0005・冒険者ギルド
扉を開けると「カラン! カラーン!」と音が鳴り、中に居た連中が一斉にこっちを向いてきた。
そんな視線を一切気にせず、ミクは受付嬢の下へ行く。カウンターには3人の受付嬢が等間隔に並んでおり、現代日本人なら役所を思い出すような光景だ。
そんな中、1番右端の受付嬢にミクは話しかける。真っ直ぐ進めば中央の受付嬢だったにも関わらず、何故かミクは右端の分厚いメガネを掛けた受付嬢に声をかけた。
その行動にはミクなりの理由があるのだ。何故なら……。
(この人……何故か猛烈に美味しそうな匂いがするね。凄く濃厚な血の匂い。隠しているつもりかもしれないけど、私の鼻は誤魔化せないよ?)
ミクはその血の匂いのする女性に向かって、笑顔で話しかける。にも関わらず、受付嬢は一切表情を変える事無く淡々と仕事をしていく。どちらも異常であった。
「冒険者登録っていうのをしたいんだけど、いいかな?」
「はい、冒険者登録ですね。手続きには銀貨1枚が必要です。それと、登録用の用紙を用意しますので少々お待ち下さい」
そう言って受付嬢は、奥の部屋に登録用の用紙を取りに行った。あからさまに不自然であり、たとえ肉塊でしかないミクにだって異常性は分かる。美の女神が作り上げた美貌に対し、一切のリアクションを起こさないのは明らかにおかしい。
登録用の用紙を持って戻ってきた受付嬢に対し、ミクは美味しそうな匂いがするものの、この受付嬢に対する警戒度を一段階上げる事にした。女性に興味が無いにしたところで、何もかもをスルーするのは不自然でしかない。
ミクは登録用紙にサラサラと記入していく。受付嬢が代筆の申し出をする前に書いてしまったのだから、受付嬢も何も言えない。すぐに書き終わったミクは、登録用紙を受付嬢に渡す。
「書き終わった。これでいいと思うんだけど……」
「はい、お預かりします。……問題ありません。これから登録証を作りますので、出来るまでの間、冒険者について説明をさせていただきます」
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冒険者というのは何でも屋である。流石に便利屋とか何でも屋などと名乗る訳にもいかないし、荒くれ者どもが怒るので冒険者という名称になったに過ぎない。
冒険者の大部分は魔物を狩って生計を立てているが、強者はダンジョンと呼ばれる場所に行き、更なる富を手に入れるのだという。魔道具や魔力武器などが出てくるらしく、それを売れば一攫千金も夢ではないらしい。
間違いなく神どもだ。人間種を殺すべく、鼻先にエサをぶら下げてる。そうやって間引きしているにも関わらず、私が必要なくらい人間種というのは多いのだろうか? それとも腐った汚物だけが生き残っているのだろうか?
おっと、今は冒険者の説明をしっかり聞いておこう。音さえ聞こえていれば記憶するのは簡単だ。私は人間種ではないし。
ふんふん。喧嘩は良いけど、殺しは駄目。もし野外で他の冒険者に襲われたら、殺してもいいけど登録証を持って来いと。そうすると死んだとして抹消されるそうだ。ようするに、そんな奴は居なかったとされるらしい。
後は犯罪行為はするなという事ぐらいか。それに関しては神どもから聞いているから問題ないね。そこについては、しつこく聞かされたからさ。いちいちバレる様な事はしないよ。
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「以上です。登録証が出来ましたので、お渡ししますが、くれぐれも犯罪行為に手を染めないようにお願いします」
「ん。そんな事は念を押されなくてもしないよ。それじゃ」
そう言ってミクは冒険者ギルドを出た。周りに居た他の冒険者も、手を出したり声をかける雰囲気ではなかったので見送る。その後も受付嬢は淡々と仕事をするのだった。
外に出ると夕日が出てきていて、もう夕方という時刻だ。そんな夕日の中をゆっくりと歩きながら宿に戻るミク。そして、その美しさに目を奪われる住民。所々で人同士がぶつかり、文句を言い合ったり喧嘩をしていた。
宿に戻ったミクは店主に銅貨5枚を渡し、夕食を頼む。そのまま食堂と思われるカウンター前の椅子に座り、夕食をゆっくり待つ事にした。目の前に店主のオッサンが居るものの、ミクは欠片も気にしていない。
オッサンも気にしていないのか、暢気にコップを片付けたり、ミクの食事用のスプーンやフォークなどを用意したりしている。
人外の美を持つ女が目の前に居るにも関わらず、この態度は十分におかしい。このオッサンへの警戒度も一段階上げるミクだった。
「ウチの料理はこんなもんだが、構わねえか?」
「特に問題無い。私は食べられるなら、何が出てきても気にしない」
そう言って出された料理を食べていくミク。ナイフとフォークを使い肉を切っては食べ、パンを手で千切って口に入れて咀嚼する。申し訳程度のサラダを間に挟み、普通の人の普通の食事風景を続ける。
(人間種の食事って面倒くさいなぁ……。一気にこう、吸収した方が早いと思うんだけど、人間種には出来ないから仕方ないか)
などと本人は滅茶苦茶な事を考えているのだが、見た目だけは上品で所作も美しく食べている。これも神に扱かれて覚えさせられたものなのだが、神々はミクをどうしたかったのだろうか? 何故なら……。
「美人さんはえらく綺麗に食べるな。そんな綺麗でお上品な食い方は、高位貴族とか王族ぐらいしかしないぜ?」
「??? 私はこう教えられた。これ以外、知らない」
「おおぅ……そうか。教えられたのがそれだけなら仕方ないわな。アレか、教えられたって事は何処かで拾われたのか?」
「そう。何処で生まれたとかは知らない。ただ拾われて色々な実験をされて、知識を教え込まれて、戦いを叩き込まれて、行ってこいって森に飛ばされた」
「………いや、意味が分からねえ。森に飛ばされたって事は転移系の魔道具か? どこの国でも【転移魔法】は持ってるが、確かアレって莫大な魔力が必要で使えないらしいしなー」
「そうなの? 何で飛ばされたかは知らないけど、考えたって無駄。アイツらは教えていい事しか教えない。聞いても答えないから、聞くだけ無駄」
「……その話の感じから言うと、何処かの国の実験施設か? 怪しい事をしてる国は山ほどあるからなぁ。<魔導国>か<神聖国>か、それとも<商国>か<帝国>か。まぁ、王国の片田舎であるココには関係無いな」
「ここは王国? 国の名前も町の名前も知らないけど、王国だったんだ」
「おいおい……って、そういえば飛ばされたんだったな。ここはロンダ王国で、この町は辺境の町バルクスだ。ちなみに辺境って言っても国境が近い訳じゃねえぜ。単に<魔境>が近いだけだ」
「魔境?」
「魔境ってのは森の……お前さん森に飛ばされたって言ってたな。まさか魔境の最初である<大森林>に飛ばされたのか? だとしたら、よく生きてたもんだ。あそこは魔物が異常に多い事で有名でな。冒険者も毎年結構死んでるんだよ」
「確かに狼とか、緑の人型とか、熊とか居た。大して強くもなかったけど……」
「<フォレストウルフ>と<ゴブリン>に<フォレストベア>か。最後のフォレストベアはランク5以下のソロだと逃げなきゃいけない相手だぞ。アンタ何者だ? そこまで強いソロを俺は知らんぞ。ランクは?」
「さっき登録してきたから、一番下? 多分そうだと思う。登録証出すの面倒、今食事中」
「ああ、スマン。そういや教えられた後に、戦闘も叩き込まれたとか言ってたな。それで強いのか? 強力な【スキル】とか教え込まれたのなら、分からないでもないんだが……」
店主のオッサンがミクをジロジロ見るも、オッサンには実力者かどうか分からなかった。また、ミクもそんな事を聞かれても困るのだ。比較対象は神々と盗賊しかない。自分の強さがどれほどなのか、客観的に理解するのは無理である
「さあ? 多分強いんだと思う。ごちそうさま。暗くなってきているみたいだし、もう部屋に行って休むよ」
「おお、すまんな。部屋に行ったら、ちゃんと閂しろよ。忘れて押し入られたって言われても、こっちは責任持たんぜ」
「ん」
そう言ってミクは一番奥の部屋へと入り、渋々閂をした。実際、襲ってくれた方がミクにとっては都合が良かったりする。人間種を装う為に、肉を喰うチャンスを棒に振らねばならない。
その事に何とも言えない思いを抱くのだった。