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記録47 今回の騒動の結末について


 実態ははともかくとして、表向きとしては、大主教の仲立ちにより参事会と修道院長が痛み分けとなった今回の件であるが、そんな中、一連の騒動で株を上げた人物がいた。それは、自由カオラクサの自由都市執政──つまりは、わたしである。

 なんで? ……というのが率直な感想である。

 正直なところ、参事会による修道院の包囲が始まって以降、わたしは右往左往するしかなかったというのが、自分自身に対する認識だ。そして結果的に、わたしがなにかを達成したという事実はない。

 それだというのに、最近の巷では、参事会と修道院長との対立を治めるために大主教に取りついたのは自由都市執政ではないかという説がささやかれるようになっているらしい。

 確かに自由カオラクサの市井の人々からすれば、帝都の共和政府の策謀などというのは見えていないのだから、錯誤することは仕方のないことなのかもしれない。そういえば、そもそも世間では、魔術装置の利用すなわち自由都市執政の政策という図式が、良きにせよ悪しきにせよあったものだから、その点でも、遠隔通信による大主教のお言葉というものがこのわたしに結び付けられているのかもしれない。

 そういうわけで、自由カオラクサ市民からの、わたしに対する支持率というものが高まっているらしい。

 そりゃあ、悪く言われるよりは良く言われる方がいいわけであるが……しかし、その実体のない称揚というのは、どこかおさまりが悪いものを感じてしまう。


 今回の騒動で、自由都市執政は名を上げ、参事会は痛み分けとしながらも実利を得た。

 そして一方で、修道院長は面目も実利も失った形となった。いま彼女は、不貞腐れたように修道院の中に引きこもっている。大主教からの直々の叱責を受けてしまえば、しばらくはおとなしくするほかないのだろう。

 これが、今回の騒動の結末である。


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