0085・<人形>との戦いと森の主?
悲鳴を挙げていた男は足に噛みつかれている。その状況で他の連中はと言うと、蜘蛛の子を散らすように逃げたようだ。所詮は他人の威を借る事しか出来ない連中であり、助けもせずに逃亡するのは当然であろう。
ミクも予想はしていたので、すぐに逃げた連中を追う。人の足よりも熊の方が速いが、その熊と比べても速い偽者の熊。それが猛烈な速さで走り、逃げた連中を襲う。右手の一振りで背骨を折り、体当たりで体を陥没させる。
自然の暴虐を体現したような暴れ方をするミク。そしてコッソリ出てきた一回り小さい熊。当然だが中身はヴァルである。最早ここまで大きな騒ぎになった以上は情報収集など不可能だ。だからこそ、ミクは殺して喰らっていく。
喉笛を噛み千切り、首下を爪で穿つ。中には攻撃してくる者も居るが、それより早く体当たりをするか防御すればいいだけだ。へっぴり腰では碌な威力は出ない。たとえ普通のフォレストベアでも大したダメージは受けないだろう。
そうやって蹂躙していると別の方角から悲鳴が聞こえた。どうやらそれなりの人数が近付いて来ていて、<怪力>の下に居た連中が殺されているらしい。面倒な事になったとミクが思っていると、大柄な物と小柄な人物が現れた。
「厄介な……大柄と一回り小さいのが居るという事は番か。こういう場合は往々にして連携してくる。仕方ない、もう一人出すか」
そう言って<人形>はアイテムバッグからもう一つ死体を取り出して起動する。それを見た瞬間ミクは【死霊魔法】だと理解した。つまり大柄なプレートアーマーを着ているのは間違いなくオーガだ。
そしてアイテムバッグから出したのはゴブリンのゾンビだった。ただし死体の状態は良いうえに<人形>が動かしているとなると普通ではないのは確実だ。
【死霊魔法】自体は唯の魔法なので、死体に使えば動かす事は可能である。ただし、その動かすという事に高い技術を要するのだ。そのうえ死体の腐敗をなるべく防ぐ知識と技術も必要で、難易度が高い。
しかも死体を扱う魔法としてイメージも悪く、邪法とも言われる事がある。実際に神聖国などは糾弾しているのも事実だ。死体を弄んでいると言われても返す言葉が無い魔法ではある。
ただし<人形>のように高い知識と技術を持っていれば、死体を扱う事で生きている人を犠牲にせずともよく、そのメリットは大きい。死体なので壁にも出来るし、最悪は倒した魔物をすぐに操る事も可能だ。
死体があればすぐに使えるというメリットがあるが、代わりに【死霊魔法】を浸透させる初回は相当量の魔力を消費してしまう。また、操っている間は常時魔力を少しずつ消費するというデメリットもある。
おそらく<人形>は鍛えに鍛える事で、一体だけなら自然回復と消費が同じか上回っているのだろう。だからオーガの大きさの魔物を常に帯同出来ている。そこまで分かったミクとヴァルは、一斉にゴブリンへと向かう。
「まあ、弱い方を襲うのは基本だからね! だけど甘く見てもらっちゃあ困るな!!」
ゴブリンの前にオーガが出て体を構える。プレートアーマーの重量も加えれば、完全に壁があるといっても過言では無い。そんなオーガにぶつかり、ミクとヴァルはオーガを転ばせる事に成功する。
その隙を狙ってきたゴブリンと<人形>。しかしすぐに体当たりを再開する二人。助走距離が短く然したる威力にならずに避けられたが、二人とも危険から脱出。
<人形>とゴブリンが持っている短剣が禍々しく、危険だと判断しての事だ。
「チッ! まさか、あの状態から更に突っ込んでくるとは思わなかった。余程こっちを殺したいのか、それともコイツを見て危険を悟ったか。それでも突っ込んで来たのは褒めてやる」
何故か謎の上から目線を発揮する<人形>。扱うのが死体だからだろうか、独り言が多いのかもしれない。もしくは口に出す事で現状を再認識しているのか。しかし、それなら上から目線である必要は無い。
どうやら<死霊使い>に多いアレな人物のようだ。死の神の評価はそれなりに高いみたいだが、自分の世界に入り込むタイプはちょっと……。とミクが思っていると、攻撃を仕掛けてくる<人形>。
ミクに突っ込んできたかと思ったら途中で方向転換し、ヴァルの方に向かって行った。ミクの方へはオーガだけである。先にヴァルを倒そうと思ったのだろうが、そう甘くはない。
ヴァルは横転して回避し、ゴブリンを爪で引っ掛け<人形>に向かって投げ飛ばす。まさかそんな事をしてくるとは思わなかった<人形>は、慌てて回避するが二体のゾンビが停止してしまう。
そこに強烈なミクの体当たりが決まり、オーガが<人形>の方へと倒れてきた。命の危機にがむしゃらになって転がり回避する<人形>。何とか倒れてくるオーガを回避したものの、戦闘中だという事を思い出して慌てて顔を上げる。
すると、フォレストベア二頭は既に居なくなっていた。
「何なんだよ、あのフォレストベア! 尋常じゃないぐらい強かったぞ! 連携の仕方がまるで人間種みたいじゃないか。フォレストベアだと思って舐めてると殺されるな。気を引き締めないとマズい」
魔物の強さはランクだけでは測れない。よく冒険者の間で言われる事だが、久しぶりに実感した<人形>は気を引き締める。戦闘は殺し合いだ。調子に乗る奴から死ぬ。そんな事は分かりきっていた筈である。
「あのフォレストベアは尋常じゃない。少し前までここに居た冒険者どもを軽く殺していたのに、こちらに対して一切油断してなかった。この辺りの主かもしれないな。後で報告しておくか……」
何故か実在しない森の主が登録されそうだが、ミクとヴァルにとっては興味も無い事であった。
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『いやー、思っている以上に強かったねー。【死霊魔法】であそこまでやる奴が居るなんてビックリだよ。危うくフォレスベアじゃないってバレるところだった……』
『あくまでもフォレストベアを装うから強かったんであって、他ならまた違ってたろうけどな。とはいえ死体を操るのは厄介だが、同時に弱点もある事が分かった。驚いたりすると動かない』
『そうだね。多分目が見えなくなっても碌に動かせなくなるよ。【光魔法】で目を眩ませるのが手っ取り早いと思う。まあ、フォレストベアの姿じゃ使えないけどね』
『この姿でも対応は、っと。どうやらバカが釣れたらしいが、普通の冒険者っぽいな。適当に倒して逃げるのが良いと思うが……』
『それでいこう。私もいちいち面倒な奴等の相手はしたくないし』
ミクとヴァルを見つけた男女六人のパーティー。彼らはこの後でミクとヴァルに一蹴され、鼻で笑われた後で見逃される。その事で更に森の主の噂が広がるのだが、やはり二人にとってはどうでもいい事だった。
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森の人目に付かない所で女性形態と狐形態に戻ったミクとヴァル。二人は何食わぬ顔で王都ヨースに戻り、適当に狩った魔物を売る。幾つかは本体空間に居るローネの食料になり、残りを売って受付へと行く。
ミクのランクは10なので特にランクアップはしないのだが、きちんと狩りをしてますよと見せないと怪しまれる。二人にとっては面倒な事だが、周囲の目を気にする必要があるので仕方ない。
そう思いながら待っていると、またもや突っ掛かってくるバカが現れた。ミクにとっては冒険者ギルドで絡まれても喰えないので、面倒な奴の相手はする気が無い。
「おいおい。ビーストテイマーか? そんなチャチな魔物を連れてるなんぞ程度が知れるが、ランク6のムールド様が買ってやってもいいぜ? ついてこいよ」
「ランク6程度のうえムードも無い奴なんてお断りなんだけど? あと私は”鉄”のプレートなの。見たら分かるでしょ? あっ、ごっめーん。お腹がつっかえて見えないかー」
「テ……テメェー! ブッゴッ!!」
ぶっ殺すと言いたかったのだろうが、ミクが鳩尾を突き上げたので男は悶絶している。どうやら肥え太って出ている腹は、何の役にも立たないらしい。




