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記録109 診察について


 参事会の老人たちから労いの言葉をかけられると、その言葉の裏を探りたくなるものだ。彼らにとっては、自由都市執政というものは自由カオラクサが戴く元首でもなんでもなく、都合のいい道具にすぎないのだから。

 参事会の老人たちは、わたしに医者の診察を受けるように命じた。わたしは怪訝に思った。わたしは現時点で病気にかかっているわけではない。確かに戦時下から今に至るまで激務が続いているため、慢性的に頭痛があり、下痢気味で、目はかすんでいるが、逆に言えばそれ以外は健康そのものである。

 そもそも、参事会がこちらの身体を気にするということは、決してわたしという一人の人間の心身が健やかであることを望んでいるのではなく、ひとえに便利な道具の耐用年数を出来る限り伸ばそうという極めて利潤主義的な誘因によるものであることが明白だ。それをありがたがるような気持には、到底なれない。

 さて。

 そういう訳で、きょう執務室に医者がやってきた。参事会の推薦によるものであり、見るからに経験十分の老医者であった。彼はその骨ばった指で、わたしの身体のあちこちを、無遠慮に弄り回した。それこそ、頭のてっぺんから、顔の目鼻口、喉、胸、腹、それに手足の指の先まである。指で押し広げられたり、肉にめり込むほど押し込まれたりした。これらの、普通に生活している上ではほとんどされることのない肉体への処置をされると、なんだか本当に自分が人間ではなく何らかの物体とか家畜とかになったかのような気分にさせられた。

 老医者の一通りの診察が終わると、彼は厳めしい顔でなにやら頷きながら手元の診断表に書き留めて、一礼して執務室を出て行った。

 わたしはなんだかすっかり疲れてしまい、椅子に座ってぐったりしていた。

 そんなわたしを見て、アデーラはいった。

「まだ終わりではありませんよ、執政殿」

「おいおい、もう全身あちこちを弄り回されたじゃないか。まだ足りないっていうのか」

「……執政殿のために、若くて優秀な子を頼んだそうですよ」

「なんのことだ。まだ診察が終わっていないっていうのか」

「さあ」と、アデーラの視線は冷たかった。

 ややあってから、執務室に別の診察医がやってきた──その姿をみたとき、わたしは思わず「あっ」と声を上げた。とんがり帽子と外套。つまりそれは伝統的な呪い師のいでたちである。


 医者というのは、聖女リアナに守護される聖なる職業である。砦の修道会が尊ぶ理性と賢明という美徳を、医者たちは太古より備えており、それによって彼らは医学を発展させ、これまでに数多くの患者を救ってきた。

 しかし、医者というのが聖なる職能であるからこそ、彼らが診るにふさわしくない病気というものがある。すなわち、性病である。この人類の原罪に端を発する恥ずべき病気の診察と治療に限っては、一種の汚れ仕事として、呪い師の職分とされている。


「あの、たしかにわたしはまだ臨床の経験はありませんが、座学は十分に修めているので! 執政殿のお役に立てると思います!」と、その若い魔女はいった。

 参事会の老人たちのこの余計な気遣いに、わたしはげんなりさせられた。まったく、本当に、余計なことを!

 確かに、性病の診察と治療において、あさましくも若い魔女に診てもらいたがる男の話はよく聞く。それを題材とした艶話や滑稽話もよくある。しかし、わたし個人の感覚としては、むしろそれとは正反対である。気が引けるし、羞恥と後ろめたさに苛まれてしまう……

「さっさと診てもらってください、執政殿」と、アデーラは冷たい目をこちらに向けた。「彼女だって仕事として来ているんですから」

「……ああ、もう、わかったよ!」

 真に不本意であることは重ねて明記しておくが、結局、わたしはその若い魔女の診察を受けることとなった。


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