0450・クーエルの予選
手には木で出来た槍、体には革で出来た鎧。それだけを着けて僕は控え室のような所で待っている。今まではここに居るだけで不安に押し潰されそうになり、実際に予選試合に出たら真っ先に落とされて終わっていた。
今までと変わらない控え室なのに、今回は出場者の顔を見回す余裕がある。少なくとも一ヶ月やり続けた事が僕の自信になっているんだろう。そう考えていた矢先、声を掛けられた。
「よう、クーエルじゃないか。お前また負けにきたのか? 家の都合で出なきゃいけない何て大変だな! まあ、それも今年で終わるんだから頑張れよ。参加した記念ぐらいにはなるだろ」
「そ、そうだね……」
まあ、去年までの事を考えたらこう言われるのは当たり前だし、レイラさんは挑発されても乗るなって言ってたな。そうやって集中力を乱して有利にしようとする奴も居るから、他人の言う事をいちいち聞くなって。
「ふーん……まあ、いいや。お前如きが予選を勝ちあがれるとも思えねえしな。精々記念に頑張れよ」
「ああ、お互いに頑張ろう」
「「「「「プッ! ……クククク」」」」」
アロンドは必死に僕を挑発しようとしていたけど、逆に僕が挑発に乗らなかったからだろう、周りの人はアロンドに対して笑っている。……成る程、こんな事すら去年の僕には見えていなかったのか。こんな程度の事も分からないんじゃ勝てる筈も無いな。
「チッ! 妙な自信を持ったみたいだが、お前がザコなのは変わんねえんだよ! 大人しくさっさと落ちろよ! 分かったな!!」
「何だアイツ、ダッセェ……」
「グッ!!」
アロンドはそのまま僕とは真反対の椅子に腰掛けて、こっちを睨んでいる。勝手に自爆したのに僕を逆恨みされてもなぁ……ついでに挑発したのは僕じゃないし。何て言うか、アロンドの方が雰囲気に呑まれてるみたいだ。それが分かるのも一ヶ月頑張ったからだろうな。
予選の第二試合が始まるので僕は舞台に上がる。総勢20人の中で勝ち上がれるのは2人だけ。ステージの上から落ちるかギブアップ、もしくは大怪我を負ったら負けが決まる。昔から変わらないルールだ。
僕はステージのギリギリに近寄り、中を向いて構える。ミクさんはステージ全体が見える場所に陣取れと言っていた。とにかく敵が見える場所、乱戦において重要なのは敵を常に視界に入れておく事だって。
死角から襲われると高い確率で負けてしまう。だから常に敵を視界に入れ続けろ、それが出来なければ不意を突かれて負ける。そう教わったけど、その為に3人に襲われる練習をさせられたんだよ。アレは酷かった。すぐに背後に回られるし。
「予選第二試合がまもなく始まります! 選手の皆さんの中で次に進めるのは誰なのか……それでは第二試合、始め!!」
僕は周りを確認しながらも、その場を動かない。全て木製の槍だけど、そもそも穂先は無い。僕もゼルさんの持つ本物の槍を持たせてもらったけど、あんなに鋭利な物であんなに切れる物だとは思わなかった。
今の試合用の物は、安全の為に先にクッションが着けてある。だから突かれても突き刺さったりはしない。ミクさんは<たんぽ槍>みたいって言ってたけど、アレって何の事なんだろう? ……って、そんな事を思い出している場合じゃないな。
右から槍を突き出されたけど、引いてかわす。左から薙いできたけど、下から掬い上げて弾いた。すると別の者に体当たりをされて左の奴は場外に落ちていく。場外に近い所に居る以上は僕も注意しないと……。
上手くかわして弾き、時には止めながらも、必ず敵が全て見える位置を確保し続けた。その甲斐があったのか残り三人にまで残っている。次の試合も予選だけど、初めて予選の一試合目を突破できそうだ。
しかし、残っているのは見た事も無い女性とアロンドだった。彼なら絶対に僕を落とそうとする筈だし、何故か女性はやたらに僕を睨んでくる。いったい僕が何をやったというのか……。
「クーエル! てめぇはさっさと落ちろぉっ!!!」
アロンドが突進して突いてきた。僕はそれを斜めに下がって回避する。彼の槍は3メートルを超えているのだが、よくもまあ、あんな長い槍を使えるものだと思う。僕が斜めとはいえ下がって回避したからだろう、彼は一度槍を引いた後で再び突いてきた。
これが最大のチャンス! そう思った僕は槍を放り出し、前に出ながら回避してアロンドの体を掴む。そして焦る彼の体をそのまま場外へと放り投げた。身体強化はしていないので届かなかったが、その後に蹴り出して僕の勝ちが決まる。
予選を勝てたという感慨も無くステージから降りるように言われ、僕は降りて控え室へと行く。初めて予選を突破して気分は凄く高揚しているが、すぐにレイラさんの睨みが何処かから飛んできたと思い身を竦ませる。……レイラさんって怖いんだよなぁ、何処かで本当に見てるんだろうか?。
とりあえず慢心しないように落ち着こう。優勝までは長いうえにこれからなんだし、こんなところで喜んで次を失敗したら目も当てられない。今日は予選のみだけど、これを突破しないと優勝なんて夢のまた夢だ。
気合いを入れ直して控え室に戻ると、アロンドが居て突っ掛かってきた。
「クーエル!! てめぇが落ちりゃあオレが次の試合に進めたんだぞ! お前なんぞどうせ次で終わりなんだからオレと替われ!!」
「えっと、そんな事は無理だよ? もしそんな事やったら、宇宙中に恥として晒されるんだけど……理解してる?」
「はぁ? 恥を掻くのはてめぇだけだろうが! いいから、さっさ……」
「ちょっといいか? 次の試合に進む選手に絡んでいるのはどういう事だね? 事と次第によっては犯罪者として捕縛してもいいのだが、何故負けた者が控え室に居るのかな?」
「あ、いや……オレは……そ、そう! このクーエルの奴がオレに用があるって呼び出し「監視カメラがあるんだがね?」てきて……」
「どうやら君に反省の態度は無いようだ、詰め所まで来ても……君! 待ちたまえ!! ……こちら045! 対象が逃げた! 20歳以下の部のアロンドという敗退した選手だ!」
あーあー、アロンドのヤツ、大事にしてるけど大丈夫かな? 宇宙中に張り出されたら家を継ぐ時に困るだろうに。何より同じ男爵家なのに周囲にも偉そうにしてるし、家にとって損になることしかやってない。
もしかしたら今回ので弟が継ぐ事になったりして……僕も反省しよう。変な事をしてると妹を当主にされそうだ。唯でさえ母乳を飲んでるって事で、妹から白い目で見られてるのに……って、とりあえず考えるのを止めよう。次の試合に向けて集中だ集中。
「予選第五試合を行います! 出場選手はステージの方に進んでください!!」
おっと出番がやってきた。流石に一度勝ち上がってるだけあって、弱そうな人とかは居ないなぁ。本当に気合いを入れないと無理っぽい。とにかく身体強化は使わずに勝ちあがらないと駄目だ。
周りの強そうな人達を見ていると、奥の手はギリギリまで見せちゃいけないのが分かる。しかし使わなくても勝てるんだろうか? 筋骨隆々の凄い人とか、軽業師のように跳んでる人とか居るんだけど……。
とりあえず今までと同じように場外を背にして戦おう。卑怯だとかそんな事は関係無い、勝つ事が全てだ。僕の場合コレぐらいしないと優勝なんて出来ないんだから。




