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記録71 歌姫の一人について


 本山歌劇団座長の来訪を目前にして、アデーラは何やら落ち着かない様子だった。──アデーラのこれまでの言動から、かつて彼女が本山にいたころ、歌劇団との間に何かがあったらしいというのは明白に思えた。砦の修道会の人間から、今になって何かしらの過去を暴かれて糾弾されるのを恐れているのか、それとも単純に過去の出来事を嫌悪して疎ましく思っているのか、その内実は定かではないが、普段は泰然としているアデーラが動揺を見せていると、わたしにもなんだか憐憫の情が湧いてきた。

 歌劇団の座長が来ている間は席を外してもいいぞと彼女に言ってやれば、アデーラは最初それを断ろうとした。自由都市執政殿の身を守るためにそばを離れるわけにはいきません、と彼女はいったが、仮に暗殺者がこちらを狙っていたとしても修道女たる本山歌劇団座長がいる場では人殺しなんてしないだろうと、わたしは返した。結局、アデーラはその一時の暇を受託し、執務室から出て行った。

 さて。

 やがて、本山歌劇団座長殿がこの政庁にやってきて、彼女とわたしは一対一で、なんとも形式的な挨拶を交わすことになる。……しかし、この本山歌劇団座長というのは、実際にはもういい年齢のはずであるが、随分と若々しく見えた。やはり、本山の修道女がその身に宿す功徳というのは、わたしのような俗人からすると、計り知れないものがあるようだ。その座長自身は、年齢を理由にすでに歌劇の女優を引退しているとのことだったが、本山歌劇団の歌姫たちの中に混じっても、なんら遜色がないようにみえた。一方で、その目に宿る狡知や、話しぶりは確かに年齢の追加さねを感じさせるものであり、わたしはなんとも奇妙な気分にさせれた。

 さて。

 そんな本山歌劇団座長殿との形式的な挨拶も一通り終わるころになると、何やら扉の外のほうが騒がしくなってきた。

 何事かと様子を見てみれば、その騒がしさの渦中にいたのは、アデーラと、本山歌劇団の歌姫の一人だった。その歌姫は、尋常でない剣幕でアデーラに縋りつき──というか、掴みかかり──こう叫んでいた。

「どうしてですか、アデールカお姉さま!」


※『アデールカ』は『アデーラ』の愛称形



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