記録45 恐ろしいことについて
衛兵たちによる包囲を通り抜け、わたしはアデーラを引き連れて修道院へと向かった。修道院長との交渉のためである。わたしは修道院長に降伏を勧告するつもりだった。
背中には、衛兵たちの視線が注がれているに違いなかった。──頼んだぞ自由都市執政、いくらおれたち衛兵が参事会の命令で動いているとはいえ、武装したまま修道院の中に押し入るなんていう罰当たりなことはしたくないんだ──と彼らは考えているはずだった。
命令に従わざるを得ない衛兵たちの願いには応えてやりたかったが、しかし、事態がどのように転ぶかは、わたしにもわかっていなかった。
修道院への侵入への抵抗はなかった。中は人気もなく、静まりかえっていた。修道女たちは、どこか安全な場所に隠れているのだろう。
周囲を警戒しながら、奥へと進んでいく。もしも突然物陰からあの暗殺者が現れたら、すなわち、その時点でわたしはなすすべもなく殺されるだろう。……そのような無作法はないと思うが、なにが起こるかが分からない混乱した状況である。
やがて聖堂にたどり着いた。重々しい扉を開く。
修道院長は聖壇の前にいた。そして、旅装の修道女──暗殺行脚者がその側に控えていた。二人とも、つまらなそうに、さして感情がこもっていない視線をこちらへと向けていた。
──この二人はもしかして親族か? とくに根拠もない直観が働いた。まあ、実際のところは確かめようがないのだけど。
わたしは、おそるおそる聖壇へと近づきながら、声を上げた。
「修道院長殿、もう終わりにしてください。あなたは暗殺という禁じ手を使ったが、参事会も聖域への武力行使という禁じ手を使おうとしています。あなたが頭を下げる以外に、この混乱を治める方法はない」
修道院長はこちらを睨みつけた。
「恥知らずの不信心者に下げる頭はありません」
「いい加減にしてください! ……そもそも、ここで突っぱねたところで、どうしようもないじゃないですか。いまに参事会は衛兵たちをこの修道院に突入させる。恐ろしいことですが、参事会は恐ろしいことも厭わない。そうなったら、あなたにできることはない」
わたしは、ちらりと視線を旅装の修道女の方に向けた。
「……たしかに、そこの剣客はチャンバラが強いかもしれないが、せいぜい衛兵を十数人切り捨てるだけです。多勢に無勢、あなたがたは二人とも、物理的に排除される。そうなったら、全てが終わりでしょう」
「ふん、『全てが終わり』?」修道院は突然にやりと笑った──それは、これまでのすました印象から一変した蛇のような笑みだった。「あなた、ちょっとは賢いと思っていたのだけど、少し買いかぶりすぎていたみたいね」
「なんの話ですか」
「終わりなんかじゃない。衛兵たちがこの修道院に突入したら、それが始まり」
「──」
修道院長はなにを言っているんだ? わたしは困惑した。全てが終わりじゃないか。修道院長はこの修道院から追い出され、そして参事会は聖域侵犯の汚名を負うことになる。双方が大損だ。誰も、何も得をしない。あるのは混乱だけだ。
まさか、混乱、なのだろうか。
この修道院長は自由カオラクサに混乱をもたらそうとしているのか。いったい何のために? 自由カオラクサが混乱して得をするのは──
聖堂の中を仰ぎ見る。差し込む淡い光が、天井の高い空間の中で揺らめいた。
その時、修道院に誰かが駆け込んできた。




