0455・2度目の茶番とシンテン・リュウザ
「そこの愚か者どもをさっさと抓み出せ。……それでなクーエル君。申し訳ないのだが、ここでもう一度決勝戦をやってもらいたい。今もちゃんと動画として撮っておるし、勝ってもらって構わん。もともと一個人として勝負する為に孫は自分の正体を明かさなんだのだし、カツラをしたりとか色々変装しておったのだ」
「……はい、畏まりましてございます」
そう言ってクーエルは木槍と革鎧を着込むものの、本人は完全にやる気が無い。相手が伯爵令嬢だと知っているし、そもそも傷つける事などできる訳が無い。伯爵家が望んだとしても、そんな事は無理なのだ。あり得ないと言っていい。
「もういい! もう止めてくれ!! 私は二度も茶番をする気は無い!!」
「それ以前にさ、こうなるのは当たり前だと思わなかったの? 貴族として上位と下位を絶対の形にしておきながら、本気で戦え? 少しでも傷つけたら首が落ちるかもしれないのに? 貴方達がやらせようとしている事は、私達からすれば拷問、もしくは処刑にしか見えないわ。理解してないの?」
「………」
「真面目に真剣に戦ってくれるとでも思ったのかしら、バカバカしい。自分達でその間抜けな身分制度を作っておきながら、自分が気に入らないから今だけは無し? 後で好き勝手に利用されて家が破滅するかもしれないのに、よくそんな事が言えるわねえ。流石はクソ貴族だと思うわ」
「私はそんな事などしない!!」
「あのねえ、貴女がやらなくても周りの貴族がやるのよ。だからこそクーエルは絶対に貴女とまともに戦おうとしないし、自分から負けようとする。自分だけじゃないの、家族にも迷惑が掛かり家がどうなるかも分からない。自分の所為で家を傾けたら……そう思ったらプライドなんて簡単に放り捨てるわよ。家族の命には替えられない、そんな事は当たり前でしょ」
「孫娘に甘いのかもしれないけど、散々偉そうにしておきながら恥の上塗りねえ。本当に貴族って碌でもない。再びクーエルを連れてきて笑い者にしたかったの? そんなに他人を侮辱して楽しい?」
「ち、違う! 私は……そんな………」
「貴女がそう思ってなくても周りは忖度するわ。だって上位貴族である伯爵家だもの。目障りな男爵家なんてさっさと追いやるでしょうし、それが貴族の世界じゃないの。今に始まった事じゃないでしょ?」
「………」
「伯爵家からすれば考える事も無いのでしょうけどね、どう考えたら今度は正しい決勝戦が行えると思うの? 貴女が伯爵家の令嬢だと分かった瞬間、もう無理なのよ。どうやってもね。怨むなら先ほど連れ出された二人を怨みなさいな。クーエルを怨むのは筋違いよ」
「……ふぅ、すまん! ワシも伯爵家の者として驕っておったのであろう。確かにもう一度、今度は孫娘が納得する決勝が出来ると思っておった。しかし……それは無理だったんじゃな。下位の者がそれほどに怯えておるとは知らなんだ」
「それはねえ……分かる訳ないわよ、当事者じゃないんだし。男爵家なんて貴族の中では吹けば飛ぶような家なんだから、必死になって身を守るに決まってるでしょうに。卑屈になってでも守らなきゃ、簡単に滅ぶのよ? 上位者とは違うの。散々その辺りの愚痴は聞いてきたからね、よく知ってるわ」
「1500年も生きていれば、その辺りの悲哀はよく聞いたでしょうね。それはともかく、一度でも決めたのだから順位もそのままでいいじゃない。今さら元に戻すなんて出来る訳も無いのだし、クーエルの家を踏み躙った事実は消えないわよ?」
「……わ、私は………そんな……」
「先ほどのバカ二人がやった事だけど、結果としては正当な評価を失い踏み躙られたのは事実でしょ。そしてそれは、今日宇宙中に配信された。誰が見てもクーエルは不当な扱いを受けてバカにされ、勝ってはいけない戦いを強要され、最後には正当な評価も奪われた。そして、それはもう戻せない」
「あれだ、<謝ったところでもう遅い>ってヤツだよ。一度決した以上は取り返しがつかないし、今さら過去には戻れない。そもそも一ヶ月程度の努力でクーエルが決勝に行けている時点で、<宇宙一決定戦>って大した事が無いんだけどさ。まあ、それは横に置いておくかな」
そんな事を言っている矢先、急に誰かが会場に乱入してきた。よくよく見ると、それはシンテン・リュウザである。彼は何をしにここへ来たのだろうか?。
「妙なのが配信されていると思ったら、見つけたぞ傭兵。ZZZ1190では世話になったな、あの場所での借りを返させてもらおうか。どうせ貴様の事だ、出場しておらんのだろう?」
「ああ、お前か……。今さ、私はちょっと腹が立っていてね、手加減が出来そうにないんだけど……それでも戦いたいの? あまり下らない事を言っていると……死ぬぞ?」
「ふっ、元より覚悟の上だ。私はただただ強くなる為に己の全てを費やしてきた! そのうえで負けたのだ、にも関わらず貴様は私を生かしたのだぞ! 怒り狂いたいのは私の方だ! 何故殺さなかった!!!」
「成る程、お前はそういうタイプか。ならいい、ここで殺してやる。誰でもいい、死合開始の合図を」
そう言って、ミクは10メートルほどシンテン・リュウザから離れると、そこで立ち止まり鉈を取り出す。剣ではないが、ミクの使う鉈は怖ろしく分厚く、刃渡りは45センチもある物だ。短いが剣と呼べなくもない。
突如始まったミクとシンテン・リュウザの戦いに周囲は呆気にとられているが、ゼルが両者の間に立って合図を出す事になった。正しくはレイラとゼル以外が動こうとしないからだ。
「前回は何も分からぬままに負けたが、同じ負け方をする私ではないぞ? 全力で殺してやる」
「何を下らない事を言ってるのやら。<宇宙一決定戦>で優勝したところで、最高でも宇宙七番目の強さでしかないというのに……。ま、そんな事も知らないザコだから妙な誇りを持ってたんだろうけどねぇ」
「では両者準備をお願い。まあ、何をやったところでミクの勝ちが揺らぐ事なんて無いんだけども。それじゃあ………始め!!」
死合開始の瞬間、ミクはシンテン・リュウザの後ろにおり、そのシンテン・リュウザの首が落ちていく。ミクはシンテン・リュウザが武人タイプだと理解し、そしてこういう奴は戦いの中で死なないと納得しないのだと知っている。
だからこそ技でもスキルでもない、肉塊の最高速で動き振り抜いたのだ。お前が至れぬ領域だと見せつける形で。シンテン・リュウザが納得したかどうかは分からないが、手向けにはなったろう。そう話すミク。
「まあ、こういうタイプは確かに戦いの中で死のうとするわね。訳の分からぬままに負けたなんて、こういう奴にとっては最高の屈辱でしょうし。とはいえミクに勝つのは不可能だから、そもそも最初から無理なんだけど」
「それよりさ、コイツがここに来たって事は今も配信してるよね? 勝手な事をするもんだと思うけど、貴族なら何でもアリなの? 何と言うか、結局クーエルを笑い者にしようとしただけじゃん。本当、貴族って性格悪いよね」
「それは……ちょっと待て、ワシは配信を許可なんてしとらんぞ! クーエル君が断るなら、そもそも配信などする気が無かったからの。いったい誰が勝手な事をしておるのだ!! 事と次第によ「余だ」っては……」
試合のステージ前の空中に映し出されたのは、やたらに偉そうなオッサンだった。おそらくだがヴィルフィス帝国の王か皇帝だろう。それにしても面倒な事になったうえ、まだ終わらないようである。
もう夜なのだが、この茶番はいつまで続くのだろうか?。




