記録55 秘密同盟について
今日、ハータ・フォーゲルザウゲ伯爵令嬢が、護衛の者たちを引き連れて、この自由カオラクサにやってきた。わたしは彼女を政庁に招き入れようとしたが、彼女はそれを断り、自由カオラクサ修道院を会談場所に指定してきた。
名目上、修道院は非武装中立地帯であるわけで、その提案を断る口実も思いつかなかった。市民たちの物珍しそうな視線の中、わたしたちは修道院へと向かい、人払いした聖堂に入った。
聖堂の出入り口には、こちら方の護衛とハータ嬢方の護衛が、内外を固めた。そして、わたしとハータ嬢は聖堂に並ぶ席の中央あたりに隣り合って座った。護衛の者たちから目が届くが、潜めた声までは届かないような距離である。
「さて、自由都市執政殿──」と、ハータ嬢は切り出した。今日のハータ嬢も、勇ましい男装姿であった。それでも、すぐ隣の席に座って間近で見てみれば、その中性的な感じはいっそ蠱惑的でもあり、なにか普通では刺激されない感覚が刺激されるような、奇妙にむず痒い心地となった。
「──回りくどいのは好きではありません、率直にいいましょう。自由都市執政殿、わたしと手を組んでください。秘密同盟を結びたいのです」
「それは、どういう意味でしょうか」
「わたしの目的は、単純明快です。フォーゲルザウゲ伯爵家領邦と、あなた方自由カオラクサの間での戦争を回避したいわけです。貴族派と共和派の先鋒として衝突するよりは、平和状態を維持したほうが、お互いの利得となるでしょう」
「フォーゲルザウゲ伯爵家は、自由カオラクサの再併合を宿願としているのではありませんでしたか」
「父や兄はそうでしょうね。他の貴族派諸侯は、フォーゲルザウゲ伯爵家のその事情を利用して、開戦をそそのかそうとしているわけです。……しかし、わたしは父や兄とは違います。領民の大多数だって、今更自由カオラクサを再併合するなんてことは望んでいない」
「……理屈は通っているように感じます。しかし、信用に足る物的証拠がありません」
「もとより、この場で即座に合意できるとは思っていません。まあ、これから争議の名目で何度も顔を合わせることができるわけですから。……それと、今回は、ひとつ手土産を持ってきました」
「手土産?」
「ええ。貴族派の軍事機密です」ハータ嬢はそこで一度、周囲を見わたした。護衛たちと十分に距離があることを改めて確認すると、こちらに向き直り、一層顔を近づけた。
「貴族派は、近々軍事行動を起こします。もっとも、目標はこの自由カオラクサではありませんがね」




