記録85 共和政府軍の自由カオラクサへの駐屯について
貴族派の内部で自由カオラクサ攻囲の機運が高まっている──という旨を、定例報告にやってきていた特務魔術師エウラーリエにそれとなくほのめかした。(むろん、その情報元がハータ嬢であるということは隠した上で)
エウラーリエは、やや考え込むと、おずおずと切り出した。
「実はですね、自由都市執政殿。共和政府には、いずれ起こると思われる共和派と貴族派の衝突に備えての計画案があるのです。──つまり、あらかじめ共和政府の軍をこの自由カオラクサに駐屯させておくという案ですが……」
彼女のこの言葉を聞いたとき、わたしは思わず眉をひそめていた。その態度が無礼だったとは思わない。むしろ、もっと露骨に、もっと全身を使って、その提案に対して嫌悪感を露わにするべきだったとさえいえるだろう。
自由カオラクサへの、共和政府軍の駐屯! 確かに、それさえあれば、貴族派の侵略はくじかれることであろう……しかし、侵略されることと、共和政府軍に駐留されること、その二つにどれほどの違いがあるのだろうか。
無論、共和政府は自由カオラクサの同盟者である。有事の際であれば、共和政府軍こそが貴族派の侵攻を打ち破るための重要な要素となるに違いない。それは確かだ。
しかし、いまはあくまで平時である。自由カオラクサの指揮系統にない軍の駐留を平時から認めることが、何を意味しているのか? それがどのような結果を引き起こすのか? ……それは自由カオラクサの自由と独立の喪失に他ならない。相手が同盟軍であろうと、この根本原理には変わりがないのだ。
わたしのこの考えは、自分勝手なものかもしれない。利己的であるのは確かに思える。危機にあっては助けてほしいが、それ以外の場合では近づかないでほしい、と言っているわけなのだから。これほど都合がいい要望もあるまい。
それでも、今のところは、共和政府軍の自由カオラクサへの駐屯を認めるつもりはない。自由であること、独立しているということは、こういうことであるはずなのだ。




