記録42 面影について
今日はかつての奉公先に顔を見せる日だった。
旦那さまも奥さまもご壮健のようだった。何よりのことである。この夫婦の実直で、慎ましやかで、健やかな姿を見ると、心が洗われるようだ。……本当に価値があるものというのは、このようなことではないのだろうか? 権力争いで醜態をさらしている参事会の老人たちや修道院長にも見習ってほしいものである。
さて。
お嬢さまは、相変わらず不機嫌だった。よりによって、わたしと修道院長の不適切な関係に関する噂を聞き及んでいたらしく、それについて顔を真っ赤にしながら、わたしを糾弾してきた。
わたしはお嬢さまを宥めることしかできない。
「あのですね、お嬢さま。この手の噂話っていうのは、針小棒大に語られるものなんですよ。いちいち真に受けてはいけません」
「針小棒大ってことは、ちょっとは本当ということでしょう!」
「そりゃあ仕事で修道院に呼びつけられることはありますがね……」困ったわたしは、控えていたアデーラにちらりと視線を送った。
するとアデーラはひとつ咳払いをした。
「安心してください、お嬢さま。自由都市執政殿にはわたしがついているので、不埒な真似はさせませんよ」
「……アデーラさんがそういうのなら、良いんだけど」と、お嬢さまはしぶしぶ引き下がった。
定期的に顔を見せる際、護衛としてアデーラを引き連れていたことから、顔を合わせているうちに、お嬢さまとアデーラはいつのまにやら仲良くなっていた。(当初お嬢さまはアデーラのことも疑っていたくせに!)
しかし、どうもお嬢さまにとって、このわたしはろくでもない助平ということになっているわけだ。少しでも疑わしいことがあると、お家の名誉を汚したとばかりに激しくなじられてしまう。
お嬢さまが幼かったころは、わたしにもよく懐いていて、本当に、本当に愛らしかったのだけれど。「あなたをお婿さんにしてあげる」なんて言っていたときのあの面影はもはやなく、すっかりと苛烈な娘になってしまったものだ……




