記録36 暗殺行脚者について
砦の修道会というのは、巨大な組織である。諸王権の承認者であると同時に、砦の修道会自身も広大な領地を有している。この他の大陸で最も古く、最も権威のある組織であるが……しかしそれは同時に、過度に官僚化した鈍重な組織であるという側面も持っていた。
修道騎士の中には、この組織としての砦の修道会の鈍重さを疎み、自ら絶縁を申し出る者もいる。彼女らは身軽になった後、身一つで行脚し、そして自分自身の正義と信仰のもと、独力で悪を成敗しようとする。すなわち、これが暗殺行脚である。これによって誅殺された悪徳領主も歴史上には存在するが、しかしその試みが必ずしもうまくいくとは限らない。なにせこの行脚者は、いくら本山で修行を積んだ武芸者と言えど、砦の修道会という巨大な組織を頼らずに、単身で悪へと手向かわなければならないからだ。
さて。そんな暗殺行脚者と思わしき者が、今この時代に現れたとの情報が、帝都からもたらされた。
砦の修道会の本山の総局が、わざわざ帝都の共和政府に宛てて、『本山の修道騎士何某を絶縁いたしました』という回状を寄こしてきたらしい。これはつまり、『この修道騎士何某はすでにうちの人間ではないので、おたくらの国で何をやらかしてもこちらでは責任を持ちませんよ。そっちで勝手に対処してください。対処できなかったとしても知りませんが……』ということに他ならない。
なるほど、確かに共和政府なんかは、暗殺行脚者の恰好の的に違いない。共和政府は正当な王権の継承者であったオルゴニア皇帝を殺し、そして一方で砦の修道会はそんな共和政府に対して強硬な態度で出れずにいるのだ。これは義憤を燃やす修道騎士がいてもおかしくはないだろう。むべなるかな。
……ここまで他人事のように書いてきたが、実際、他人事である。そもそも、今のこの時代に剣客による暗殺なんてうまくいくのかという疑いもある。共和政府の首班である『護民卿』は、皇帝派残党からの復讐を恐れてめったに人前に姿を現さないとも聞いている。
まあ災難なことだとは思うが、共和政府との同盟者としては、うまいことやってくれという感じである。




