記録2 就任式について
自由都市執政の就任式があった。自由カオラクサの守護聖女である聖女カーロッタと結縁し、祝福を受け、これでわたしは名実ともに申し分なく自由都市執政になったわけだ。(従来であれば、それに加えて皇帝からの承認を受けていたところである。しかし、今このオルゴニア帝国からは皇帝位というものがなくなったのだから、これについては仕方がない)
儀式としては、王侯貴族の即位式に比べたらずっと簡素なものであろうが、それでもなお随分と肩が凝った気がする。肩ひじ張ったものは、どうも嫌いだ。これから先も種々の式典が待ち構えていると思うと、なんだか気が滅入る。一商店の単なる番頭として気楽にやっていたのが、はるか昔のようだ。旦那様は元気でやっているだろうか……。
就任式には、フォーゲルザウゲ伯爵の名代としてハータ・フォーゲルザウゲ嬢が来ていた。慣例にしたがった来賓とはいえ、共和派と貴族派の武力衝突がいつ始まるかもわからない情勢だというのに、敵方のご令嬢が公然と現れるというのは、なんとも落ち着かない感じだった。あるいは、ハータ嬢もその実、敵情視察のつもりでやってきたのかもしれないが。
ハータ嬢その人は、噂に違わぬ苛烈な人間のように見えた。女当主が男装をするのならよくあることだが、彼女はまだ後継者として指名されてもいないはずだ。彼女のあの男装は、遠からず伯爵位を勝ち取るという自信と決意の現れなのだろう。上背もあり、一見すると美丈夫のようでもあるが、長髪を編んで巻く伝統的な髪形が、彼女が若く美しい女性であることを思い出させた。
「フォーゲルザウゲ伯爵家領邦と自由カオラクサは、まさに血と肉を分けた母子のようなもの」と、ハータ嬢は言った。彼女のこの挑発的な発言に、自由カオラクサ側の人びとは不快感をあらわにしたが、しかし実際のところ、喩えとしてはこの上なく的確だ。フォーゲルザウゲ伯爵家からすれば、自由カオラクサの独立というのは、我が子を奪われ、失ったようなものに違いないのだから。
とはいえ、こちら側からみれば、自由カオラクサの独立というのは、単に必然的な親離れ──しかも、数世紀も前にすでに完了している親離れでしかないが。