0072・あっさりと全てを捨てるカレン
冒険者ギルドの中が大騒ぎになっているが、カレンの目には映っていないようだ。完全に無視して跪いたままなのだが、そうしているとヴァルドラースが声をかける。
「おそらくは君がミクやローネレリア様の言われる同胞なのだろう。立ってくれ。私の名はヴァルドラース・ルスティウム・ドラクルという。君の名は?」
「はい。私の名はカレン・ジューディア・エスティオルと申します。我が君……」
「ふむ。ジューディア………あの男か。私よりも一世代下だが、良い噂を聞かぬ男だ。しかし……あの男は確か………」
「はい。あの男に無理矢理な方法で吸血鬼にされた私は、あの男を主とは認めませんでした。力の差は歴然でしたので虎視眈々と機会を待って修行し、そして下剋上を果たしました。その時に高位吸血鬼となってございます」
「成る程。君は<叛逆の華>だったのか。私は直接会った事が無かったが、噂だけは聞いていたよ。愚か者が手篭めにするように眷族を作ったが、その手篭めにされた者が打ち倒したとね」
「申し訳ございません、隷属の誓いをしておきながら……。私は穢されております。ですが、わたっ」
ヴァルドラースは言葉を続けようとするカレンを抱き締めてキスをする。それだけでカレンの心は満たされた。かつて自分を凌辱し、無理矢理に吸血鬼にした憎しみの相手。それに打ち勝つ為に全てを捨てたのだ。ようやくそれが報われた気分だった。
吸血鬼になると嗜虐性が増してしまう。いわゆるサディズムだが、それは同時に被虐性も増す事になる。つまりマゾヒズムだ。カレンは吸血鬼になって増大したサディズムを、憎しみを持ってジューディアという吸血鬼にぶつけ喰らった。
しかし、その反対側であり同じものとも言えるマゾヒズムは満たされた事が無い。その後のカレンは独立勢力の頂点として生きてきた。それ故に彼女は他者に屈服した事も、隷属した事も無い。特に同胞たる吸血鬼には警戒していたのだから。
「私は噂だけとはいえ知っている。あの当時は様々に言われていたが、吸血鬼にされた者が主に従わずに叛逆し続けるというのは、並大抵の精神では無理なのだ。それが出来ただけで賞賛に値する」
「ありがとう……ありがとうございます。我が君……」
カレンは泣いていたが、そのカレンの首筋にヴァルドラースは牙を突き立てる。噛み付いて血を啜る音がすると、カレンは白目を剥き、涎を垂らしながら盛大に股座を濡らしていく。辺りに淫臭が漂うが、カレンは忘我の極地に達した。
本来ならあり得ないが、カレンのマゾヒズムは一度も満たされた事が無かった。それが今日、今現在、ヴァルドラースというアーククラス中位に完全に屈服し、己の全てを差し出した事で満たされたのだ。否、満たされすぎた。
彼女にとっては初めての経験であり、何も知らない生娘のようなものだ。そこにアーククラス中位という劇物を放り込んだのだから、狂って当然とも言える。ヴァルドラースに血を飲まれた後、今度はカレンが飲む番だ。これで契約は完了となる。
カレンはヴァルドラースの首に牙を突き立てた途端、絶頂した。その後も啜る際に絶頂し、飲み込んで絶頂する。カレンという吸血鬼はヴァルドラースという主を得た事により、ようやく完成したのだ。
契約が成った時には、完全に気を失っていたカレン。そのカレンを慈愛の篭もった目で見ながら、お姫様抱っこで持ち上げるヴァルドラース。美しい光景だが、色々な臭いの所為でそう思えない。何とも盛大なオチがついてしまうのだった。
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ここはカレンの屋敷。盛大にアレな儀式を冒険者ギルド内でやってしまった為、ミクは金貨を1枚ずつ受付嬢に渡して掃除を頼んだ。それと今日はもうカレンを屋敷に帰すと言うと、受付嬢も納得していた。
彼女達も遣り取りを見ていたのだ、何となく吸血鬼同士の話なんだろうと思い忘れる事にしたらしい。特にカレンが盛大に恥を晒したところは忘れるだろう。覚えていても誰も得をしないし。
屋敷に戻ってきてもカレンは気を失ったままだったが、それを見た従者達は”それどころ”ではなかった。後でカレンに怒られそうだが、目の前にとんでもない吸血鬼が居るのだ。それどころではないのは当たり前である。
ミクが居た事ですぐに治まったが、ヴァルドラースと聞いて仰天し、カレンが隷属した事には素直に祝福していた。
ちなみにカレンの股座がビチャビチャな事には盛大に納得し、マリロットとフェルメテが綺麗にしている。
「それにしても<叛逆の華>と呼ばれた彼女が、同じ神命を受けた同胞だったとは。いきなり隷属の誓いをしてきた事にも驚いたけど、彼女の生い立ちを聞けば分かってしまうね。慣れていなかったとは……」
「慣れていないとは、どういう事なんだ? お前を一目見た時から彼女はおかしかったが……」
「吸血鬼になると元の性格に関係無く、嗜虐性と被虐性が増すのです。本来なら主に手ほどきを受け、ゆっくりと制御の術を習うのですが……彼女は凌辱されながら吸血鬼にされてしまった」
「カレン様はその事が元で、主であるジューディアを怨んで憎んでいました。それを原動力としてジューディアを殺し喰らったのですが、その時に嗜虐性は満たされたのです。それ故、その後は落ち着かれたのですが……」
「被虐性は満たされないまま何百年も過ごした訳か……」
「彼女は満たされていなかった被虐性を、私を見た時に無意識ながら自覚したのでしょう。ですから他人の目も何も関係無く、いきなり隷属の誓いを立ててしまった。流石に私も驚いて固まってしまいましたよ。永い人生で初めてです、いきなりは」
「とはいえ、ヴァルドラースって吸血鬼の中では強いんでしょ? 吸血鬼って強い奴に従うのなら、カレンがそうするのって普通じゃないの?」
「流石に普通ではないわね……。ああっ! 今さらながら、私は人前で何て事を………!!」
カレンが起きたようだが、自分のやった事を思い出したのか両手で顔を覆って悶えている。ようやく正気に戻ったとも言えるのだが、羞恥地獄は自業自得なので誰もツッコまない。それよりも今後の話をしていくのだった。
「そんな事はどうでもいいんだけどさ。カレンはヴァルドラースと一緒に行くんでしょ? でも冒険者ギルドのギルドマスターしてるじゃない。それ、どうするの?」
「辞める」
「「「えっ!?」」」
「辞めるし、この屋敷も手放す。ヴァルドラース様と一緒に行くのに不要な物は全部捨てるわ。そもそも自分の力で手に入れられるんだし、権威とか権力とか興味無いしね。私が侯爵家相当なのも、「暴れないでね」っていう王国からのお願いでしかないから」
「まあ、高位吸血鬼。つまりグレータークラスが暴れたら困るだろう。貴族位だろうが何だろうが、くれてやって止まるなら国は与えるだろうさ。あくまでも侯爵家”相当”なだけだしな」
「私もくれって言った訳じゃないんだけどね。無理矢理に与えられたから、これ以上暴れるなって事だと思って止めたのよ。そもそも私に喧嘩を売ってくる奴が多かった所為でしかないんだから、私が原因じゃないのよね」
「私としてはカレンが来てくれると助かるよ。君はアーククラスに近い強さを持っているし、私以外にアーククラスに上れる者が眷属であるのは誇らしい」
「はい///。私はカレン・ヴァルドラース・エスティオルとして生きる事を誓った、貴方様の永遠なる僕でございます。どうぞカレンを御傍に置き、いつでもお使い下さい///」
何だかカレンがトリップしているが、オルドラスが夕食を言いに来たので皆で移動する。実はカレンは長く気を失っており、既に夕方だった。その事にカレンが驚き、赤面していた。
どうやら気を失った時の顔を、ヴァルドラースに見られた事が恥ずかしいらしい。
キャラ変わってませんか、この人?。




