0045・野営地での出来事と愚か者
野営地まで戻ってきたミク達は、壊滅したテントなどを見て不思議に思う。いったいここで何があったのかと。まるで局所的に暴風でも起きたのかと思うくらいに滅茶苦茶になっていた。そして、その中央に集められている死体。
冒険者の死体もあるが、その傍らにうつ伏せで倒れているクラッシュベア。どうやらあの男達は野営地まで逃亡してきたらしい。その結果、野営地に来ていた冒険者が殺されてしまったんだろう。
その光景を見ていると、急に騒ぎ始めた男が居た。ソイツはクラッシュベアから逃げていた男の一人である。その男がミクに擦り付けられたと言って騒ぎ始めたのだ。しかしながら、ここに信じる者は一人も居ない。
「そもそも私が居る所に魔物を連れて来て擦り付けるつもりだったんでしょ? 残念ながら私は先に逃げていたし、クラッシュベアに撥ね飛ばされた男は生きてたからね。その男から全部聞いてるよ。怪我した私をメンバー全員で犯すつもりだったってね」
ミクがそう言った瞬間、凄まじい敵意と殺気が男に向けられる。男は必死に何かを言おうとしたが、口をパクパクするだけで最後は地面に座って項垂れた。流石に逃げられないと悟ったのだろう。
すると、横に近付いた女がいきなり肩をナイフで刺した。男は激痛にのた打ち回るが誰も気に留めない。その段になって、やっとこれから処刑が行われるのだと気付いたようだ。慌てて逃げ出そうと走り出すも、ミクの容赦無い蹴りが男の右足に叩き込まれる。
それは骨を砕く威力であり、男は倒れた後で激痛に泣き叫ぶ。まだまだ拷問という名の処刑は始まったばかりだ。
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仲間の仇をとった者達は晴れやかとは言わないまでも、各々折り合いはついた様である。ミクとしては食べたかったものの、流石に空気を読んでそんな事は言い出さない。飢えていれば違うだろうが、蜂も熊も食べているのでそこまでみたいだ。
ミクはローネに言われるまま簡易的な竈を魔法で作り、そこに鍋を置き水を入れる。ちなみに竈と言っても、三方を【土壁】という魔法で覆っただけだ。これでも十分竈として使えるので問題は無い。周りの冒険者もそうしている。
鍋に乾パンを入れたり野菜を入れたりしながら温め、もう一つ作った物は焼き場として使う為に焼き網を上に乗せる。一人での旅なども多くあったからか、ローネはアイテムバッグの中に様々な物を入れていた。今はそれが役に立っている。
結構多めに作った物を三人で分け、肉を大量に焼いて食べていく。香辛料は少ないが塩は沢山ある。これはミクが用意した塩であり、食べた生物の塩分を抽出したものである。ミクも大量に塩分など要らないので、樽を作ってそこに出したのだ。
ちなみに腸の中の糞などは、食べた所か宿のトイレに捨ててきている。流石のミクもあんな物は要らない。それと寄生虫などは溶かして食べているので、ミクに悪さをする事など不可能だ。
汚い話はともかくとして、ミクとしても食事をしているフリはしなければいけないのと、熟成肉もそれなりに美味しいので普通に食べている。周りからは羨ましそうな顔で見られているが、それを気にする三人ではなかった。
美味しい食事も終わり、ローネの持っているテントを立てていく。既にある程度は暗いものの、【灯光】の魔法で照らしているので問題は無い。ミクとヴァルには必要無いが、ローネには必要なので使っている。
ローネから教えられながら杭を打ち込み、テントを立てていく。すぐに終わり、テントの中に入って三人は寝るのだった。実際に寝ているのはローネだけで、ミクとヴァルは停止しただけである。
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既に夜遅く、誰も動いている者など居ない時間、こっそりとテントを抜け出す男が一人。ソイツはゆっくりとミク達が寝ているテントに近付き、「ギッ!?」という声と共に倒れた。
痙攣する男の近くには小さな百足が居たが、その百足はとあるテントへと入って行く。誰も分からない何かが、その夜にあったのだろう。この世は不思議で満ちているが故に……。
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昨夜ヤる事も出来ず不満だらけのまま早起きしたローネは、テントを出て不思議な光景を目撃した。男がテントの近くで倒れ伏し、痙攣しているようなのだ。訳が分からず立ち止まってしまうローネ。
この男は何故こんな……そう考えた時に気付いた、こんな訳の分からない事をする奴が一人居ると。そう思ったローネはテントに戻ろうとして、ふと気付く。何も無いなら、いちいちこんな事はしない筈である。
となると……そう考えていたローネの下に、痙攣している男のメンバーが来て謝罪し始めた。「おそらく、そちらのパーティーの美人さんに夜這いをしようとしたのだろう」と。
ローネは誰も被害を受けていないので、そちらで引き取ってくれればいい。相手にそう言って、テントへと戻った。最後まで謝罪していた馬鹿な男のメンバー達。一人でも馬鹿が居ると大変である。
テントに戻ったローネはミクを起こして何があったかを聞く。即座に起動したミクは昨日、夜中に近付いてきた男の話をする。それによると、蝶と蛾の魔物の鱗粉を濃縮したものを、百足の姿で噛み付いて注入したらしい。
それを聞いて呆れるローネ。あの魔物の鱗粉はバラ撒く前提の物だからか、元々かなり強力な毒のようだ。暗殺者も使う毒だと言っている。
「あろうことか、それを濃縮して直接打ち込むとは……。犯罪者ではあるが、おかしな死に方をしていると怪しまれるぞ?」
「大丈夫だよ。どれぐらいの濃度と量なら致死量になるかは把握してるから。今までの物から逆算すれば分かるし、そこまでの濃度にはしてない。そのうえ直接打ち込むという事も考慮してるし、血管に流す事も考えてる」
『逆に言うと、麻痺毒一つで考えすぎな気もするがな。まあ、それぐらいで丁度良いと思わなくもないが……。それに主の事だから、今回の事もデータとしてとっているんだろ?』
「もちろん。今回の物だと長時間麻痺する癖に呼吸はギリギリ出来てたようだしね。実に都合が良いよ。これからは散布する麻痺毒と注入する麻痺毒で情報を引き出せそう」
「『散布?』」
「商国の裏組織の奴等のアジト。その一番奥に居た奴等を麻痺させた、散布型の麻痺毒だよ。無味無臭に変えているから、気付かれる事は殆ど無いね。むしろ気付ける奴が居たら改良のチャンスだよ」
「『………』」
ヴァルとローネがジト目だが、ミクは気にせずテントを出る。溜息を吐いて出てきたヴァルとローネを尻目にテントを畳んでいき、その間に朝食を作るローネ。ヴァルは周囲を警戒している。
倒れた男を連れて行ったパーティーがもう一度謝りにきたが、ミクは被害を受けていないからいい。代わりに顔の形が変わる程度に殴っておいてくれと言う。大きく頷いて「必ず!」と言って戻っていった
ミクとしてはどうでも良かったので、そもそも気にしていない。この野営地に居る連中は、人目が多過ぎて食べられないのだ。最初からミクも諦めており、だからこそ喰われなかったとも言える。
そして喰えないものに然したる興味も無いのがミクだ。関心があったり知り合いではない以上は、どうでもいい食えない肉でしかない。だから実験できただけマシであり、リターンは既に受け取っているとも言える。
朝食が出来たとローネが呼ぶので、素直に移動して食べ始めるミク。どうでもいい思考は食事の前には無力である。




