記録19 魔術師への侮辱について
共和政府からの使者でもある特務魔術師を留置所に置いておくことが、いったいどのような事態を招くことになるのか? 共和政府は抗議するかもしれないし、それとも逆にこちらに謝罪するかもしれない。なんにせよ、予測ができないことは確かだった……。
この直前の日記の続きになるが、わたしは夜半の留置所まで赴いた。(そういえば、わたしもかつては、酒場での喧嘩をやらかして、この留置所で一晩を明かしたことがある。何年も前のことなので記憶はおぼろげだが、おそらく当時の日記には、そのひと晩について克明かつ情緒的に記録されていることだろう。あとでそれを探して読み返してみるのもいいかもしれない)
簡素で寒々しい監房が並ぶ中、特務魔術師エウラーリエは最奥の監房にいた。
床に腰を下ろし、壁にもたれかかっていた彼女は、こちらに気づいて、気だるげに半分だけ顔を上げた。その表情はどこか虚ろでもあり、酒が抜けきっていないようでいながらも、その目だけは夜闇の中に爛々と輝いているようにも見えた。
「やあ、自由都市執政殿。こんなところで会うなんて、奇遇ですね」と、彼女は皮肉気に言った。その声の調子にも、酔ったような感じがあった。普段の彼女の張りつめたような雰囲気から一転して、このときはなにか倦んだような気分を漂わせていた。
「特務魔術師殿」わたしはかがんで、相手の顔を覗き込んだ。「聞けば、先に挑発をしたのは相手方の方だというじゃないですか」
「とはいえ、先に相手に掴みかかったのは、わたしの方です。喧嘩両成敗の原則に従い、甘んじて罰は受け入れます」
「こちらからお願いしても、ここから出てはいただけませんか」
「……」
彼女は拒絶を示すように、再びうつむいた。
わたしはしばらく彼女の様子を見ていたが、やがて諦めて立ち上がった。
「それでは、特務魔術師殿の望むようにしておきましょう。気が変わったらいつでも、衛兵に言いつけてください」
「魔術師というのは、もはや保護される存在ではない」と、彼女はうつむいたまま、ひとりごとのようにつぶやいた。「侮辱されて、それを愛想笑いで受け流すようなことはしてはならない。それは結局、非魔術師からの更なる侮りを生じさせるだけだから。わたしは、魔術師への侮りを払拭するために、自ら志願して特務魔術師になったんです。もう誰も、わたしたちを……」
あくる朝、特務魔術師エウラーリエは政庁へとやってきた。すっかりと酔いはさめたようで、いつもの緊張感のある態度に戻っていた。彼女はどこか気まずそうに、昨晩の己の無体を謝罪した。




