0078・商国の町ローミャ
一夜明けた次の日、フラフラしながらも朝食を準備する男性騎士達。艶々な顔でスッキリしている女隊長。それを見て、ローネみたいな人物かと納得するミク。それもどうなんだろうと思うヴァル。
朝も保存食を食べたら屋根にしていた布を回収し、町の方角へと歩いて行く五人とそれを尾けていくミク。百足の姿で地面を走り追いかけていく。魔物に襲われたりはしないというか、非常に速いので襲えないという方が正しいだろう。
そんな風に追い掛けていると石の壁で守られた町が見えてきた。騎士達五人は騎士章っぽい物を見せて簡単に通り、ミクはコソッと侵入していく。騎士達は兵士の詰め所に行くと、何やら話している。どうやら<通信宝珠>を借りるらしい。
どうやら二つあるらしく、王都に繋がっている物もあるようだ。それを使用して待つ隊長。ちなみに個室だが窓があり、そこからミクは侵入している。鉄の格子窓であり、更に二階なので盗み聞きは無理だろう。普通は。
「ふむ……つまり<ロキド山>の秘密のルートはデスホーネットが出るようになっていたと?」
「ハッ! 私の隊が近付いた時にも、およそ十匹ほどがこちらを警戒していました。私としては撤退を命じる他なく、また元々近くにはデスホーネットの巣窟ともいえる森林地帯があります。向こうから流れてきたのであれば……」
「通れるようにするにはデスホーネットを駆逐する必要があると……。そんな事が出来るなら誰も苦労はせんな。相分かった。元々懐疑的な部分もあったルートだ。使えるならば良かったのだが、魔物に文句を言っても始まらん。帰って詳細を報告せよ」
「ハッ!」
それで通信は終わったが、ミクはそのまま騎士について行く気は無かった。なのでここで騎士からの情報収集は終了となる。兵士の宿舎を脱出したミクは、町中の薄暗い路地に入り人目が無い事を確認したら、肉体を女性形態に変化させた。
すぐに薄手のシャツと麻のズボンを履き、ブーツを履いてドラゴン革のジャケットを羽織る。ライダースーツは目立つので、ここでは普通の服に戻した。ヴァルも狐形態で出現し、準備を整えたら宿へと向かう。
宿に入って一人部屋をとり、町中で情報収集を行っていく。商国の地理であったり、売れ筋の商品、最近入荷が少ない魔物などなど。町の人や商人から多くの情報を得たミクは、食堂に入って昼食を注文する。
席に座って待っていると、四人の男性騎士が店にやってきてミクの隣に座った。別にミクを尾けてきた訳ではないようだが、何故まだこの町に居るのだろうか? 王都に報告に行った筈だが……。
「それにしても今日一日休めるようになって良かったぜ。昨夜は隊長の所為でエラい目に遭ったからなぁ。いつもより頑張れたけど、隊長のアレには絶対に勝てねえしさ」
「しゃあねえ。大きな声じゃ言えねえが、隊長はサキュバスだからなあ……。<淫母フェルーシャ>と同じ種族だけど、そんなポンポン居ないよな? 悪魔なんてさ」
「何でも<淫母フェルーシャ>が魔界から呼んだとか何とか聞いたが、本当かどうかは分からねえよ。それにしてもさ、隊長とヤるのは嫌いじゃないけど頻度がなぁ……毎日だろ? それがなきゃな」
「そうなんだよなー。器量は抜群で料理はプロ、男との付き合いも上手くて夜はエロい。男としちゃ文句なんて無い筈なんだが……毎回搾り取られると流石にな。勘弁してほしいぜ」
「サキュバスは男の精を集めて位階を上げるらしいから、仕方がないんだろうけどな。それでも搾り殺さないだけ優しいんだとは思うけどなー。それにも限度がある」
「昨夜は特に酷かった。何か暴走してるんじゃないかと思ったぐらいだしな。俺達もいつもより頑張れたから不思議だけどさ。そういえば隊長は何してるんだ? 嫌な予感がするんだけど……」
「嫌な予感の通りだよ。宿舎に居る兵士達を喰いに行った。今年の新兵の味見だとよ。まあ、俺達が被害を受ける訳じゃないからいいさ。若いと元気だろうしな。俺達の代わりに頑張ってもらおうじゃないか」
それ以上は聞いても仕方がないと思い、声をシャットアウトして食事を続けるミク。ヴァルとも話し合うが、やはりサキュバスが居る事に奇妙さを感じるのだった。
『そもそもだが、この星の者が呼び出したならともかくとして、悪魔が悪魔を呼ぶなんて事は簡単には出来ない筈だ。そんな事が出来れば簡単に悪魔まみれになってしまう。そもそも<現界の壁>はどうやったんだ?』
ヴァルが言う<現界の壁>とは、悪魔が魔界から惑星に召喚される場合において、実力の大きい者を弾く壁の事である。魔界から物質界にアクセスする方法は無く、物質界から魔界にアクセスする方法しかない。ちなみに天界は存在しない。
天使という存在そのものが居ないのだから、天界という場所も当然無い。代わりに悪魔の中での争いはある。というより、悪魔は必ずしも悪ではない。強力な力を持つ者を悪魔と呼んでいるだけだ。
そして魔界で絶えず争っている連中が悪魔なのだが、秩序や善を重んじる者も居る。またそういった者が一大勢力を築いている場所もある。魔界ではそういった争いもあるのだ。
ミクが喜びそうな場所だが、そこは神から掃除の必要が無いと言われている。なので行く事が出来ない。ミクが非常に残念がったのは言うまでもなかろう。
話を戻すが、呼び出された<淫母フェルーシャ>が新たなサキュバスを呼び出すには、それ相応の魔力などを含めて長い時間が掛かるし制約もある。なので簡単な事ではないし、大幅に自身を削る事になってしまう。
悪魔は精神体である為、肉体的な滅びは無い。しかし悪魔が物質界に悪魔を呼ぶ場合、自身の精神体を大幅に削って対価とせねばならないのだ。その為、この世界では基本的に悪魔は悪魔を呼ばない。人間種に呼ばせる。
『でも大量の魔力だったり生贄がないと呼べないよね? で、そんな事をすれば流石に他の国にバレる。もしかしたらだけど、あの女隊長が<淫母フェルーシャ>じゃないの?』
『俺も主と同じ意見だ。主が適当にした媚薬と精力剤の実験、あれがバレている可能性があるぞ。こと性的な事に関してはサキュバスを欺くのは難しいと聞く。あの女隊長が居ないのは主を!?』
女隊長が後ろに忍び寄っており、ミクの口は湿った布で塞がれた。ミクは即座に睡眠薬だと理解し、眠っていくフリをする。ヴァルは蹴り飛ばされたので弱く呻くと、更に蹴り上げられた。
「コイツが怪しい奴か? とりあえずウチの店の支店に運びな。私はここの兵士長に話をして明日の出発の準備をさせる。下らない手を出すんじゃないよ? もしやったら一滴残らず搾り取るからね」
「「「「ハッ!」」」」
気を失ったフリをしているヴァルを含めて連れて行く騎士達。どうやら四人の騎士も唯の騎士では無さそうだ。いや、コイツら<淫蕩の宴>か? そう思いながら大人しく連れて行かれるミクだった。
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(それにしても妙だ、あの女は整い過ぎてる。夢魔である私達は好きに肉体を変えられるとはいえ、あの女ほどの美貌にはならない。あれは何か……そう、非常に不自然なナニカだ。そもそも性欲を一切感じないのは明らかにおかしい)
夢魔サキュバス。夢魔とは言われているが、別に起きている相手からも関係なく搾り取る性の悪魔である。そのサキュバスは相手の性欲を感じ取る事ができ、それを元に相手を襲う。だが、一切の性欲を持たない者など存在しない。
人間種だけではない、悪魔でさえも性欲は持つのだ。それさえ無いというのは明らかにおかしい。<淫母フェルーシャ>は半神族でさえ性欲を持つのを知っている。いや、昔見た女は異常に溜め込んだ性欲を持っていて、フェルーシャでさえ近付かなかった程だ。
この町の兵士長に準備を任せながらも、嫌な予感が拭えないフェルーシャ。
彼女はいったい何に手を出したのか……それを知った時に彼女はどうなっているのか。それは誰にも分からない。




