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記録117 久しぶりの訪問について


 激務をこなし、次から次へと押し寄せてくる仕事をなんとか終わらせることができたため、きょうはかつての奉公先に顔を出すことができた。

 随分と久しぶりの訪問になってしまった。──戦時中はもとより、戦争が終結した後も色々と忙しく、何度も訪問の予定を取り消してしまった。元番頭として、不義理をしてしまったわけで、申し訳ないばかりだ。

 旦那さまも奥さまも、戦時下における自由都市執政という立場のわたしの身を案じていたようで、無事を喜んでくださった。……一方で、なにやら、お嬢さまは妙に不機嫌そうだったが。(お嬢さまの気分を損ねた原因について、心当たりはない)

 戦時中のことについては機密があるため、わたしからは多くを話すことはできなかったが、その分、旦那さまからは当時の話をいろいろ聞くことができた。やはり、非戦闘員の市民たちにも、彼らなりの苦境と、彼らなりの戦いというものがあったわけだ。その話を聞いていると、自由都市執政として、なにかもっといいやり方があったのではないかという悔恨も湧いてきた。

 さて。

 戦時中の話が終わると、つぎはこれからの話である。

 わたしは自由都市執政として、フォーゲルザウゲ伯爵家領邦の領都に赴き、ハータ嬢の襲爵式に出席する予定だ──と、伝えたところ、旦那さまと奥さまは、なにやら難しい表情で顔を見合わせた。やがて旦那様は、おずおずと、切り出した。

「……伯爵家に、婿入りするっていうのは本当なのか?」

 どうやら、この件は市民たちの間でも噂になっているようだった。

 わたしは慌てて説明するはめになった。今回の領都入りにはそのような意図はないこと。婿入りの案はあくまで参事会の一部が言っているだけであり、実際にそのような話が進んでいるわけではないこと。そもそも自分はその案には反対であること、等々。

 こちらの説明を聞いて、旦那様と奥様は、胸をなでおろしたようだった。この夫婦からすれば、息子も同然のわたしが政略結婚の道具にされ、今以上の気苦労を負わされることを心配していたのだろう。

 そういえば、この説明によって、お嬢さまも機嫌を直したようだった。(お嬢さまもわたしの身を案じてくれていたのだろうか?)

「まあ、そもそもあんたみたいなのが婿入りなんてしたら、伯爵家の中で恥をかいていたでしょうから、良かったんじゃないの。よりによって相手があのハータ・フォーゲルザウゲなら、なおのことそうでしょ」と、お嬢さまはなにやら急に楽し気に、こんな憎まれ口をたたいた。わたしは苦笑いするしかない。お嬢さまの口の悪さは相変わらずだった。

 とにかく、旦那さま、奥さま、お嬢さまの三人は健在のようだった。これが一番重要なことに思える。

 

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