記録127 フォーゲルザウゲ家の人間について
ハータ女伯と向かい合うと、意識はどうしても、彼女のその恰好に向いてしまう。上着を羽織っているとはいえ、その絹の寝間着は柔らかで、身体の……というところまで考えて、わたしは慌てて思いとどまった。せっかく彼女に許してもらったというのに、何を考えているんだ自分は。
さて。
ハータ女伯は、急に何か思い当たったことがあるようで、わたしに向かって尋ねた。
「もしかして、執政殿のところに伺った女中というのは、黒髪で背が低い子だったのではありませんか」
「ええ、はい、そうです」
「やはり、そうでしたか……」
ハータ女伯が言うには、その女中は先代のフォーゲルザウゲ伯爵の姉、つまりハータ女伯の叔母に仕えている女中だという。つまり、今回の出来事は、そのフォーゲルザウゲ家の人間によって仕組まれた罠だったのだろうということだった。
「身内の不始末に巻き込んでしまい、申し訳ありません」
「いえいえ! 閣下が謝るようなことではありません。……しかし、仮にそうだとして、何が目的なのですか?」
彼女はややためらってから、答えた。
「わたしが執政殿と夫婦になれば、自由カオラクサがフォーゲルザウゲ家のものになると、叔母上はそういう妄執に憑かれているんですよ」
わたしは、胸のつかえがとれたような気分になった。今回の失態が罠であるのなら、それは良かった。……いや、罠にかけられて良いわけではないのだが、それでも、自分の勘違いによるやらかしではないらしいということがわかり、ようやく安堵できた。
結局、自分自身に責任のある失敗が自分を一番苛むのであるから、他者の企みによる誘導だというのなら、気を病まなくて済むわけだ。
……しかし、まさかハータ女伯の叔母の差し金だったとは。しかも、自由カオラクサ参事会の一部の老人たちと同じようなことを、鏡写しで考えているとは。夫婦になれば相手方を支配できるなどというのは、なんとも愚かな考えである。そもそも、男を女の寝所に誘導すれば自動的に番うだろうという考えが短絡的で、滑稽である。
「まったく、年寄には苦労をさせられますね」と、わたし。
「ええ、お互いに」とハータ女伯。
わたしたちは顔を見合わせて、静かに笑いあった。




