記録40 平穏について
平穏が訪れた。敗北者の平穏である。
これまでのわたしは、参事会の老人たちからの支配という首輪をはめられていたが、そこにさらに、修道院長からの支配という首輪もはめられたことになる。
どうしてこのようなことになってしまったのかと考えれば、魔術装置の利用というものが、決定的な負い目になったといえるだろう。その負い目が正義の暗殺の口実となりうるのだから、相手が暗殺者を抱え込んだ以上、命が惜しいこちらは降伏するしかないのだ。
いまやわたしは、以前にもまして自由がない。あの見た目麗しい修道院長殿ときたら、なにかにつけてこの自由都市執政を修道院に呼びつけてくる。あたかも上下関係を弁えさせようとしているかのようだ。わたしはもう平身低頭でその呼びつけに応じなくてはいけないのだから、面目も何もあったもんじゃない。
カオラクサ市民たちも、この権力闘争の情けない結末には勘付いたようで、わたしは口さがない一部の市民から、修道院長との関係に絡めて、大変不名誉な仇名をつけられることになった。(とはいえ、その嘲りは同時に修道院長にも向けられており、曲がりなりにも聖職者である彼女のほうが、この嘲りによる被害は大きそうであるが)
今日も修道院長からの呼び出しがあり、強請りたかりのような要求をさんざんに受け、わたしはほとほとにつかれていた。
帰り際、聖堂の中であの旅装の修道女──というか、暗殺行脚者の姿を見た。わたしに付き添っていたアデーラは警戒し、その女からわたしを遠ざけようとしたが、しかしわたしはなんだかその暗殺者に目を惹かれた。
彼女は、聖壇に向かって祈りを捧げていた。それは修道女を装うための演技というよりは、本当に心の底からの切望を抱えているかのような、そんな姿に見えた。




