0093・フェルーシャの決意と、盗賊退治に出発
夕食に行く前にも喧嘩を売ってきた<闘鬼>を今度こそブチのめし、完全に敗北を認めさせたミクは酒場で食事をしている。目の前ではフェルーシャがジト目で見てきているが、ミクにとってはどうでもいい事だ。
「はぁ……。まぁ、アレは完全に<闘鬼>が悪いんだけどね。まさか血祭りにあげるとは思わなかったわよ。あそこまでボコボコにされた<闘鬼>は誰も見た事が無いでしょうね」
「だってアイツ鬱陶しいし、私にとってはザコでしかないし。何であんな弱いのに突っ掛かってくるのか理解出来ない。まずはダンジョンをソロで制覇してからにしてほしいぐらいだよ」
「その言いぶりからすると、制覇したみたいね。あんまり言わない方がいいけど大丈夫? 余計な連中が関わってくるわよ?」
「心配しなくても本当だと示す証拠なんて無いよ。何も持って帰って来てな……そういえば聖霊水は持って帰ってきたっけ? まあ、アレぐらいだね」
「それはまた……神聖国が寄越せって五月蝿いわよ? 奴等が血眼になって探してる物の一つじゃないの。呪縛を解く事が出来る物だし、王侯貴族だって求めて殺到しかねないわねぇ」
「まあ、それはいいよ。ところで相席って事は、また何かあったの?」
「聞きたい事が二つあってね。一つ目は、とある商会と、そこと懇意にしていた貴族が居なくなってるのよ。何故か綺麗サッパリ。そのうえ危険薬物である<幸福薬>が見つかったわ。間違いなく神聖国の工作拠点ね」
「それが、どうかした?」
「ああ、うん。それで分かったわ。二つ目は、私が力を増す方法。これは知らないと思うけど、一応ミクに聞いておこうと思って」
「負け」
「は?」
「負けた経験が圧倒的に足りない。淫欲の女神が言うには「敗北からしか学べぬものがある」だってさ。ようするに強すぎた所為で頭打ちみたいだよ。私に負けたから理解したと思ったら、存外に鈍い奴め。って言ってる」
「………負ける事が必要だったなんて。それは気付かないわよ。私はこう見えて必死になって生きてきたの。負けないように倒されないようにってね。それが……負ける経験が必要だった………はぁ」
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余程ショックだったのか言葉がこれ以上出ない。負けた経験という事は、サキュバスの特殊能力や【スキル】を使わずに男と交わるという事だ。今までの自分ならそんな危険な事はしないし、無意味だと言って鼻で笑っただろう。
まさか危険を冒してでも素の自分の技術を磨かねばならなかったとは……。むしろ女王はよく自分を危険に晒したものだと思う。男に負けるなどサキュバスにとって最大の屈辱であり恥辱でしかない。にも関わらずだ。
………ああ。その屈辱もまたサキュバスにとっては知らなければいけない事なのか。その屈辱に溺れる事こそが本当の負けという事ね。性で敗北し、それでも尚サキュバスであれ! とはまた……。
サキュバスは溺れさせる者であり、溺れる者ではない。私はそこを乗り越えていないから、いつまで経っても下っ端から抜け出せないという事。女王を超えるという夢がある以上、やる事は一つだけね。
今ならハッキリと尊敬できる。女王は凄い。敗北を何度も味わったサキュバスなんて女王に相応しくないと思ってたけど、私の方が愚かだっただけか……。
私も女王と同じ位階になる為、必ず乗り越えてみせる。
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フェルーシャは何かの決意をしたのか、真剣な表情で一つ頷くと帰って行った。ミクは気にせず食事を楽しみ、終わったら宿へと戻る。そろそろ商国の王都でやる事も終わったように思う。
なので次の国に行こうかと思っていると、闇の神がローネを鍛えながら商国の盗賊を潰せと言ってきた。どうやら商国は繁栄している反面、闇も大きいようだ。そういえば<死壊のグード>もこの国かと思い出すミク。
王都の方はフェルーシャが何とかするだろう。そう思い、ミクは次の日から移動を開始する事に決めるのだった。
盗賊の情報はギルドで聞き込めば教えて貰える。ロキド山から来たミクは商国内を殆ど動いていない。その事に今さらながらに気付いたミク。
盗賊を喰えるなら何の問題もないなと、朝になるまで待つのだった。
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次の日。宿の更新をせずに酒場に行くミク。今日も朝から恋人同士の片割れこと白耳族の女が艶っぽい。にも関わらず黒耳族の男性は元気一杯だ。
いったい何があったのだろうか? 酒場の客も不思議に思ったのか首を捻っている。
朝食後、ミクは冒険者ギルドに行き地図を見せてもらう。ここ商国の王都は国の中央付近の東寄りにあるようだ。なのでここから西にあるというワインの一大生産地に向かい、ぐるっと一周してくるのが良いと判断。
まずは王都を出て北西に進んで行く予定をヴァルに話す。王都を出て少し歩いたら、ヴァルに乗って一気に走って行く。そのまま北西に向かいソッドル町へ。ここに入りギルドへ行く。中の受付嬢に確認すると、近くに盗賊が出没するらしい。
町から西に行った森の中の道で馬車が襲われるそうだ。近くに拠点があるんじゃないかと思われているが分かっておらず、何人かの冒険者が帰ってこないと受付嬢が話す。その襲われた地点を詳しく聞き、受付嬢に挨拶してギルドを出る。
ギルドを出てから露骨に尾行する者達が居るが、それらを無視して町を出る。西へと歩きつつ進んで行くと、後ろから八人もの団体様でついてくるようだ。あからさま過ぎて笑えてくるが、バレていると知らせる必要も無い。
ある程度の距離を歩いたら森が見えてきたので、その森の間にある道を歩いて行く。受付嬢が言っていたのはここだ。周囲に隠れる場所があるので襲いやすい場所だろう。馬車じゃないから襲ってこないかもしれないが……。
そう思っていたら後ろから尾行してきていた奴等が笛を吹く。すると左右に潜んでいた”13”人のうち12人が出てきた。何故か一人だけ出てこないが、ソイツは何かを狙ってるんだろうか?。
「へへへへへ……笛を鳴らすから何かと思ったら、凄ぇ上玉じゃねえか!! 野郎ども! さっさと叩きのめして連れて行くぞ!!」
「「「「「「おうっ!」」」」」」
そう言って盗賊がミクを囲む。もう一人は未だに森の中に隠れたままだ。いったいどういう事なのだろうか? 盗賊の仲間じゃない? ……考えても埒が明かないので戦いを開始する。
右手にメイスを持ち左手に鉈という何時もの装備だが、美女であるミクに似つかわしくないのか盗賊どもは笑う。ところが最初に不用意に近付いた盗賊が頭をカチ割られてからは、むしろ真剣に戦い始めた。
妙にキビキビと戦うし、剣と盾をしっかり使えている。そう、コイツらの装備は何故か剣と盾なのだ。盗賊でも使うかもしれないが、しっかりとは使えない。コイツらの動きは統制が執れすぎている。
ミクの敵ではないものの、どう考えても盗賊と言うより兵士に近い連中を殺していると、離れていた奴から突然クロスボウのボルトが飛んできた。ミクは鉈で弾いたが、その事に驚く盗賊ども。
「何でボルトが弾ける! オカシイだろうが!! この女はどうなってやがる!?」
「そろそろ飽きてきたんだけどさー。貴方達は近隣の所の兵士? 剣と盾がしっかり使えすぎてるよ。もしかしてソッドル町じゃないよねぇ………?」
「………殺せ」
どうやらカマを掛けたら大当たりしたようだ。ソッドル町の兵士が何故盗賊をやっているのかは分からないが、とりあえず目の前の肉を喰う為に殺そう。
そう思い、屠殺を始めるミクだった。




