記録131 生みの親について
フォーゲルザウゲ伯爵家領都からの帰路にあった。数日滞在した領都を離れることとか、自由カオラクサに帰ることとか、それらに対する感慨は、女候殿の絶え間のないおしゃべりによってかき消されてしまった。
そのほとんどが、うんざりするほど益体もない話題であったが……しかし、一つだけ、印象に残ったことがある。
何の話題からの接続であったかは覚えていないが、向かいの席に座る女候殿は、ふとこちらの顔をじっと見た。そして何かを思いだしつつあるかのような口調で、こちらに聞いてきた。
「執政殿。もしかしてあなた、帝都に親戚がいらっしゃる?」
「わたしの生みの親は、食い詰めて自由カオラクサに流れ着いた貧農でした。帝都に親戚なんているとは思えませんね。どうしてです?」
「ぶしつけにごめんなさいね。なんていうか、あなたの顔立ちを眺めていたら、昔、どこかでよく似た人とあったことがあるような気がしたの」
「……女候殿にお目見えするような、そんな立場のある人間と親戚とは、なおのこと思えませんよ」
「あら、そう。そういえば、帝都と言えばね、住宅街区で革命後に──」
女候殿は、すぐに次の話題に移ったが、その話はわたしの頭の中に入ってこなかった。
自分が大いに動揺していることに気づいた。
帝都に、親戚がいるだと? それは女候殿の単なる勘違いなのか? もしもそれが、勘違いでなかったとしたら──それは単なる親戚というよりは、まさか、わたしの父親ではないだろうか?
すなわち、わたしの母親を孕ませた男。
生物学的には当然想定されるその人間について考えるとき、わたしは平静ではいられなくなる。落ち着かなくなり、湧き上がる困惑と混乱に、その場をぐるぐると歩き回りたくなる。しかし馬車の中にあっては、そうやって衝動を発散することもできなかった。
果たして、女候殿は、帝都の誰とわたしの顔立ちが似ていると思ったのだろうか? それを知りたいという激しい欲求と、知りたくもないという深い怒り、その相反する二つの感情が、わたしの腹の底で渦巻いていた。




