記録68 本山歌劇団の招聘について
参事会補選の候補者のひとりが、本山歌劇団の招聘を取り付けたようだ。本山歌劇団といえば、この大陸で最も名高い歌劇団の一つである。砦の修道会の下部組織であるこの劇団は、六人の聖女の御業を題材とした宗教劇でよく知られている。(実際、その手の分野に疎いこのわたしでさえも知っているということは、かなり有名であるということだ)
この本山歌劇団の公演を実現するのに、一体どれだけの寄進やら賄賂やらが必要だったのだろうか? おそらくは相当の額が費やされたに違いない。公演が成功裏に終われば、その主催者は、大きな名声を得ることになるだろう……それこそ、参事会補選においては多くの票を集めるであろうことは確実に思える。
今日、その公演の主催者となる立候補者が市庁舎にやってきた。この自由カオラクサにおける催し物の開催については、最終的には自由都市執政の認可が必要になるからだ。もっとも、この認可というのは、通例、よほどのことがない限りは流れ作業で決裁されるものである。補選のくだらないいざこざに巻き込まれたくないわたしは、それを淡々と処理した。
本山歌劇団の公演開催の認可を受けたその候補者は、ひとまずはほっとしたようで、しかしなにか気がかりなことが残っているようなそぶりを見せた。
「ときに、執政殿。この公演における警護は、万全となるでしょうか」
「催事警備の慣例に従って、こちらからは衛兵を遣ることになると思いますが。……なにか、気がかりなことでも?」
「それがですね、執政殿。わたしが懸念しているのは」その立候補者は、脂っこいその顔を近づけてきて、ささやくように続けた。「つまり、この公演を妬んで、妨害しようとしている輩がいるんじゃないかと、そう疑っているわけです」
「それは……非紳士的な話ですね」
「そう、非紳士的! まさしくそれです。執政殿もご賢察のことでしょうが、いるでしょう、それをやりかねない男が。あの、組合の男ですよ。あの手の奴が、作法を弁えているとは思えません。いったいどんな卑怯なことを仕掛けてくるか、わかったものじゃない。そりゃあねえ、他の立候補者にはこのような疑いを持ったりはしませんよ。しかし、あいつだけは、あの凶暴な顔つきの男だけは別です」




