記録88 謀反について
フォーゲルザウゲ伯爵家領邦の領都に潜伏している間諜から、信じ難い情報が入ってきた。
ハータ・フォーゲルザウゲ伯爵令嬢が、領都にて突如その身を囚われたという。ハータ嬢は事実上のフォーゲルザウゲ伯爵家次期当主であるにも関わらずである。これは一種の謀反に違いなく、その首謀者はバルバナーシュ・フォーゲルザウゲ、つまりハータ嬢の兄にあたる男であった。
この報せを聞いたとき、わたしは思わずハータ嬢の身を案じていた。身を囚われる、といっても、それはどの程度のものなのか。単に押し込められて軟禁されているのか、あるいは牢獄に繋がれて虐待を受けているのか……。
人情の面を抜きにしても、この情報が事実だとすれば、自由カオラクサにとっては望ましからざる状況に違いない。聞くところによると、このバルバナーシュというのは苛烈な男であり、自由カオラクサ再併合を強く主張しているとのことだ。もしもこのまま、フォーゲルザウゲ伯爵家領邦がバルバナーシュの手に落ちるのならば、それは自由カオラクサの自由と独立が危機に瀕することに他ならないだろう。
しかし、疑問がある。フォーゲルザウゲ伯爵家の跡目争いは、ハータ嬢が圧倒的に優勢であったのではなかったか? 劣勢であるバルバナーシュが、乾坤一擲のこの謀反を起こしたとして、それが安定的な支配体制に繋がっていくとは思えないが……。(もしかしたら、なにか後ろ盾があるのだろうか。いまこのご時世で考えられる後ろ盾となると、やはり貴族派諸侯ということになるだろうか。であれば、そこから逆算するに、ハータ嬢は貴族派諸侯から切り捨てられたということになる。まさか、彼女とわたしとの内通が原因ではあるまいな……)
詳細は、いまだ分からない。しかし、フォーゲルザウゲ伯爵家の軍がなにか戒厳体制をとっているのと、ハータ・フォーゲルザウゲ嬢がその姿を消したというのは、確からしかった。




