記録129 土産物について
フォーゲルザウゲ伯爵家領都で予定されていた用事を、全て終えたわけだ。後は明日、帰るだけである。
わたしは自由カオラクサ執政に就任した以来、初めて自由を手にしたということになる。これが自由カオラクサであれば、一つの仕事を終えた途端に次から次へと他の仕事がなだれ込んでくるところだが、幸いなことに、ここはフォーゲルザウゲ伯爵家の領都である。わたしを働かせようとしてくる参事会の老人たちもいなければ、何かと糾弾してくる自由カオラクサ市民たちもいない。
わたしはこの貴重な余暇を使い、城下町を見物して歩くことにした。領都に入った時の歓待のせいで領民たちに顔が割れていたであろうから、連れて歩くアデーラと共に、簡単に変装をする必要はあったが。
さて。
わたしは、旦那さま一家に買って帰る土産物を見繕うと思った。この領都には伝統的な民芸細工があり、旦那さまには何か実用品を、奥さまとお嬢さまには何か装飾品を贈るのが良いと考えたのだ。
ちょうどアデーラが居合わせるので、お嬢さまへの贈り物はアデーラに見繕ってもらうのがいいだろうと思ったが、しかしこちらの依頼を聞いたアデーラは、何故だか顔をしかめて見せた。
「それは、執政殿がお決めになったほうがいいでしょう」
「いやいや、きみが決めたほうが間違いはないだろう。お嬢さまが幼いころならまだしも、今の若い女がなにを好むかなんて、わたしには分からないよ。きみの方がお嬢さまが何を考えているのかわかるんじゃないか」
「たしかに、わたしの方がお嬢さまの考えていることは分かるかもしれませんね。でも、それによると、執政殿が自分で考えて決めた贈り物のほうが、喜ばれるはずです」
「そうか?」
「はい、そうです。──それと一つ付け加えるのなら、わたしの予想では、お嬢さまはまた執政殿に対して気を悪くすることがあるでしょうから、その意味ではなおのこと、誠意を見せておいた方がいいでしょうね」
「おいおい、なんだその不吉な予言は……」
理由を聞いてもアデーラは答えてくれなかったが、しかし妙に真実味を感じられる言いっぷりだった。
結局、わたしはお嬢様には髪飾りを買うこととなった。彼女が幼かったころの好みを何とか思いだしての選択であるが、果たしてそれが本当に喜ばれるかは不明である。
さて。
土産物を買い、歴史のある建造物を見物し、名物を食べた。わたしは満足して、フォーゲルザウゲ伯爵家の居城へと戻ろうとした。
途中、何やら騒ぎに出くわした。飲食街の方でもめ事になっているようだった。何事かと見てみれば、そこには、いきり立った男たちと、彼らと向かい合う一人の女──特務魔術師の軍服を着た、狼女がいた。
(記録130に続く)




