0037・ロディアスとゼルダ
王都の中央ギルドにあるギルドマスター執務室。そこではギルドマスターこと<暴風のロディアス>が、ミクに対して威圧していた。殺気と殺意も乗せているが、残念ながらミクにとっては微風にもならない。
逆にミクから凄まじいまでの圧が放たれる。それは一瞬にして体を剛力で押さえつけられたかのような、深淵に引きずり込まれるかのような圧だった。殺気も殺意も無い、されど常人では絶対に出せない圧が放たれている。
ロディアスはすぐに理解した。かつてのドラゴンよりも、目の前の美女の方が遥かに強いと。戦えば全盛期のパーティーでも殺されるしかない。その未来”しか”見えないのだ。自分は手を出してはいけない相手に手を出した。
そう思った瞬間、ギルドマスターの執務室の扉を誰かが開け、その人物は魔法を放とうとして停止する。しかしミクの圧は無くなっていたので、ロディアスは胸を撫で下ろした。
「ゴメン。そしてありがとう、助かったよ。不用意な事をした俺が悪いんだけど、危うく殺されるところだった」
「………はぁ。ロディアス、貴方いったい何をやっているの? ミクに手を出せば殺されるだけよ? 私や<黄昏>でさえ絶対に勝てないっていうのに、貴方が一人で勝てる訳がないでしょう。そもそも貴方は個人ではそこまでなんだし」
「酷いな。いや、事実なんだけどさ。それでも、エスティオル卿の言葉を鵜呑みにする訳にはいかないんだよ。こう見えても一応ギルドマスターなんだし。試験の前の試験。いつもの事だろう? 俺達だってやられたし」
「まあ、そうだけど……。はぁ、ミク? 申し訳ないんだけど、そういう事で矛を収めてくれる?」
「理由があったみたいだから良い。無ければ殺してる。それだけ」
「相変わらずねー。まあ、それこそがミクなんだけど……って、その毛皮は何? 随分綺麗な毛皮だけど、そんなの着てた? それにしても毛皮を着ているのに美しいって、もはや反則よねえ……」
「これ? これはネメアルの毛皮。割と強くてちょっと驚いたけど、首を圧し折って殺して剥いだんだよ。メイスも鉈も効かなくてさ、カレンに聞いた通りの皮だったね」
「「………」」
ネメアルの毛皮と聞いて、思考が停止するロディアスとゼルダだった。
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少し時間が経った後、気絶していた受付嬢も意識を取り戻し、ロディアスとゼルダも正気に戻る。受付嬢は一旦退出し、お菓子と紅茶を持って来て部屋を出た。この部屋には居たくないようだ。気持ちはよく分かる。
「………ふぅ。おそらくだけど、ネメアルの毛皮で間違いないと思う。これは上半身の毛皮ね。下半身のはどうしたの?」
「下半身のは別にあるけど……それはヴァルの装備になってる」
「ロディアスは大丈夫よ。コイツは何だかんだと言って長い物には巻かれるタイプだから。ミクの事を知ったら墓まで持って行ってくれるわ」
「何だか急に聞きたくなくなったんだけど、俺の気のせいかな……?」
「反応が宿のオッサンと同じだから大丈夫そうだね。ヴァル、一度戻って出てきてくれる?」
『了解だ』
「!!!」
ヴァルの声を久しぶりに聞いたからだろう。またもやゼルダは顔を赤くして反応している。仕方がないのだろうが、<魅惑の声>の威力が高すぎる気もする。何処かで男神二柱がハイタッチしているが、きっと気のせいだ。
ちなみに、音の神と性愛の神はどちらも男性の姿の神である。どうでもいい事だが、念の為。
「久しぶりに聞いたけど、止めてほしいわね。<黄昏>が唯の女にされるっていうのも分かるわ。自分の中の”女”が騒ぎ出すのよ」
『いつもの姿で現れたが、ゼルダはまた声でヤられているのか? 文句は主が言う通り神に言うべきだ。俺や主に言われても、こればっかりはどうする事も出来ん。使わねば神から文句を言われる』
「あー……んー……。そうね、私も神々に怒られるなんて御免被るから、我慢するわ。それにしても神様方はいったい何を考えておられるのかしら? 女性の姿は美の化身で、男性の姿は声で駄目にする。ある意味で本当の夢魔かしら?」
「何て言うか、聞いちゃいけない単語が山ほど聞こえた気がするんだけどね。嫌な予感しかしないから、もう家に帰っていいかな?」
「いい訳がないでしょうが、さっさと聞きなさい。そしてガルディアスと同じ目に遭うのよ!」
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まさか、そんな馬鹿なという思いは今でもある。しかし、それにしたって滅茶苦茶だろう。目の前の美女が唯の肉の塊で、人間種だろうが魔物だろうが喰う存在だなんてさぁ。
そもそも神は優しい存在ではない。そう散々ローネから聞いてきたっていうのに、全く信じていなかったんだなぁ……俺。
ローネは闇半神族。極めて珍しい<デック・アールヴ>と呼ばれる種族だ。何でも<黒耳族>の祖先らしく、初めて聞いた時にはビックリしたっけ? 耳が尖ってないって言ったら、ダークエルフ如きと一緒にするなって殴られたなぁ。
他にも<白耳族>の祖先である、光半神族の<リョース・アールヴ>と呼ばれる人達も居るらしい。こっちも極めて珍しいらしく、ローネでさえ見た事が無いって言ってた。
そう、神に関わる人達が居るっていうのに、神様が何もしないって思い込んでた。……いや、それすら考えなかったな。だからこそ、神様は激怒して送り込んできたんだろう。<神聖国>にブチギレてるらしいし。
正直、王国じゃなくて良かったと胸を撫で下ろしたよ。絶対に守らなきゃいけない最愛の妻が居るんだ。神の怒りで滅ぶなんて御免被る。それでも知らないままよりは良かった……のかなぁ?。
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「それにしても、何でキミのようなのが試験を受けに来たんだい? 別にどうこうと文句を言う訳じゃなくて、キミの目的の為なら、ランク9で十分だと思うんだけど……」
「いえ、それでは足りないわ。ランク10を超えて有名になれば、必ずや裏組織の奴等が接触してくる。私達だって散々あった事でしょう? 今でもたまにあるけど……。それはミクにとって都合が良いのよ。喰えるから」
「ああ、そういう事。つまり裏組織のクズどもを彼女に喰わせる為って事か。更に言えば、ランク10から上は一騎当千扱いをされる奴も居る。一人で裏組織を潰しても怪しまれる事はない」
「どういう事?」
「ランク10から上は実力差がバラバラなの。ランク10でも怖ろしく強い奴も居れば、ランク14なのに大した事が無い奴も……。まあ、ロディアスの場合は指揮専門だったから、ある意味では当然なんだけど」
「それでも普通の冒険者よりは強いんだけどね。<魔女>や<黄昏>のような規格外と一緒にされても困るよ。ランク10から上はそれほど実力に差があってね、<魔窟>とも呼ばれているくらいさ」
「そして、ランクでは全く計れないアンノウンが目の前に居るのよ。たった一人で国すら滅ぼせる怪物が……」
「………」
ロディアスもゼルダも遠い目をしているが、怪物にとっては難しくも何ともない事である。所詮、目の前に居るのは分体でしかないうえ、その分体を倒すまでにどれだけ喰われるか分からないのだ。
本体の肉が増える方が速いだろうと思われる。そんな相手を前にして、戦いを挑んでも意味など無いのだ。無意味に死ぬだけでしかない。
ロディアスもゼルダも痛いほどに分かっている事だった。本物の暴虐の前には逃げる事しか出来ないのだと。




