0079・<淫母フェルーシャ>
現在<淫蕩の宴>の息が掛かった店に監禁されているミク。当たり前ではあるが脱出は容易い。しかし状況が不透明である為に敢えて牢の中に入ったままである。
実は二人は勘違いしているのだが、媚薬と精力剤の実験は気付かれていない。そもそもサキュバスは性欲旺盛であるし、あの部下達は何とか付き合える者達なのだ。不思議には思っているが、それ以上は考えてもいない。
ミクは周りを色々調べているが、鉄格子つきの牢に入れているからか、見張りもおらず気楽なものだ。ヴァルは隣の牢に入れられていて大人しくしている。蹴られてダメージを受けたフリをする必要がある為だ。
『前に<淫蕩の宴>と関わりある店の牢に入れられたじゃない? あそこと変わらない感じだね。服は全て取られたけど、取られても問題無いものばかりで良かったよ。装備も持ってなかったし。ヴァルのおかげだね』
『儲かれば何でもいいという連中の国だと聞いていたからな。逆に装備を見せびらかすと奪われかねんと思ったんだよ。俺達はこの国に来たばかりだ。今揉め事を起こすのは得策じゃない』
『そうだね。とはいえ私達をどうする気なんだか? 場合によっては全員喰って出ればいいか……』
『それは最終手段にしてほしいところだが、主はあの女が近付いてきたのを知っていただろう? 俺は感知系の【スキル】を使っていなかったが、主が絶やすとは思えん』
『使ってたけど見つからなかったね。【気配察知】しか使ってなかったからだろうけどさ。おそらくは誤魔化す魔道具か何かを使ってたんだろうけど、あの男達の話に誘導された感じかなー』
『そういえば女隊長が兵士を喰いに行ったとか言ってたな。そういうのも何気ない誘導だった訳か。よく考えるものだ』
そうやって【念話】を使っていると、地下の牢屋に足音が近付いてくる。十中八九あの女隊長だろう。鉄の扉が開くと、女隊長と四人の男が入ってきた。
牢に入れられてから時間はそんなに経っていない。何より町に正規の手順で入ってきていないのだ、調べても分からなかったろう。背負っていたリュックには僅かな貨幣して入っていないので、本当に分からない筈だ。
「どうやら起きてたようだね? 何処の工作員だか知らないけど、実に綺麗に隠して町に入ってきたようじゃないか。門番に聞いても、それ以外の色々な奴に聞いても知らなかったよ。ここまで情報が無い奴は初めてさ」
「お前の荷物には金しかなかった。これは明らかに不自然だ。言え! お前はどこの手の者だ!! 言わねば拷問が始まるぞ?」
「拷問ねぇ……したいならすれば? 別にされてもいいけどねー。ただ、報復される覚悟を持ってやりなよ?」
一人の男がミクを脅すような事を言うが、ミクは何の気負いも無く反論した。殺気も殺意も意思も篭めていない言葉ではあるが、それは彼らにプレッシャーとなって飛んでくる。ここまでだとは思わなかった女隊長達。
「へえ……何処の工作員かは知らないけど優秀じゃないか。どうやら知ってるようだから敢えて言うよ。私の名はフェルーシャ・アロンデモア・ソヌムルブ。<淫母フェルーシャ>と言われているサキュバスさ。で、そっちは?」
「私はミク。冒険者だよ」
「………ふーん、間違いは無さそうだね。それにしても、私でさえ目を惹きつける美貌。それがどれほど不自然か理解してるかい? そんな肉体と美貌はあり得ないものだし、人間種では持てない美貌なんだ。アンタは何処の誰さ?」
フェルーシャから強烈な殺気と魔力が噴き上がる。グレータークラス中位と言えるほどの力を感じるが、肉塊にとってはそれだけである。魔界ならばアーククラスの者も居るが、それでもミクの相手にはならない。
ましてや夢魔であるサキュバスは搦め手の得意な種族だ。真正面から闘う種族ではない。魔力が強くても戦いが出来るかと言えば、それはまた別の話である。魔力だけ、闘気だけが強さの指標ではない。
「グレータークラス中位ってところかな? ………ああ、だからカレンに負けて格付けされたって事か。種族が違うとはいえ、サキュバスがヤられて負けたとなればそうなるのかな?」
「「「「「!?」」」」」
「何故それを知って……いえ、お前はカレンを知っているというの? ………彼女はいったい何処に居て、今何をしているのか教えてくれれば出してもいいけど?」
「「「「フェルーシャ様!?」」」」
「悪くはない話だろう? お前はここから出たい、私はカレンの情報がほしい。お互いに得るものを得ようじゃないか」
「別に自力で出るからいいんだけどね。ま、カレンの情報ならあげてもいいけど、何でそこまでしてカレンの情報を得ようとするのか教えてくれる? オーセスとかいう奴は貴女がカレンを愛していると言ってたけど」
「オーセスを知ってる? 成る程、王国からわざわざこんな所まで御苦労な事さ。サキュバスが”愛する”というのは隠語なの。サキュバスの愛というのは、搾り殺さずに嬲り続けるって意味よ」
「ふーん……成る程ねー。まあ、聞いたところで何の意味も無いか。カレンの事だけど、今は多分魔導国に移動してるんじゃないかな? 一応言っておくと襲っても意味無いから止めた方がいいよ。全員が怒り狂うと思うから」
「カレンは確かに厄介な強さを持つ、それは間違い無い。でもね、吸血鬼をさんざん調べ上げた私に隙は無いよ。何より、あの女には決定的に足りないものがある。私は前回、それに気付いていながら無視してしまった。でも、次は無い」
「吸血鬼のサディズムとマゾヒズムの事? それならとっくに満たされてるから意味無いよ。弱点にすらならないし、触れると暴れるのは確実なんだけどね」
「っ!? どういう事!? いったい何がカレンにあったというの!! 答えなさい!!!」
「何がって言われても、カレンが主を得ただけだよ。というか簡単に想像はつくでしょ?」
「そんな馬鹿な!? カレンは他の吸血鬼を心の底から警戒していた筈! 彼女は吸血鬼にされた方法が酷かっただけに、自分の眷属以外を信用していない! ……成る程、下らない嘘を吐いて逃れようって事ね」
「別に嘘を吐く必要も無いんだけどね? カレンがヴァルドラースに隷属の誓いを立てて眷族になったのは事実だよ。私はその場に居たんだし」
「…………ヴァルドラース……? それってもしかして、あのヴァルドラース・ルスティウム・ドラクルの事? ……それって、アーククラスの化け物じゃないの。何で<青の鮮血>が居るのよ!? 昔、頭のイカレた奴に襲われた筈でしょ!?」
「あれ? 知ってるの? 私はヴァルドラースから聞いて初めて知ったけど、当時だってアーククラスだったのに何で喧嘩売ったんだろうね?」
「そんな事は知らないわよ。当時は私もまだ召喚されてないし、神聖国のバカどもを溺れさせた中にヴァルドラースの情報があったのよ。自慢気に祖先の功績だとか語ってたらしいわ」
「功績って……。【浄化魔法】で弱らせて<呪具>で暴走させただけじゃん。そのうえ、やった奴等はヴァルドラースに皆殺しにされてるし。暴走したヴァルドラースを転移させたのは神だよ?」
「………つまり、現代にアーククラスの怪物が復活して、その化け物がカレンを眷属にしたと。それって私が手を出せばアーククラスと全面戦争じゃないの」
「そのうえ相手は数百年間に渡って鍛えに鍛え、アーククラスの中位にまで上ってる。喧嘩売っても絶対に負けるよ?」
「「「「「アーククラス中位……」」」」」
誰でも簡単に分かる、手を出したら殺される相手である。もはや搦め手が入る隙間すらなく、どうにもならない事を理解したらしい。




