記録112 再検査の結果について
再検査の結果は、『異状なし』……そりゃそうだ! 今度は問題なく、正しく検査ができたらしい。(わたしは、これ見よがしにその結果をアデーラに提示したが、彼女は呆れたような視線でそれに応えた。彼女は「執政殿を疑って申し訳ありませんでした」としぶしぶ頭を下げたが、いかにもしぶしぶといった感じで、どうも誠意が足りていないように見える)
しかし、気になるのは初回の検査に対するすり替えの件である。このわたしが病気持ちである、という結果を捏造したとして、それによって一体だれが、何の得をすることがあるのだろうか? これまでさんざん文句をつけた上で言うのもあれだが、一人の男が病気持ちであるかどうかというのは、所詮は一人の人間のごく個人的な問題であり、大した問題ではないはずだ。それがどっかの嫁入り前のご令嬢とかならまだしも……。
「執政殿をフォーゲルザウゲ伯爵家に婿入りさせる案に反対している勢力が仕掛けたのかもしれませんね」と、アデーラはなんてことがないように言った。
「ふうん、なるほどね。たしかに体裁の悪さからすると効果的かも……いや、待て待て」わたしは驚いてアデーラの方をみた。「なんだ、その婿入りさせる案って」
「今の力関係であれば、フォーゲルザウゲ伯爵家はこちらの要求を拒否することが難しいかもしれませんからね。参事会の一部が、勢力拡大のためにフォーゲルザウゲ伯爵家と、執政殿の政略結婚を企んでいるんです。……この件については、執政殿もご存知だったのでは」
「たしかにそんなことを聞いたこともあるが、本気だったのかそれ。少なくともわたしは本気にしてなかったぞ」
「参事会の一部は、本気で考えていますよ。全会一致ではなく、反対派もいますがね。まあ、この場合、参事会内部でどのような結論が出されるかが重要なのであって、執政殿の本意はあまり関係ありませんからね」
「……」
わたしは閉口するしかなかった。
たしかに、自由都市執政の婚姻が政治に利用されることは、前例のない話ではないが……。立場の強さを利用して相手に要求を押し付けるなんて、優雅でないし、短絡的すぎるように思える。やはり、最近の自由カオラクサに蔓延っている浮かれ切った戦勝気分は、危うさを孕んでいる。
それにそもそも、わたしのような男が貴族と結婚するべきではない。




