0466・蜘蛛と糸
ミクの正面に居る蜘蛛は青黒く、足を伸ばした体高は3メートル程あるだろうか? 現在は2メートルちょっとだが、これは足を曲げているからだ。蜘蛛らしく八つの目でミクを見ているが、獲物と思っているのか糸を吐きかけてきた。
ミクはワザとこの糸を受けたが、それは粘着質の糸であり体に引っ付く。ミクは内心「コレじゃない」と思いながらも、蜘蛛との力比べに移行した。蜘蛛はまさか自分の力と拮抗するとは思っていなかったのだろう、少し驚いている気がする。
このままでは埒が明かないと考えたのか、蜘蛛は再び糸を吐きかけてきた。今度は胴に巻き付いてきたが、コレは粘着質ではない糸だった。つまり目の前の蜘蛛は、どちらの糸も吐ける普通の蜘蛛だった事がこれで確定する。
ミクは蜘蛛の生態に詳しい訳ではない。だからこそ普通の糸を出せるかどうかが知りたかったのだ。普通の糸が出せると分かった以上、この茶番を続ける必要は無い。ミクは糸を肉の中に収納し、一気に蜘蛛へと近付く。
いきなり糸という力の掛かっていた物を失ったからか、後方に引っ繰り返る蜘蛛。起き上がろうとした刹那、蜘蛛は肉に覆われ貪り喰われた。ミクは蜘蛛の魔物の体を詳細に分析しながら喰らい、糸を生成する為の部位を自ら作り出し、同じ糸を出してみた。
「ふむふむ。なかなか強靭な糸だね。確かネオガイアでは蜘蛛の糸はかなり強力な糸として知られていた筈。あの蜘蛛、少なくともグレータークラスの上位ぐらいはあったから、かなりの糸が生成出来るようになれたみたい。それはいいとして、予想以上に強いのが居たけどどうなってるのかな?」
ミクは間伐をしながらも周囲の気配を詳細に探る。しかし、探索範囲を広げても先ほどの蜘蛛ほどの魔物は見つからなかった。
「あの蜘蛛が近付いてきてたのは分かったけど、何でアイツだけやたらと強いんだろう? いや、私よりは遥かに弱いけど、小型恐竜なんかに比べれば強いし……。この森の主か何かだったのかな?」
考えても分からないのでミクは思考を止め、必要な物を入手したらとっとと帰るのだった。
家に戻ってきたミクは人型に戻り服を着る。そして本体が新たに作った蜘蛛の糸で出来た布に、ダチョウの羽を詰め直していく。それを見ていたゼルは疑問に思ったのか、昼食を食べながら聞いてきた。
「ミク、何でわざわざ別の布に詰め直してるの? 完成したのに壊すって何かあった? それとも気に入らないから作り直してる?」
「ある意味で正解だね。さっき外に出て木を間伐してきたけど、その時にグレータークラスの上位と思しき蜘蛛の魔物に襲われてさ。糸を吐く構造を知りたかったから丸ごと貪ったんだ。その結果、芋虫より強靭な糸が出せるようになったから作り替えてる」
「ああ、そんな事があったのね。それにしてもグレータークラスの上位……。ミクなら相手にならないんでしょうけど、相当の強者じゃないの。そんなのが村の近くに居て、三年も知られてなかったって事? 怖いわねえ」
「天然でグレータークラス上位が居るとは……なかなか面白い惑星ね。場合によってはアーククラスが居るかもしれないわ。そうすればかなりの武器が作れるわね。紫魔鉄も悪くはないけれど、圧倒的にアークラスの素材の方が優秀なのよ」
「それはそうでしょう。アーククラスなんだもの桁が違って当たり前よ。それはともかく、細くてキメ細やかなのに強靭な糸ね? これはミクが強くしてるの? それとも元のまま?」
「強化はできるけど、これは元のままの糸だね。なかなかに強力な糸だけど、外では見られるから飛ばしたりは出来ないよ。ロープとかにして用意しておくぐらいかな? それなりに使い勝手は良いと思う」
テキパキと作っていき、新たに7つのベッドが出来た。一応新しく来るであろう全員分を作り、余ったら置いておけばいいと思いつつセットしていく。今使っている家に5つ置き、片付けた建物に2つ、新たなミク達の家に3つ置いて休む。
こんどの家は入り口に一番近い家の奥だ。というより、入り口近くの家は人気が無く誰も住んで居なかっただけである。それと一番奥の肉を保存している家もそうだ。一番に襲われる場所と、逃げるのが遅れる場所は敬遠されているのだろう。
ミク達にとっては何の問題も無いので何処でもいいのだが、三人分のベッドで済むミク達と、五人分のベッドが要るワイルドドッグの面々では必要な建物の大きさが違う。入り口の家はそれなりの大きさで作ってあり、五人のベッドを置いても大丈夫なのだ。
二階は無いものの幾つか部屋があるので、三人部屋と二人部屋にそれぞれベッドを置いてきた。今ミク達が居るのは小屋であり、部屋は一つしかない。しかしながら特に気にしていないうえ、わざわざ一人一人に分かれる必要もない三人だ。一部屋で十分である。
「そもそも本体空間に行けば自由に過ごせるし、他人の目も無いんだよ。本体の目はあるけど特に気にする事でも無いし、ゼルは散々本体に甘えてるしねえ」
「ま、まあ、それはね///。そもそも人間種じゃ出来ないし、反則的なんだからしょうがないでしょ? あの肉に包まれるのは反則よ、だって丸呑みにされて全身を好き勝手にされるじゃない///。あんなの味わったら……ねえ///」
夕食を食べながらする話ではないと思うが、その辺りは気にしていないようだ。少しは気にしてほしいところだがヴァルが居ないから指摘する者が居ないのだろう、難儀な事である。
ミクたちはその後もダラダラと話を続け、ロックとティムを寝かせたらゼルを転送して分体を停止。ゼルを満足させたら小屋へと転送し、再び停止して後は色々な物を作っていくのだった。
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その後、三日間ほど降った雨も止み、今日は久しぶりの晴れである。この三日で出しておいたウサギの肉も食べたが、まあまあの味でしかなかった。とはいえ、アレは肉として腹が膨れるだけではなく精力剤としての効果もあったので、村の女性達が大喜びだった。
ミク達に要望として出される程度には良かったらしい。流石に彼女達も圧力をかける事は出来ないが、出来ていたらしたのではないかと思う程度には強く言われたのだ。ミクは「見つけたらね」と返事をしていたが。
なので残ったウサギ肉は全て男性用となった。食べてみた感じ小型恐竜より美味しくなかったので、ミクも食べたいとは思っていない。そもそも肉塊に精力増強効果など意味が無いので、ミクとしては美味しい肉の方が食べたい。
その点では利害が一致しているのだが、肝心のミクが絶対に欲しいとは思ってないので適当だ。居たら狩るよという程度でしかなく、そこに激しく温度差がある。
今日も狩りに出るミク達は、再び北へと出発する。小型恐竜も食べ尽くしたので、次の獲物を獲ってこなければいけない。できれば大物を獲って小型恐竜の数が減り過ぎないようにしたいミク。あいつらが居なくなると生態系が崩壊する。
そんな事を考えつつ魔導二輪で走っていると、何故か求めていないウサギがいた。已む無くミクだけが降り、ウサギの魔物に素早く接近。跳躍で一気に迫ってきたウサギをカウンターで仕留める。
相変わらず一撃で首を落とされたウサギは、着地と共に首が落ちて倒れた。いつも通り血抜きなどの肉の処理をしていると、レイラが何かの魔物の接近を感知したらしい。北の方から何かが来るものの、これは……。
空を見上げると、プテラノドンに似た連中が北の空からこちらに向かっているのが見えた。どうやらターゲットはミク達らしい。既にゼルは魔導四輪を降りてバズーカを構えている。
ミクは素早く処理を終わらせて収納し、二人と二匹の下へと戻るのだった。




