記録136 成り上がりについて
義勇軍捕虜たちの頭目である青年の正体が、伯爵家次男ミハル・ヘルコプフだということは、秘密とされている。公的には、彼は身元不明ということになっているのだ。
しかし、ミハルに対する待遇が変化したこと自体は、誰の目にも一目瞭然である。自由カオラクサ執政が捕虜たちを解放しようとしているのではないかという憶測が、自由カオラクサ市民たちの間に広まっているようだ。そしてその憶測に真っ先に反応したのは、義勇軍たちと凄惨な市街戦を戦った、組合軍の兵士たちである。
もとより、組合軍の兵士たちは、義勇軍捕虜に対する死刑や決闘を要求していたのだが、その要求が一層強くなった。戦争が終結した現在になってもなお、武装解除を行っていない組合軍たちのその振る舞いは、もはや自由カオラクサの基本秩序を壊乱しているといってもいいだろう。
ただし、非常に厄介なことに、組合軍というのは先の戦争においての英雄たちでもあり、自由カオラクサ市民たちからの支持もいまだに大きかった。その市民たちからの支持というもののせいで、参事会の老人たちも、組合軍の武装解除や解散命令に及び腰となっているのだ。──つまりどういうことかというと、その手の面倒な仕事については、この自由都市執政がやらされる、ということである。
さて。
そういうわけでわたしは、組合軍側の代表者たちとの話し合いを行ったが、その結果は芳しくなかった。これから何度も折衝を行う必要がありそうだ。
組合軍の代表者の一人は、こういった。
「執政殿。わたしはあなたを尊敬していたんです。なんの後ろ盾もないのに、この自由カオラクサの執政にまで上り詰めたあなたを……。しかし、我々は今、執政殿への尊敬を失いつつあります。結局あなたは、凡百な成り上がりに過ぎないんじゃないかという疑念を抱き始めています。成り上がりというのは、ある意味で貴族連中よりもさらにくだらないものだと思いませんか? 貴族連中が堕落しているのは生まれつきのものですが、成り上がりの人間というのは、搾取される側の人間の悲哀を理解していながらも、それでもなお自分を搾取する側に位置づけようとする人間なのですから」




