記録89 バルバナーシュ・フォーゲルザウゲについて
突発的な武力蜂起によって、フォーゲルザウゲ伯爵家の領都を乗っ取ったバルバナーシュ・フォーゲルザウゲであるが、人望に乏しいらしく、彼の支配が領邦全土にいきわたったわけではないらしい。そんな中でバルバナーシュは、妹であるハータ嬢に対しての狼藉に引き続き、あろうことか父であるフォーゲルザウゲ伯爵その人に対しても実力を行使し、その伯爵位を強請り取ったという。
なんて男だ……と、わたしはそのバルバナーシュ・フォーゲルザウゲという男にあきれ果てた。
そりゃあ、たしかに領邦というものは貴種が土地と平民を所有するという後進的な世界なのではあろうが、今回のバルバナーシュ・フォーゲルザウゲのそのやり方は、あまりにも強引で、徳がない。実際にバルバナーシュという男はフォーゲルザウゲ伯爵家領邦における軍権を握ってはいるのだろうが、逆に言えば彼は辛うじて軍権を抑えているだけの男にすぎないように見える。手が届く狭い範囲では、手勢の腕力によって好き勝手出来るのだろうが、しかしそのような男に、領邦という広大な空間を治めることなどできるのだろうか?
実際のところ、バルバナーシュが領邦軍からの支持を得ていたのに対し、ハータ嬢は軍以外の大部分、つまりは大多数の領民、農村部の豪農、領都の商人たちからの支持を得ていたはずである。
バルバナーシュも、その武力をちらつかせれば、表向きには領民たちを従わせることもできるだろうが……。千年も前の時代ならいざ知らず、現代の政治というのは、そんなに単純なものではないのだが。
しかし、こうなってくるとなおのこと心配なのは、囚われの身になったというハータ嬢である。バルバナーシュ・フォーゲルザウゲにとって、ハータ・フォーゲルザウゲの存在は疎ましいものに違いがないはずだ。ハータ嬢は領民たちからの人望を集めているがゆえに、領民たちからの人望がないバルバナーシュに処刑されるのではなかろうかと、心配になる。そしてこの心配は、そこまで突飛なものでもないはずだ。
彼女が自由カオラクサに来訪していたときの、あの姿が嫌でも思い浮かんだ。凛々しい男装姿であったが、密かにわたしと情報共有をしていたときの、悪戯っぽい笑顔……




