0451・クーエルの予選終了と愚か者
これから僕の予選最後の試合が始まる。これに勝てば明日の本戦に進めるんだ、必ず勝たないといけない。それにしても前回の試合以上に強者の風格のある人達ばっかり。それでも戦えているのは絶対にミクさん達のおかげだ。
3人から攻められた事もあるし、滅多打ちにされた事もある。怪我をしても治癒魔法を使われてすぐに戦わされた、あの練習に比べれば遥かにマシだし遅い。正直に言ってミクさん達に比べれば遅い人達ばっかりなんだよな。
去年の優勝者とかは実力を隠してるんだろうけど、それでもビックリするほど遅いんだ。それを理解した時に分かった、多分あの人達が異常に速いだけなんだって。【光槍術】の【流星突き】というスキルを見せてもらったけど、意味不明な速さだったし。
あの人達は、やっぱり色んな意味で違いすぎる人達なんだと今は分かる。ステージに上がり場外を背にして立つと、周りから殺気のようなものが飛んでくる。何となく殺気だと分かるけど、やっぱりミクさん達に向けられたものに比べれば怖くない。
レイラさんが、ミクさんの本気の圧を受けたら発狂して精神が壊れるって言ってたけど、あれって本当だったのかな? 本気じゃない圧でも洒落にならないくらい怖かったし、何回漏らして吐いたか……。あの時の練習があるから、特に怖くも何とも無いんだけどさ。
「予選第11試合……始め!!」
アナウンスの声で始まったけど、何故か周りの人達がジリジリと僕の方に寄ってくる。どうも協力して僕を落とそうっていう魂胆らしい。練習の時にどうすればいいか教えてもらってなかったらパニックになってたかもしれないな。しかし、僕なんかに対してこんな事する必要あるのかな?。
場外を背にして右や左からの攻撃を捌く。あの人達にボコボコにされたのは本当に無駄じゃなかった。これぐらいの攻撃なら楽に捌けるけど、他の人達がまだ動かないな。こうやって防いで捌いていれば、直に仲間割れを起こすって聞いてたけ……うわぁ、生で見ると何とも言えなくなる。
自分が勝つ為に仲間を蹴落とすって、本当に醜い。それも一旦始まったら各所で落としあいが始まったし、これでようやく一息吐ける。僕は左から突いてきた槍を縦に持った柄で逸らしつつ接近し、相手を体当たりで押し出す。
再び敵が視界に入るように構え、死角から攻撃されないように敵を警戒する。攻撃してきた相手の足を引っ掛けて場外に向かって転倒させたり、槍を捌きつつ背後に回って押し出したりしていると、残りが三人になった。
どうするのかと迷っていると、向こうの二人は頷き合って僕を攻めてくる。まあ、そうなるかなと思いつつ、右と左から攻めてくる槍を捌く。別に前回の優勝者でもなければ上位入賞者でもないので、二人くらいなら連携されても捌くのは難しくない。
本当に右と左なら捌けないだろうけど、右斜め前と左斜め前なら捌けるんだよ。散々練習させられたからね。もちろんミクさん達のは捌けないんだけど、この程度なら……ねっ!!。
左前のヤツの突きを捌いた時に、右前のヤツの突いてきた槍にぶつかった。その瞬間、急造の連携がストップしたので、僕は右前のヤツの槍を持って引っ張る。そいつは前につんのめったので、足を引っ掛けてやると簡単に転び場外へと落ちていった。
「勝負あり!! 予選第11試合の勝者二人が決定しました。お二人は本戦に進出ですので、明日の試合順をMASCでご確認下さい!」
ふぅ、やれやれ。何とか予選を突破できた。初めて本戦に進出だけど、嬉しいよりは疲れたという思いでいっぱいだ。予選を突破するってこんなに大変なんだなぁ……。今まで予選の最初で敗退してたから知らなかったよ。
控え室に戻って槍と革鎧を返し、僕は試合場の外に出て帰る。バスに乗って帰ろうと思ったら、何故かミクさん達が外で待っていた。
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試合場から出てきたクーエルに声を掛けながら近寄るミク達。下手クソな連中のお遊戯みたいなものだったが、それなりには楽しめたようである。もちろんバカにする意味でだ。
多少はマシな連中も居たようだが、所詮は片手の指で十分足りる程度らしい。
「クーエルの予選第一試合で出てきて残ってた女。あれが20歳以下の部では、それなりに出来る奴だね。所詮その程度でしかないけどさ、順当に勝ちあがってくるなら決勝戦はあの女じゃない? ああ、クーエル後ろに乗って」
「そうね。あの女はそれなりには強いんじゃない? クーエルが奥の手を決勝まで隠せたら勝てるでしょう。無理なら……難しいところね。自力が違うでしょうから、30パーセントもあればいい方なんじゃない?」
「30パーセントかぁ……思っているよりも高いのね? 戦場で30パーセントの確率なら簡単に引っ繰り返るもの、その程度の確率よ。もうちょっと自信も……何かつけてくる奴が居るわね? 私は見覚えないけど、どう?」
「魔導四輪の助手席に乗ってるのって、予選の第一試合で最後にクーエルに落とされた奴じゃん」
「アロンドですか!? アイツは同じ男爵家の長男なんですけど、鼻つまみ者で嫌われてます。他の男爵家の者にも偉そうにしながら、でも自分の家より上の方には凄く卑屈なんですよ」
「ああ、そういうクズね。なら、ちょっと速度を上げるよ。ついてきて!」
ミクはそう言ってスピードを上げ、法定速度のギリギリを出す。道路を結構な速さで走っているが、レイラと一緒に乗っているティムは楽しそうだ。ロックはミクのジャケットの胸ポケットで喜んでいる。
ある程度進んだ後、急カーブの所で速度を落として曲がり、レイラとゼルも曲がる。これは【念話】で話していたから出来る事であり、アロンドという奴が乗っている魔導四輪は出来なかった。
上手く曲がる事も出来ず、何故かブレーキが効かないままに建物に突っ込む。そこは治安を守る<社安>。つまり社会治安維持機構の建物だったのだ。ミク達はとっくに去っているので事故とは全く関係が無い。
彼らはスピードを落とす事も無く突っ込んだのだ。道路にもブレーキ痕は付いていない。何故なら彼らの魔導四輪は突っ込む前に浮いていたからである。もちろんやったのはミクであり、使われたのは【魔縄鞭】の魔法だ。
故にどれだけブレーキを踏んでも無駄である。流石に車体が浮いていてはブレーキも意味を為さない。まあ、クーエルを追いかけて何かをしようとしていた連中なので自業自得である。その後、ミクはクーエルを男爵家の屋敷まで送った。
クーエルと別れた後は、いつもの店に行って食事をしてホテルの部屋をとる。ホテル街は幾つもあるのと、ミク達が泊まっているホテルはそれなりの値段がするので空いている。そんなホテルの部屋へ行き、今日の試合の話を始めた。
「クーエルは明日からの本戦、大丈夫かしら? 一応別れる前に母乳は飲ませておいたけど……」
「大丈夫じゃない? 今日の感じを見てると調子に乗る事も無さそうだし、地に足が着いてるみたいだからねえ。案外スルスルっと上がって行きそうだよ」
「本戦に進む32人が決まったから、ここから1対1で進んで行くのよね? 明日からは時間が掛かりそう……だと思ったけど、3面で試合をするなら、そこまで時間も掛からないのかしら?」
「おっと、今日もすやすやとロックが寝ちゃったね。ティムもそろそろお眠かな?」
「シュ……」
ロックの横に寝転がり目を瞑ったティム。それを見てからゼルを転送するミク。後は適当なニュースを見たり、情報を集めながら待つのだった。
ゼルを転送したらベッドに寝かせ、ミクとレイラは分体を停止。後は本体空間で別の分体を作りだし、体の動かし方などを再度確認していく。鈍っていたり、間違っていないかを調べているようだ。
そこへ<戦いの神>と<闘いの神>が来て稽古が始まり、久しぶりに本気で暴れるミクであった。……それでも神には勝てないのだが。




