0048・スカボロー侯爵家の屋敷へ
夕食後、ミク達はさっさと寝室に戻って行ったのだが、それについてくるゼルダ。どうもローネの煽りに対して思うところがあるようだ。ミクは面倒くさいなぁと思いながらも、自分が出て行った後にしてくれと頼む。
それに対しロディアスからの依頼の話を知らないゼルダは、疑問に思ったので聞いてみた。それに対して素直に話すミク。
「マルヴェント侯爵からの依頼かぁ……。まあ、これを機に邪魔者であるスカボロー侯爵家を、潰すか弱体化させたいって気持ちは分かるわね。あそこは建国当時からの家柄っていう以外、碌に聞かないし」
「ロディアスも言っていた家柄だな。確かに建国王に従っていた家というのは名門なのだろうが、私からすれば、この国の建国王すら新参者でしかないのだ。なので正直、どうでもいい」
「まあ、貴女からすればそうでしょう。私の師匠でさえ建国前から生きてるし……。この国って、建国されてから400年程度なのよ。それでも新参の国とは言えないんだけどね。商国こそ最近の国だし」
「この辺りの国では一番長いのが王国だろうな。商国は80年ほど、魔導国が350年ほど、帝国が250年ほどだったか? 神聖国のクソどもは1000年とかホザいているが、アレは長くても300年程度だ」
「ふーん。国の長さなんてどうでもいいよ。どうせいつかは滅ぶんだし、興味も無い。それより、貴族が大事な物を隠すってどんな所が多いの? やっぱり本人に聞いた方が早い?」
「そりゃ本人に聞くのが一番早いわよ。もし生かしておくなら、何らかの方法で感知される恐れはあるから注意しなさい。特に魔道具の系統は、所持者に危険が迫ると反応する物があるから。【スキル】もそうだけどね」
「確かにな。特に危機感知系の【スキル】は厄介なものが多い。命の危険がある時だけ反応するタイプは、普段の行動に殆ど出ないのだ。暗殺する場合にも困りものでな、異なる星の若者にもそれは居た。御蔭で面倒な事になったよ」
「さて、話してたらそろそろ夜になったわね。これからはオトナの時間よ」
ミクはこれ以上部屋に居ても仕方ないので、さっさと百足に変わり窓から出て行くのだった。それにしてもゼルダもローネも好きなものだ。飽きないのかな? と疑問に思うミクだった。
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ここはスカボロー侯爵家。当主のハッサム・ウェル・スカボロー侯爵が執務室で溜息を吐いていた。その理由は、護国派とも呼ばれる国を守護する一派に、情報が洩れる危険性を抱えているからだ。
「クソッ……奴等め、ワシの派閥の幹部に堂々と接触をしおった。あやつらも洩らせば己の首が落ちると分かっておるから、迂闊には乗らぬと思うが……己の家と命の延命の為には裏切るかもしれん」
今現在、スカボロー侯爵は追い詰められてはいない。ただ、どこまでマルヴェント侯爵の護国派が掴んでいるかは分かっていないのだ。一転して自分が窮地に陥る可能性は無くなっていない。
特に利害でしか繋がっていない自分の派閥は、良くも悪くも掌を返す者が多い。というより、派閥の人員の殆ど全てがそうである。そしてそれは貴族にとって普通の事でしかない。マルヴェント侯爵一派がおかしいのだ。
「マルヴェントめ……。奴は我が家よりも新しいとはいえ、元は武官の成り上がり。国の為にならぬ者は簡単に首を落とす。<処刑侯>という渾名をつけられても喜ぶような奴だ、始末に負えん。貴族をいったい何だと思っておるのだ!」
コップの底を執務机に叩きつけるも怒りの治まらないスカボロー侯爵は、更にワインを注いで飲んでいく。手酌で飲んでいるからか、高価なガラス製のワイングラスは使っていない。金属製のコップである。
知っている者が居ればこう言うだろう。「鉛のコップは止めろ!」と。ちなみにだが、この惑星でも鉛の危険性は理解されている。にも関わらず、スカボロー侯爵は一人の時は鉛のコップでワインを飲むのだ。
危険性を知りながらも、口当たりの甘さの為に。そういうところが愚かなのだと理解もせず。
「こうなったら、こちらもマルヴェントの派閥に手を出すか……? いやいや無駄だな。ヤツの派閥には殺して解決するような野蛮な連中しかいない。王も何故あのような連中をのさばらせるのか……」
国の害虫を駆除しているからである。そもそもマルヴェント侯爵一派の護国派は、自らの手を汚してでも国に尽くす。それが護国派と呼ばれる所以だ。何より護国派の行動は、国王の許可を受けての処刑である。
当たり前だが国王が許可と命令を出している以上、常に護国派の行動は正義なのだ。王の許しが有るというのは絶対の事とも言える。それ故<処刑侯>という渾名も、マルヴェント侯爵にとっては勲章のような物でしかない。
だからこそ他の派閥の者も口を挟めない。国王が許可を出す程の証拠を握られた馬鹿が悪い、その一言で終わってしまう。勿論スカボロー侯爵のように恨み憎む者も居るのだが……。
一頻り不満をブチ撒けていた侯爵は、ワインが回ってきたのかウトウトと眠り始めた。執務机に突っ伏して鼾を掻き始めたのを確認して、ミクは天井から机の上へ落ちる。
今になっても大きな音が鳴ったりしないので、おそらく危機感知系の【スキル】か魔道具は反応していない。それを確認した後、ミクは分体との繋がりを最低限にまで落とし、触手を頭の上に乗せて脳を操った。
危機感知系の【スキル】や魔道具は、周囲の殺気や殺意を感知している。その為、意志が無い攻撃には反応しないのだ。ミクは繋がりを最小限にする事で、分体を人形のように操っている。これも危機感知系を欺く方法の一つだ。
ミクはスカボロー侯爵から様々な情報を聞きだしていく。執務机の引き出しの裏や、屋敷の隠し部屋とその入り方など、徹底的に聞き出したら触手を抜いた。そのまま侯爵を放置し、執務机の中から様々な書類を転送していく。
それが終わると、次は隠し部屋だ。一階の奥、雑多な物が詰め込んである倉庫の部屋の一角に、隠し部屋への入り口がある。上に木箱が乗っているので動かさないと降りられないが、そこはそれ、百足なら木箱の隙間から入れてしまう。
木箱の下は穴のようになっていて、扉なども付いていない為に簡単に入れた。ここは緊急脱出用の通路でもあるそうだ。その為、簡単に入れて逃げられるようになっている。
その脱出路にある隠し部屋へとやってきたミク。扉が付いていて鍵が掛かっているものの、シリンダー錠より簡単な鍵など触手を使えば簡単に開けられるのだ。中に入ったミクは一切合切、全て纏めて本体の空間に転送していく。
それが終わると脱出路から外に出るのだが、そちらにも扉と鍵が掛かっていたので開ける。扉を開けて脱出するのだが、ふと思いついたミクは、扉を閉めた後で【土壁】の魔法を使い開かないようにした。
もしかしたら侯爵が脱出するのに使うかもしれない。そう思って壁は七重にしておく。これなら絶対に開けられないだろう。一仕事終えたミクは意気揚々とゼルダの屋敷へと帰る。良い事をした気分と共に……。
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ゼルダの屋敷の寝室へと帰ってきたミクは、何故か白目を剥いて失神し、痙攣しているゼルダとローネを発見した。意味が分からないが面倒になったミクは、ソファーに寝転んで女性形態の分体を停止する。
本体で事情を聞いたところ、何故か行為の最中に喧嘩を始めたゼルダとローネに対し、怒りが湧いたヴァルは触手で徹底的にヤったらしい。御苦労様と言って労った後、スカボロー侯爵家での出来事を話すミク。
相変わらず、本体の居る空間の方が気楽で快適なヴァルだった。




