記録84 物語について
「この間、帝都の空騎士がこの自由カオラクサにやってきたのをご存知でしょう。実はあれは予行演習も兼ねていたのです。共和政府の計画としては、もしも戦端が開かれたのなら、まず空騎士の大部隊が帝都から向かってくるわけです。共和政府軍の歩兵とは違って、街道を封鎖しようとも彼らは悠々とこの自由カオラクサにまでたどり着けますからね。……と、いうのはどうでしょうか」と、わたしはハータ嬢に向かってこの思い付きを話した。
これは特に根拠もない話であり、実際に共和政府とそのような話をしたということもない。いまこの場で必要なのは、貴族派諸侯の侵攻意欲を挫くための物語であり、その真偽はとわれていない。
こちらとしては、思い付きの割にはなかなかいい考えだと思ったのだが、ハータ嬢の顔は渋かった。
「たしかに、それなりに説得力はありますが……しかし、その話を、密かに貴族派の中に流布したとして、諸侯が攻撃を思いとどまるまでにはいかないように思えますね。貴族派諸侯は、以前に自由イナノイアを陥落せしめたときのことに味を占めているようですから。多少の脅威による多少の損失が見込まれたとしても、自由カオラクサを手中に入れれば元は取れると、そう考えているに違いありませんから」
わたしとハータ嬢は、今日も聖堂の中にいた。高い高い天井の下の、中央の座席。双方のお付きの者たちが出入口から遠巻きにこちらを見守っている中、二人だけの密談である。
此度のハータ嬢の自由カオラクサ滞在も最終日であるため、ある程度は話をまとめておきたかったのだが、それは難航していた。
貴族派諸侯の侵攻意思を挫かせるための物語──そんなものが、あるのだろうか? あるとしたら、それは劇的で、根本的な話となるだろうが……
そこで、わたしはふと思いついた。
「それでは、このような話はどうでしょう。──実は、共和派は魔術研究の結果により、魔術災害を自由に発生させることができるのです」
「魔術災害?」
「以前、皇領ルガンエの蜂起の際に、人びとが完全に無力化されたというじゃないですか。あれは単なる事故ではなく、共和派の特務魔術師による意図的なものだったんですよ。そしてそれは、この自由カオラクサでも思うがままに発生させることができる。もしも自由カオラクサが侵攻を受けたのなら、その魔術の使いどころでしょうね。……というのは?」
「なるほど」と、ハータ嬢は興味深そうにうなずいた。「確かに、すでに一度発生したことならば、二度目があるとなってもおかしくはありませんね。それに、魔術というものには、近づきたくない恐ろしさとおぞましさがある。……これならば、ある程度の効果は見込めそうですね」
わたしはようやく胸をなでおろすことができた。




