記録12 お嬢さまについて
今日、政庁にお嬢さまが訪れた。
わたしが単に『お嬢さま』と書いたときは、それはかつての奉公先の旦那さまの娘さんに他ならない。旦那さまが年を取ってからの一人娘で、当時は丁稚だったわたしも彼女が生まれた時のことを覚えている。
彼女は両親の溺愛の中に育った。
わたしもよくお嬢様の子守を任されたものだが、彼女のわがままには手を焼かされたものだ。彼女はわたしにとっても家族も同然で、いわば、手のかかる妹のような存在でもあった。
……とはいえ、いまのわたしは自由都市執政である。このご時世、いつ暗殺されるとも分からない身だ。どのような巻き添えがあるか分からない以上、旦那さま一家とは意図的に距離を置いていた。自由都市執政に選出されてから、顔を合わせてはいないのだ。
当然、旦那さまもこちらの意を汲んで、無沙汰を許してくれているはずだが──そんな中での、お嬢さまの突然の来訪である。
彼女はもう、不機嫌を隠そうともしていなかった。
「執政になったとたんに顔を見せなくなるなんて。随分と偉くなったものね。この恩知らず!」と、お嬢さまはこちらを罵った。
わたしはもうたじたじで、彼女をなだめようと下手に出るしかない。──時間をおいた今になって冷静に考えれば、この自由都市執政さまが下手にでる道理など全くないのだが、しかし長年の奉公ですっかりとその序列が沁みついてしまっていたわけだ。
それでも腹の虫がおさまらなかったお嬢さまは、今度はその場に居合わせたアデーラを睨みつけた。そして、わたしがこの女秘書にたぶらかされたとかなんとか言いだすものだから、こちらは慌てるばかりだ。(なにやら、巷ではそのような噂話が流れているらしい。アデーラ自身はいつものようにしれっとしていて、大して気にもしていないようであったが……)
結局、旦那さま一家に定期的に顔を見せることを、お嬢様に約束させられてしまった。どうにかして、時間の都合をつけなくてはいけないらしい。