記録118 女候と狼女について
今日の午後になって、共和政府からの使節団が、経由地であるこの自由カオラクサに到着した。わたしは自由都市執政として、この一団を迎え入れる仕事があった。
外交儀礼だとか、慣行だとか、慣例だとか……まあ世の中は面倒なものがたくさんあるものである。そのいちいちを書き出していてはきりがないのでここでは省略するが、今回の使節団に対しては、皇帝の名代に対するのと同じ等級で遇することになっており、わたしはそのくだらないほどの細やかな礼儀を一夜漬けさせられたわけだ。
さて。
やはり印象に残ったのは、まず何より『女候殿』である。遠目であっても、優雅に馬車から降り立つその人影があの『女候殿』と呼ばれる女傑であろうことは、すぐにわかった。高級な黒い布地をぜいたくに使っているであろう着物と帽子は、その輪郭からしてそこらの一般人が着ているものとの違いが見て取れ、それが周囲に発する雰囲気は異様で、禍々しいほどであった。まさしく、貴種と人民が別種の生き物であると信じられていた古の時代からの血を引く、貴族という古代種の末裔といったいでたちと言えるだろう。
近づいてみれば、その帽子のつばの向こうに、真っ白な顔があった。美人であるのは間違いがなかった。わたしよりもいくつも年上であるはずだが、化粧の様式のせいなのか、若い少女のようでもあり、同時に老獪な女主人のようにも見えた。
「ごきげんよう、執政殿」
そう言って彼女は微笑んだ。
そして女候殿は、ひとりの女を引き連れていた。その女が特務魔術師であることは、その軍服のような制服からして、見て取れた。上背があり体格も良く、近くにいると恐ろしさを感じてしまうような、獰猛な雰囲気を放っている。女候殿の隣に立っていると、その粗暴な感じがより強調されるようだった。
この特務魔術師は、『狼女』という物々しい暗号名を、不愛想に名乗った。女候殿の護衛がその任務だという。
女候と狼女。この二人と、フォーゲルザウゲ伯爵家領邦の領都へと向かうことになる。




