記録122 退屈について
フォーゲルザウゲ伯爵家の居城に宿泊室を与えられた。なかなかの好待遇といえよう。女候殿に一室、わたしに一室。そして他の使節団員にも二室与えられたが、さすがに全員が入り切るわけではないので、はみ出た分は、城下町の旅籠にとまることになる。
さて。
与えられた部屋の中で、わたしは、とくに何をすることもなかった。調度品は素晴らしく、部屋の装飾は目を楽しませたが、しかし退屈を強いられていた。
当のハータ・フォーゲルザウゲ嬢は、襲爵式に備えての潔斎の最中にあるということで、いまはまだ会うこともできない。
とはいえ、何もすることがないからと言って城下の歓楽街に繰り出す、という訳にもいかないのだろう。(あるいは、これが遊び慣れた遊び好きの貴族の男であったら、なにかうまいこと部屋を抜け出して守衛を言いくるめて、城の外に遊びに出かけることもあるのかもしれないが)
やたらと上等な部屋で、わたしはアデーラと二人きり。ただ淡々と時間が流れていく──
しかし、考えてみれば、この退屈という状態になるのは、随分と久しぶりだ。自由都市執政に就任して以来、常に仕事に追われていた。それがいま、やるべき仕事もなければ、できる仕事もない。これは待ち焦がれていた状態に違いないが、喜びがこみあげてくるというよりも、むしろ落ち着かない感じがする。あれだけさんざん文句を日記に書いておきながら、わたしはすっかりあの激務に慣らされてしまっているということなのだろう。
ふと、わたしはアデーラの方を見た。なんとなくだが、彼女のそのすました顔に、退屈の色がにじみ出ているように思えた。
「退屈そうだな、アデーラ。なんだったら、城下に出かけてくればいい。きみ一人だったら、城から出て、帰ってくるのに文句は言われないだろう」
「……いくらお城の守衛がいるとはいえ、執政殿をおひとりにするわけにもいきません。いまこの城には、襲爵式に出席する貴族派側の人間も泊っているわけですから。万が一のことを考えれば、わたしは執政殿の側にいたほうがいいでしょう」
「そうか、悪いね」
「退屈するのは、今夜だけでしょう。明日には晩餐会があるとのことですから」
「こういう城に招かれたときの過ごし方というのも、貴族だったら自然と身に着けるのかもしれないけど、何分こっちは単なる平民だから何をすればいいのか分からないし、何をしたらだめなのかもわからないんだよな。……もしかしたら、きみの方が詳しいんじゃないのか、アデーラ。昔、修道騎士をやっていたのなら、修道女の旅の護衛もしたことがあるんだろ」
「まあ何度かありますが。……そうですね、こういう場合は、寝酒がいいかもしれません。頼めば、持ってきてくれるでしょう。相手方には見栄という物がありますから、上等なお酒を持ってきてくれるらしいですよ」
「なるほど」
「それか──」アデーラはこちらの顔を見た。何やら難しい顔をしたが、やがて首を振った。「──いや、なんでもありません」
「なんだよ、気になるじゃないか」
「気にしないでください。砦の修道会の、恥ずべき文化を思いだしただけです」
その後、アデーラは部屋の外に控えていた守衛に声をかけた。元々来客用に用意されていたのか、酒瓶と酒杯がすぐさま届けられた。




