウゲ嬢は、バルバナーシュの裏をかいたと言える。ただし、いずれはその捜索範囲が広がり、この自由カオラクサにも疑いの目を向けられることも考えられた。伯爵位継承の対立候補を匿っているとなれば、あやをつけるには十分な理由となるだろう……。
さて。
ハータ・フォーゲルザウゲ嬢秘匿のための諸々も、落ち着き始めている。今では彼女は、自由都市執政の第二秘書という肩書を手にしている。秘書という名目ではあるが、アデーラのように連れまわすわけでもないので、今のところは衆目からは隠されている。
当座の安全が確保されたが、そうなると、やはり彼女がこれから何を企んでいるのかが気になってくるところである。
わたしは彼女に、フォーゲルザウゲ伯爵家領邦をバルバナーシュの手から奪い返そうという意思はあるのかと、それとなく聞いてみたが、今は雌伏の時ですからといって、彼女は明言しなかった。
まあ、これはこれで悪くはないだろう。これが仮に、今から領都奪還のために攻め込むので兵を貸してくれと言われても、さすがにそれには対応しかねるところである。(そもそも、自由カオラクサの兵力というのは、基本的には防衛と治安維持のためにあり、よそ様に攻め込むようなことは想定されていない)




